カノン・グレイド
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「えぅえぅ、とても面白いお薬ですね」 「流石だな、この薬の価値が解るようだな。未知の原料が使われているだけでなく、調合の根本的発想が、この世界の基本から大きく異なっている……実に興味深いな」 青い長髪に白衣、ドクター・セイントこと霧島聖は楽しげな笑みを浮かべながら『薬』の分析をしていた。 「でも、大丈夫なんですか? あの魔女……いえ、奴らを敵に回すことになるかもしれませんよ?」 聖に話しかけているのは、椅子に座って銃の手入れをしている、少女。 「その心配は薄いな。彼女は自分では動かないはずだ、まして自分の主人や身内を使うとも思えない……おそらく、他人を雇うだろう……この街でな」 「なるほど、この『街』でですか……えぅえぅえぅ♪ 面白くなりそうですね」 「ああ、だが私は今はこの薬から手が離せないのでな……そちらの楽しみは君に任せるよ、ウェポンレディ」 「えぅえぅえぅ♪ 喜んでお引き受けしますよ、霧島先生」 少女は、手入れの終えた銃を服の『ポケット』にしまい込むと部屋から出ていった。 「殺人狂とか呼ばれているのに、堂々と普通に病院やっているんだね〜」 「さわらぬドクター・セイントに祟りなしって言ってね……警察もマフィアもここには手を出さないのよ」 名雪と香里は、夜の病院に堂々と玄関から侵入していた。 「鍵もかけてないし、何の防犯設備もないなんて不用心すぎだよ〜」 「無問題よ。ここに泥棒に入ろうとする馬鹿はいないし……もしいたら、絶好の実験材料として歓迎してもらえるわよ」 「…………て、もしかしてわたし達?」 「まあ、不法侵入?……ということで、いきなり斬りかかってくるかもしれないから気をつけなさい」 「だお〜……」 名雪はキョロキョロと辺りを警戒しながら、香里は前だけを見て堂々と進んでいく。 しかし、いつまで経っても、霧島聖の『歓迎』はなかった。 代わりに二人を出迎えたのは……。 「誰かと思えば……まあ、確かにドクター・セイントと『交渉』できるネゴシエーターなんてあなたしかいないでしょうけどね」 長いストールを首に巻いたショートカットの小柄な少女だった。 「そんなわけで、来るなら多分、あなただとは予め解っていたんですよ」 「栞……」 「……香里?」 名雪は香里の様子がおかしいことに気づく。 香里は平静を装っているようだが、明らかに彼女からいつもの余裕や太々しさがなくなっていた。 パートナーである名雪にだけはそれが解る。 「相変わらず一緒に居るんですね……その女と!」 栞と呼ばれた少女は名雪を敵意と憎悪に満ちた瞳で睨みつけた。 「え、何……なんで、そんな目で……」 「覚えていない? 私を覚えていないと言う気ですか!? あなたのせいで、祐一お義兄ちゃんは……」 「やめなさい、栞!」 香里が栞の言葉を慌てて遮る。 栞は敵意と憎悪の瞳を香里に移した。 「どこまでもその女の味方をするんですね、『お姉ちゃん』は……」 「……お姉ちゃんって?……あなた、香里の?」 「ええ、そうですよ、美坂栞です……今度は忘れないでくださいね……いえ、やっぱり忘れてくれて結構です! ここで消えてもらうんですから!」 栞は言い終わるよりも早く『ポケット』から拳銃を取り出す。 香里が名雪を庇うように前に飛び出すのと、栞が拳銃の引き金を引くのはまったく同時だった。 「はあっ!」 香里は拳で弾丸を叩き落とす。 「栞……あなたの相手はあたしがするわ……」 「……そうですよね、そうすると思っていました。お姉ちゃんはその女のためなら恋人だろうが妹だろうが迷わず殺せるんですよね……祐一お義兄ちゃんを殺したようにっ!」 「ぐっ!」 「……香里……」 「名雪! 何をしているの! さっさと先に行きなさい! 迅速、力ずく、手段を選ばず交渉成功率100%! それがムーンスノーでしょ!」 「……うん、香里も後から必ず来てよ」 「……ええ、解っているわよ。さあ、早く行きなさい」 「うん!」 名雪は栞の横を駆け抜けて、奥へと消えていった。 「……ふん。本当に綺麗さっぱり忘れているみたいですね……都合の悪いことは、罪は全てお姉ちゃんに押しつけて……」 「それでいいのよ、名雪は」 「どこまで馬鹿なんですか、お姉ちゃんはっ!」 栞は両手を『ポケット』に突っ込むと、中から二門の巨大なガドリング砲を取り出す。 「……今、あの女の呪縛から解放して……楽にしてあげますよ、お姉ちゃん!」 栞は姉に向けて迷わずガドリング砲を発砲した。 「やれやれ、任せろと言っておきながら、あっさりと一人は通してしまうとは……栞君にも困ったものだな」 聖は薬の分析をしながら、振り返りもせずに部屋への侵入者を迎えた。 「あなたがドクター・セイントだね?」 「そうだが、君は?」 「ネゴシエーター『ムーンスノー』だよ。あなたが不法に奪った『薬』を返却してもらえるように『交渉』にきたんだよ」 「嫌だと言ったら?」 「力ずくで『交渉』させてもらうよ〜!」 名雪は拳を握り締める。 「それは素晴らしい『交渉』だな」 聖は振り返った。 「では、これが私の答えだ」 聖の右手にいつのまにか四本のメスが握られている。 「えっ!? 今どこからメスを……」 「では、『交渉』を開始しようか」 聖は宣言と同時にメスを名雪に投げつけた。 「はああっ!」 香里は全ての弾丸を拳で叩き落としていた。 「えぅ〜、相変わらず化け物ですね」 栞は弾切れになったガドリング砲を投げ捨てると、再び『ポケット』の中に両手を突っ込む。 栞は今度は火炎放射器を取り出した。 「えうう〜っ!」 炎が香里に向かって吐き出される。 「無駄よ、栞……」 香里は一度拳を引き絞ると、勢いよく打ちだした。 拳の風圧が炎を打ち消し、栞を吹き飛ばした。 「諦めなさい、栞……あなたの能力ではあたしは倒せないわ……」 「……えぅ、なんですかその哀れむような目はっ!? 間違っているのはお姉ちゃんの方なんですよ!」 栞は倒れたまま、拳銃を二丁取り出すと、香里に向けて乱射する。 香里は叩き落とすまでもないといった感じで、最小限の動きで弾丸をかわし続けた。 拳銃はすぐに全弾を撃ち尽くし沈黙する。 「異能者に普通の重火器が通じるわけがないでしょ……元々、あなたの能力は戦闘向きじゃないのよ……」 「えぅ!」 「あなたの能力は……無限に物を収納できる『異次元ポケット』……それでどうやってあたしを倒せるの?」 「……武器と薬を極わめたこの私を甘く見ないでください!」 栞は『ポケット』の中から手榴弾を取り出すと瞬時に投げつけた。 「こんなもの……目かくしにしかならないわよ」 「それで十分なんですよ!」 爆煙の中から、両手にそれぞれ片刃の湾刀(湾曲した刀)を持った栞が飛び出してくる。 「接近戦をする気!?」 香里には栞の選択が理解できなかった。 パワー、スピード全てに置いて香里に劣る栞に、接近戦では遠距離攻撃以上に勝機があるとは思えない。 「むっ……」 突然栞の姿が香里の視界からかき消えた。 次の瞬間、背後から二つの刃が香里の首を刎ねようと出現する。 香里は気配で察し、反射的にしゃがみ込むことで刃をかわした。 そしてそのまま後方の『気配』を蹴り飛ばす。 気配の正体は栞だった。 重ねた二本の湾刀て香里の蹴りを受け止めている。 「まだスピードが足りませんでしたか……」 栞は右手の湾刀を床に突き刺して離すと、『ポケット』の中から薬瓶を取り出した。 栞は薬瓶の中の青い液体を一気に飲み干す。 「……なるほど、ドーピングしてたのね……」 「言ったはずですよ? 武器だけではなく『薬』も極めたって!」 薬瓶を投げ捨てると同時に、栞の姿が再びかき消えた。 「さよならです、お姉ちゃん!」 栞は香里の背後に出現すると、迷わず二本の湾刀を振り下ろす。 あっさりと、香里の体が縦に三分割された。 霧島聖は両手にそれぞれ四本のメスを出現させると、それを投げつけ、または斬りつけてくる。 名雪は辛うじてかわし続けるのがやっとだった。 「ふむ、君の力はその程度か? 確かに常人よりは瞬発力や耐久力はあるようだが……あまりに脆弱すぎる……本当に異能者かい、君は?」 「……解ったよ。そろそろ、わたしの『力』を見せてあげるよ」 「ほう……それは楽しみだな」 「だおっ!」 名雪の掛け声と同時に、部屋の空気が一変する。 「……寒い?」 急速に部屋の温度がどんどん落ちていき、そして……。 「……雪? 室内で?」 天井から淡い雪が降り注いだ。 次回予告(美汐&香里) 「というわけで、第2話ですね」 「まあ、この作品はつまりこういう感じの作品だということがここまで読めば解ってもらえたと思うわ」 「いくつもの作品の影響は受けていますが、原作はない戦闘物であり、それでも読んでいただけたら嬉しいです」 「まあ、実はカノサバの後期とジャンルや雰囲気は何も変わってないのかもしれないけどね」 「ところで、『ポケット』てまずいのでは……」 「そう? 栞にしろ名雪にしろカノサバの時より原作(Kanon)のイメージに近い、無難(ありきたり)な能力だと思うけど……」 「栞さんで重火器連想するのはデフォルトではないと思います……」 「あたしの格闘、佐祐理さんの魔法、美汐さんの呪術なんかと同じで限りなくオフィシャルなんじゃないの?」 「……私もそうなんですか?」 「世間一般になんとなく浸透しているイメージって奴かしらね」 「では、この辺で……最後のセリフはどうしましょう?」 「……安心しなさい、考えておいたわ……」 「本当に大丈夫なんですか……では、今回はこの辺で失礼します」 「それって不思議! ミステリー!」 「……また意味不明な……」 「蛇足的な能力説明」 『異次元ポケット』 異次元に繋がっており、いくらでも物が入る便利なポケット。 手を突っ込むと、そこに入られている物の中から栞が欲しいと思った物が瞬時に出てくる点がさらに便利。 特殊なアイテムではなく、あくまで能力であり、栞以外の人間にとってはだたの服のポケットに過ぎず使用不能である。 『栞の湾刀』 タルワール (16世紀にインドで生まれた片刃の湾刀)です。 ウーツ鋼で作られ、なおかつ湾刀(極端に湾曲した刀)の祖形となったとも言われている刀剣 。 シャムシール(シミター)とかを連想されてもあまり間違っていません、とにかく湾曲した「疑似刀(断ち切り、刺突に適した刀)」だと思ってください。 一言感想板 一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。 |