カノン・グレイド
第1話「永遠の冬の街」



戦いは終わらない。
敗れるまで、倒れるまで、滅ぶまで……。
全ての力を出し尽くし、敗れ、滅ぼされる……その時まで……永遠に戦い続けよう。



赤い、赤い髪の女が全てを奪っていく。
女が行進するだけで、全ての命が肉体ごと奪われ、消え去っていった。
ふざけている。
滅茶苦茶だ。
自分の家族は、仲間達は全てこの女に奪われてしまった。
そして、自分の命も、存在も全て、もうすぐこの女に……。
女の視線が自分を捕らえた。
終わる! あたしの命が、自分という存在が!
そう思った瞬間、何かが女の頬をかすめた。
女の視線、興味が飛んできた何かに、そしてそれを投げつけた存在に移る。
「…お米券?……なんですか、これは?」
女は自分の頬を切り裂いた一枚の紙切れを、不審そうな表情で見つめながら、その紙切れの持ち主に尋ねた。
「…お米券。それをお米屋さんに持っていくと、お米に交換してもらえます……とても素晴らしいものです」
銀髪の美女がえっへんといった感じで胸張って答える。
「それは知りませんでした、自分で買い物をしたことなどありませんので」
そう言うと、女は視線を銀髪の美女に……。
「あう! 逃げて!」
銀髪の美女が、自分の仲間達と同じ目にあう、そう思い、とっさに叫んでいた。
「なっ!?」
驚愕の声を漏らしたのは赤い髪の女。
「かわした!? 『視えた』のですか、あなた……」
銀髪の美女は何事もなかったかのように平然と立っている。
「…なるほど。触れれないだけならともかく、視ることすらできない……『実体の無いもの』が相手では……妖狐の戦闘能力も妖術も何の役に立たないわけですね」
銀髪の美女は勝手に納得したように呟くと、右手を振った。
三枚のお米券が女に襲いかかる。
「ちぃ……」
女がお米券を睨んだ。
それだけで、お米券が消滅する。
女の視線の集中がお米券に移ったその刹那の間に、銀髪の美女の姿は消えていた。
「…とても観察のし甲斐がありそうな能力ですが……今回はこれで失礼します」
「あぅ〜」
女が振り返ると、少し離れた所にある大木の枝の上に、さきほどまで女が追いつめていた『獲物』を抱きかかえた銀髪の美女が立っている。
「……あなた……名前は?」
「…遠野美凪、ナギーとでもお呼びください」
「そう……覚えておいてあげるわ!」
女が激しく睨みつけた瞬間、銀髪の美女と獲物が無数のシャボン玉と化し弾け飛んだ。
「……覚えて差し上げますとも……私の視界から逃れた数少ない人間として……」
女は踵を返すと歩き出す。
「この世界の者も侮れませんね……」
そう呟く赤い髪の女は微笑を浮かべていた。




「ものみ丘、一晩の間に死の丘に……ね」
香里はタバコをくわえながら、新聞を読んでいた。
「草木は全て枯れ果て、生物は虫一匹存在せず……たいした怪奇現象だけど、この街でなら、それほど不思議なことでもないわね」
「ああ〜、香里またサボっている! 駄目だよ、香里」
ウェイトレス姿の名雪がこっちにやってくる。
「いいじゃない、客なんて一人もいないんだから」
「だからって、ウェイトレスさんがカウンターでタバコ吸いながら、新聞読んでていいということにはならないよ!」
「名雪……ウェイトレスはタバコを吸うのも、新聞読むのも駄目というの? それは偏見よ、改めるべきね」
「香里……今、勤務中……営業時間中だってことを思い出して欲しいよ……」
名雪は泣きそうな、それでいて諦めたような表情をしていた。
「自分のペースで仕事できるのが、自営業の最大の魅力だと思わない?」
「うう〜、クビにならないかわりに、お店が潰れちゃって路頭に迷うことになるんだよ……」
「……まったく、真面目なんだから、こっちの仕事なんて、あくまで表の顔、趣味みたいなもんでしょ? 適度でいいのよ、適度で」
そう言うと、香里はタバコの煙を吐き出した。
「適度というより、適当だよ、香里のは……。それから、タバコは良くないからやめようっていつも言っているのに……」
「はいはい、女の子はもっとエレガントにするものなのよね?」
香里は悪戯ぽっく笑うと、タバコを灰皿に押しつける。
その直後、玄関が開けられる鈴の音が響いた。
「いらっしゃいませ♪」
普段の愛想のカケラもない醒めた表情から想像もできない、満面の笑顔で香里が客を出迎える。
「素早い……」
完璧な営業スマイルでてきぱきと接客を行う香里を、名雪は呆れた表情で眺めていた。



華音都市(カノンシティ)。
街を包み込むように巨大な壁が存在し、街の真ん中に頂上の見えないような巨大な塔がそびえ立ち、一年を通して雪の無くなることのない永遠の冬の街。
だが、誰もそれを不思議には思わない。
思ってはいけないことなのだ。
壁の向こう側にも世界はあるのか、人間は居るのか?
この街で生きる人間は誰もそれを知らず、知ろうともしない。
それはこの街で生きる者の唯一にして絶対のルールなのだ。


「名雪、覚悟のない者は禁忌に触れてはいけないのよ」
わたしがこの世界への疑問、『外』への興味を口にした時、香里はそう言って、わたしをたしなめた。
知らなくても生きていけることなら、知る必要はない。
好奇心は猫を殺すという言葉もあるのだ。
香里がわたしのことを心配しいるのは解っている。
でも、わたしは知りたいのだ。
わたしは、この街に生きる誰よりも、何も知らないのだから……。


わたしには何の記憶もなかった。
目覚めた瞬間、ここがどこなのかも、自分の名前すらも解らなかった。
そんな、わたしに目覚めた瞬間、最初に見た女性……美坂香里は、わたしの名前が水瀬名雪であることを告げた。
自分達は『パートナー』だと香里は言う。
『パートナー』というのがどういう関係を指す言葉なのか解らなかったが、香里が自分を大切に想ってくれているのはすぐに解った。
香里はわたしにあらゆることを教えてくれた。
常識、知識、そしてわたしの能力……。
そして、わたしと香里は『パートナー』として、二人きりで力を合わせて生きてきた。
この閉ざされた世界で……。




名雪がクローズ(閉店)の看板を出そうと、外に出ようとした瞬間、一人の客がやってきた。
「あ、申し訳ありません、本日は閉……」
「いえいえ、喫茶店『雪月華』さんではなく、裏のネゴシエーター『ムーンスノー』さんに、お仕事を依頼に来たんですよ〜」


胡散臭い依頼人だった。
割烹着の上に、フード付きのローブを頭から被って顔を隠している。
一言でいうなら、偏見そのまんまの魔女といったイメージだった。
「奪回から暗殺までなんでもしてくれるんですよね?」
「勘違いしないで欲しいわね。あたし達は暗殺者はやっていないわよ、交渉を成功させるために、相手や邪魔者を『消す』ことはたまにあるけどね」
香里が『客』に対するにはかなり横柄な態度で答える。
「あは〜、だからあなた方にお願いしたいんですよ〜」
魔女の口元が楽しげに歪んだ。


この街では、『法』や『言葉』はあまり『力』を持たない。
その一番の理由は特殊な『力』を持つ人間の存在だ。
そういった『異能者』は法的な裁きを与える以前に、この街の警察権力では捕らえることができないのである。
特にこの街の中心にそびえる塔『鍵城』とその周辺はそういった異能者達が集まり、いくつもの群(グループ)を作り、完全な無法地帯と化していた。
普通の人間にはそういった異能者と『交渉』などといったある意味対等な行為はできない。
そこで、別の異能者に仲介、つまり交渉を代行してもらうシステムが生まれた。
それが裏のネゴシエーターである。
異能者でありながら、無法に振る舞ったりせず、ビジネスに徹し、契約だけは絶対に守る者。
もっとも、そんな自らに誓約という名の制約をかすことをする異能者は少なかった。
力ずくで好き勝手できる『力』を得ながら、社会や法から逸脱しない者は異能者の中では変わり者以外の何者でもない。
その変わり者が、ここに居る美坂香里と水瀬名雪、通称『ムーンスノー』だった。


「ドクター・セイントをご存知ですか、香里さん?」
「ドクターセイント?…………ああ、ドクター・セイントこと霧島聖、異能力で普通の医者に治せない患者を治す一方で、医学の発展研究のためとか言って人殺しもしまくる……殺人狂ね……」
「流石に、詳しいですね」
「職業柄ねと言いたいところだけど……有名人だもの、一般人の間でも恐怖と最後の神頼みとして知られてるじゃない」
殺人狂と呼ばれる危険人物でありながら、霧島聖は医学の常識を越えた名医でもあった。
普通の医者に見放された患者は、最後の神頼みとして、霧島聖の所へ行くのである。
自らの命の安全まで診察代として差し出して……。
「そのドクター・セイントから、私の大事な『薬』を取り返して欲しいんですよ」
「『薬』ね……」
「ドクター・セイントと『交渉』ができる者なんて、カノンシティ1のネゴシエーター『ムーンスノー』こと美坂香里さんしかいません! お願いします!」
「お世辞はいらないわ……いいわ、受けてあげるわ、その依頼」
「ホントですか!?」
「その代わり、法外な報酬とその薬が本当にあなたの物だという証は用意できる?」
「もちろんですよ〜」
「オッケイ、では具体的な契約の話に移りましょうか……と、その前に」
「はい?」
「あたしと名雪、二人でカノンシティ1のネゴシエーター『ムーンスノー』なのよ、間違えないでね」
そう言うと、香里はクスリと悪戯ぽっく笑った。























次回予告(美汐&香里)
「というわけで、新作開始ですね。不評だったり、上手く書けなくて、これっきりって可能性も高いですけどね」
「もしかしたら、タイトルがかなり騙しな気がしないこともないわ」
「まあ、確かに同性カップルの近未来SF?では無いですね……」
「後最低二作品ほど混じっている感じだけど、これはカノサバや今までの作品みたいに、ストーリーまでなぞるというか見本にする気はカケラもないわ」
「まあ、元というか影響受けた作品が解った方に笑ってもらえれば最高ですが……」
「一番の目的は、元の作品全部知らない人に楽しんで貰えることよね」
「カノサバの時、素直にオリジナルの戦闘物書いた方がいいという意見が結構ありましたからね。基本的にこの作品のジャンルはそんな感じのごちゃまぜ戦闘物です。原作はありません、ネタというかパロディ的なのが入ることはあると思いますが、知らなくても無問題に作るつもりです」
「どんな意見も感想も待っているけど、元作品の冒涜(カノサバでいうなら龍騎)だという批判は許してね、言われてもごめんなさいとしか言えないから」
「ちなみに、この作品はカノサバとは繋がりはありませんが、カノサバでの未消化部分(セリオやONEなど)はこれで処理する予定です。カノサバはあくまで龍騎のクロスオーバーという制約があるため、流石にあれ以上続ける(悪音編とかやる)わけにはいかないと判断したためです」
「……ところでさ」
「はい?」
「なんで、本編に登場すらしていない、あなたがここ(次回予告)にいるの? この作品のあたしのパートナーは名雪のはずなんだけど……」
「名雪さんに、ツッコミや毒吐き?といった掛け合いができるとお思いですか?」
「……それは……絶対に無理ね……」
「そういうわけです。さて、そろそろ終わりたいのですが……ラストの決めセリフ?がないのが痛いですね……」
「そうね……イベント情報ゲット!……とかどう?」
「意味不明ですよ、それ……」


一言感想板
一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。




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