月華音姫(つきはなおとひめ)
第3回



……教室に着く頃には、 1時間目が終わって休み時間になっていた。
ざわざわと教室がざわついているスキをついて中に入る。
俺の机は教室の一番後ろなので、こそこそと歩いていけば誰の目にも止まらない。
こうして抜き足で入っていければ、2時間目が始まる時に『ああ、美坂祐一がいつのまにか発生している!』 という、退屈な授業にちょっとだけエキセントリックな風を吹かすことができる。

ーーーがその作戦は、今回は見送りらしい。

「よう、さぼり魔。らしくないな、時間に正確なおまえさんが遅刻してくるなんて」
「………………」
はあ、とため息が出た。
せっかく先輩と 微笑ましい空間を共有した後だというのに、なんだか急に自分の現実を叩きつけられたような感じだ。

「なんだよ、相変わらずシケた顔しやがって。人がたまに朝から来てやれば遅刻とはどういう了見だ、お前」
「……あのな、どういう了見も何も、俺はお前のために学校にきてるわけじゃないぞ」
「なにぃ!? 馬鹿なこと言うなよ、俺は美坂のために学校に来ているんだぞ! そんなの不公平じゃないか」
「…………」
言葉がない。
……毎回思うんだけど、どうして俺の男友達はこいつしかいないのだろう。
オレンジに染めた髪、脳天に生えた長い触覚。
いつでもどこでも熱血上等、空回りしてばかりの悲しいピエロ。
一言で言うなら脇役。祐一の親友(ただ一人の男友達)としてしか存在価値のない男。
それがこの男、北川潤(きたがわ じゅん)である。
北川はともかく騒がしい。
気がつけば教室中の視線がこちらに集中していて、みんなが『よっ、おはよう美坂』なんて挨拶をしてきてくれる。
「……北川、うるさい。こっそり教室に入ってさりげなく次の授業を受けようというこっちの意向を台無しにしやがって」
「どうしてかな、美坂って俺にだけ冷たいよな。女の子にだけは聖人君子のように優しいのに、不公平だ」
「なんだ、わかってるじゃないか。世の中、男女平等なことなコトはあまりないんだ」
「……はあ、やっぱり美坂は俺にだけ冷たいよなあ」
おおげさにため息をつく北川。
別にこっちとしても北川に冷たくあたってるわけではなくて、ヒロイン(女の子)達とCG一枚も無いサブキャラ(男)を対等に扱えるわけがないだけだ。
「それより、北川。普段は2時間目から出席する夜型人間のお前が朝から出席しているなんてどういう風の吹き回しだ?」
「そりゃあ、最近何かと物騒だからな夜は早くから眠ることにしてるからだよ。美坂だって知っているだろう、ここんところ連続している通り魔事件の話」
……連続している通り魔殺人……?
「…………そっか。そういえばそんな話もあったか?」
少し反省する。ここ2、3日美坂の家に戻る戻らないで悩んでいたせいで、世間のニュースには疎くなっていたらしい。
「確か、すごく低俗な売り文句じゃなかったか? 連続猟奇殺人事件とか?」
「それだけじゃないぞ。被害者はみんな若い女の子で、この前の事件でやられたのが八人目。しかも、その全員が………………なんだっけ?」
首をかしげる、北川。
「………………」
こいつに聞いた自分が浅はかだったみたいだ。

「ああ、思い出した! 被害者全員が胸に七つの傷があるんだっけ」
「違います、北川さん。殺された人はみな体中の血液が著しく失われている、だそうです」
赤い髪の少女が口を挟んだ。歳不相応に落ち着いた、ある意味落ち着きすぎた瞳と雰囲気を持つ少女、彼女の名前は天野美汐、クラスメイトだ。
「ああ、そうだった。現代の吸血鬼か? て見出しだったもんな、アレ」
「ふうん、詳しいんだな、天野は」
「そんなことはありません。この街で起きている事件なのですから……嫌でも耳に入ります。北川さんがボケてるだけです」
……北川はボケナスだった。
たしか、隣の街で起きている事件だと思っていたけど、いつのまにかこの街に移り変わっていたらしい。
「……というわけだ、美坂。いくら、俺でも殺人犯が出歩いているうちは夜遊びはしない。そのせいで、最近は朝の七時には目が覚めてるわけだ」
「……なんだ、そんな理由か。まともすぎてつまらないな」
北川を適当にあしらいながら席に座る。
「ほら、授業が始まるぞ、さっさと席に戻れ」
「あいよ……そうだ、美坂、今日の昼飯、学食でとるぞ。本日は特別ゲストをお呼びしてあるからな、楽しみにしてろよ」
何か企んでそうな笑い声をあげて北川は自分の席に戻っていった。
「それでは、相沢さん」
足音一つたてずに静かな足取りで天野の席に戻る。
……しかし。
クラスメイトというだけで、普段大人しい天野が、どうして俺達の会話に入ってきたのかは謎だ。


昼休みになった。さて、どこで昼食をとろうか?


1、教室に残って食事をとる。
2,学食に食べに行く。
3,廊下に出て考える






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