カノン・グレイド
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「確かに美しい光景かもしれないが……雪などで人は殺せるものではあるまい」 「お医者さんらしくないセリフだね」 「何……?」 雪はすでに聖の膝の高さにまで積もっていた。 聖は違和感を感じる。 「……君、背が? いや……」 名雪と自分の目線の高さが同じなっていた。 まるで、急に名雪の背が伸びたかのように……いや、そうではない。 名雪だけ、足下が雪に沈んでいないのだ。 「雪を、寒さを甘く見ちゃいけないよ。雪に足を取られる、指先は感覚が無くなっていって動かしにくなっていく、そしていずれは凍死するんだよ」 「なるほど、確かに自然の驚異を馬鹿にするものではないな……だが、凍死か雪に埋もれるまで私が大人しくしているとでも思うのか?」 聖が雪から跳び上がる。 「だおっ!」 瞬時に聖より上空に移動した名雪が、聖を蹴り飛ばした。 「勿論思ってないよ。でも、それだけ動きが鈍くなれば、今のわたしでも十分あなたを倒せるよ」 「自分に有利な地形を作りだし、格闘でしとめるか……私も甘く見られたものだな」 唐突に聖の姿が名雪の視界から消える。 「えっ?」 「まさか、今までの私の動きが本気だとでも思っていたのか? 速度を君に合わせていただけだ」 背後からのメスが名雪の背中を切り裂いた。 「えぅ!?」 三分割した香里の体が薄れていく。 「あたしを切り裂いて、少しは気は晴れた、栞……?」 香里は当然のように栞の背後に立っていた。 「……残像ですか……しかも、背後をとっていながら攻撃もしないとは……どこまで、私を馬鹿にしているんですか!」 「…………」 香里はただ哀しげな瞳で栞を見つめている。 「そうやって見下すなら……とことんやってあげますよ!」 栞は両手で持てるだけの薬瓶をを取り出すと、一気に全ての栓を開けた。 栞は一気に全ての薬を飲み干そうとする。 しかし、それよりも速く、香里の拳が栞の鳩尾を打ち抜いた。 「えぅぇ……」 「薬は用法と用量を守りなさい……」 栞はそのまま香里に倒れかかるように意識を失う。 「栞……」 香里は、栞を床に優しく横たえさせると、名雪の消えた奥へと進んでいった。 「うっ……」 うずくまる名雪の背中から流れる血が雪を赤く染めていく。 「これで、君の『力』は終わりか? ならばもう用はない……後はせめて、私の研究素材として役に立ってくれ」 聖は名雪を切り刻もうと両手を振り上げる。 だが、その両手が振り下ろされることはなかった。 「……体が?……」 体が動かない。 聖は両手を振り上げた格好のまま『凍って』いた。 「……やっと凍ってくれた……みたいだね……」 うずくまっている名雪の体から凄まじい冷気が溢れ出している。 「冷気……いや、もはや凍気とでもいうべきか……私の体を一瞬で凍らせるとは……」 聖は苦笑を浮かべたかったが、頬の肉すら完全に凍り付いてそれもままならなかった。 名雪から溢れ出している冷気が聖の周りを渦巻いていく。 「スノースパイラル!」 「ぐっ!」 冷気の渦が聖を呑み込み、そして弾き飛ばした。 「名雪!」 香里の前に、ふらついた足取りの名雪が近づいてくる。 名雪は香里の所まで辿り着くと、力尽きたように倒れかかってきた。 香里は名雪を優しく抱きとめる。 「香里……終わったよ……ちゃんと薬取り返してきたよ……誉めてくれる?」 「ええ、よくやったわ、名雪……さあ、帰りましょうか、あたし達の家に……」 「うん……」 香里は名雪を背負うと、セイント病院を後にした。 「……えぅ……トドメを刺さずに捨てていくなんて……どこまで……どこまで私を辱めれる気なんですか……お姉ちゃん……」 栞は壁に手をついて、ふらつきながらも、聖の研究室にたどり着いた。 その部屋の中だけ全てが雪に埋め尽くされている。 白だけで埋め尽くされた世界に一点だけ赤があった。 「血? 血の跡?」 「その様子だと、君も敗れてしまったようだな、栞君」 唐突に生まれる声。 栞の横にいつのまにか無傷の霧島聖が立っていた。 「……君もってことは、霧島先生も負けたんですか? かすり傷一つ負っていないみたいですけど……」 「ああ、見事にやられたよ、薬も持っていかれてしまった」 聖はフフフッと楽しげに笑いながら言う。 「……だったら、なんでそんなに楽しそうなんですか?」 「そうだな……あの薬以上に興味深い対象を見つけられたからかな?」 聖がパチンと指を鳴らすと、雪面の血の染みが広がっていき、全てを赤く染め尽くした。 「えぅ!?」 聖がもう一度指を鳴らすと、赤く染まった雪が全て消え去り、『元通り』の聖の研究室に戻っている。 「えぅ? えぅ?」 「栞君、そんなところで混乱していないで、ベットに横になるといい。特別に無料で怪我を診てあげるから」 聖はとても機嫌が良さそうだった。 セイント病院の屋上に銀髪の美女がただずんでいる。 「覗き見ですか、遠野美凪」 「…観察と言ってください。人間観察です……」 「物は言い様ですね」 いつのまにか、美凪の背後に紫の髪を三つ編みにした女性が立っていた。 「…では、失礼します」 美凪は女性にペコリと頭を下げると、屋上から去っていく。 「相変わらずつかみ所のない……」 何を企んでいるのか? それとも何も考えていないのか? あの女の思考を推測するには、データが圧倒的に足りなすぎた。 「それにしても、なんとふざけた世界だろう……」 ドクター・セイント、ウェポンレディ、ムーンスノー、人間離れした『人間』のなんと多いことか……。 「そして、鍵城に巣くう者達……」 女性は視線を街の中心に立つ塔に向ける。 街のどこからでも見渡すことのできる、この世界の支配の象徴たる塔。 「さて、どう振る舞うのがもっとも合理的でしょうか」 女性は鍵城を見つめながら、思索に耽っていった。 「あは〜、流石カノンシティ1のネゴシエーター『ムーンスノー』です。お見事でしたよ」 胡散臭さとは裏腹に魔女は金払いも良く、契約は問題なく終了した。 「ところで、その薬って何の薬なの?」 「名雪! プロはそういった余計な干渉はしないものよ」 「あは〜、いいですよ、別に。これは『魔法が使えるになるお薬』なんですよ〜」 「わあ〜、凄いお〜」 「…………」 ロマンチストな名雪とリアリストの香里の反応は見事に対極だったりする。 「では、またお仕事お頼みすることになるかもしれませんが、その時はよろしくお願いしますね〜」 そう言って、魔女は去っていった。 裏のネゴシエーターの仕事はそういつもあるわけではない。 普段は滅多に客の来ない喫茶店の仕事がメインだった。 香里はいつものように、タバコを吸いながら新聞を読んだりして、暇を潰す。 喫煙は名雪が嫌がるので、基本的に名雪の目を盗むように行っていた。 ちなみに、今、名雪は買い物に出て不在である。 そして、香里がタバコを一箱分吸い切った頃、玄関を開ける鈴が鳴った。 香里は鈴が鳴り終わるより速くタバコを処理する。 ただいつものように『いらっしゃいませ』と出迎えたりはしなかった。 気配だけで、客ではなく、名雪だと解っているからである。 「おかえり……て、何その女の子……?」 「あぅ〜」 「香里〜、この狐さん飼っていいかな〜♪」 「…………元の場所に捨ててきなさい」 名雪は女の子を猫か何かのように愛しげに抱きしめていた。 次回予告(美汐&香里) 「というわけで、第3話ですね」 「まあ、まだキャラ顔見せ編?といった感じであっさりと戦闘終了ね」 「とりあえず、本番はメインキャラが出揃ってからです」 「まあね……メインに他作品キャラをまじえるか、鍵城編はKanonキャラだけでやるかちょっと決めかねてるけどね……」 「まあ、それは実際書いて試して……展開次第ですかね」 「そうね。では、今回はこの辺で……」 「……また最後のセリフですか……今度はちゃんとお願いしますよ……」 「……解っているわよ……」 「では、今回はこの辺で失礼します」 「今、運命の扉が開く!」 「……同じギャグは三回までですよ……」 「蛇足的な能力説明」 『スノースパイラル』 冷気の渦巻きで相手を呑み込み弾き飛ばすシンプルな技。 ホールドニースメルチ(白鳥座)みたいな技です……。 一言感想板 一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。 |