デス・オーバチュア
第99話「虚実の闇」




「せっかくの兄妹再会の宴に余だけ仲間外れとは……薄情なものだな」
青紫のローブで素顔を隠した男……名前は知らないが、タナトスにも見覚えはある男だった。
「いいえ、兄様、ここであたくしとノワールが出会ったのも、いくつもの偶然の末の妙……別に兄様を蔑ろにしたわけではありませんわ」
シルヴァーナは丁寧な口調で動じることなく男に答える。
「ふん、今の貴様は、余の知っている、我が妹シルヴァーナとは少し違うようだな。それとも、あの頃の貴様は、余達を謀っていたのか?」
「いいえ、あたくしの本質は今見せた通りのもの……もし、違和感がお有りなのでしたら……それは、兄様があたくしを理解できておらず、勝手な幻想を当て嵌め誤解されていたのでしょう」
「ほう……」
「兄様のお好みな、従順な人形のような妹……そんなものは元から存在しなかったのですわ」
シルヴァーナは上品で優しげでありながら、相手を嘲笑うような絶妙な笑みを浮かべた。
「……戯け、それが謀っておったと言うのだ!」
ザヴェーラは闇の神剣を召喚したかと思うと、すでにシルヴァーナとの間合いを詰めている。
一刀の間合い、神剣がシルヴァーナの首を狙って振り下ろされた。
爆発するような閃光と轟音。
闇の剣と石の剣の間に九色の輝きの剣が割り込んでいた。
「ノワールよ……貴様はまだこの女を愛しく思うのか?」
「……ザヴェーラ兄上こそ、何を血迷って、姉上に剣を向けているのですか?」
ノワールが剣に力を込め直して押し返そうとするよりも速く、ザヴェーラは自ら剣から力を抜き、後ろに跳び退る。
「愚か者が、貴様には解らぬか、その女の邪悪さが……確かにあの頃、その女の本性を見抜けなかった余もまた愚かではあったが……この場で屠り去ることで、かっての未熟故の過ちを清算しよう」
ザヴェーラは闇の神剣の剣先をシルヴァーナへと向けた。
「どうやら、兄上は生きた死体になって脳が腐ったようですね。姉上に剣を向けるのなら、例え兄上といえど、滅することを迷わない!」
ノワールは九色の剣の剣先を長兄へと向ける。
「弟の分際で余に逆らうか……貴様も所詮、ルヴィーラと同じ愚か者だ!」
闇と黒の兄弟はまったく同時に、相手へと斬りかかった。


神剣の交錯の度に、九色と黒の閃光が迸った。
より正確に言うならラストエンジェルの放つ九色の煌めきを、ダークマザーから溢れる闇が喰らい消す。
「ノワールよ、その剣は子供の玩具には過ぎた物だ」
巻き込むように突きだされたダークマザーから膨大な闇が溢れ出し、ノワールを呑み込もうとした。
「くっ!」
ラストエンジェルが瞬時にサイレントナイトにチェンジすると、闇を全て無効化……最初から存在しいなかったのように綺麗に消し去る。
視界を覆っていた闇が消え去ったかと思うと、ザヴェーラの姿はすでにノワールの視界から消失していた。
ノワールはサイレントナイトをトゥールフレイムにチェンジすると、背後を確認することなく、剣を背後に突き出す。
金属と金属の激突する轟音が響いた。
背後から斬りつけてきたダークマザーをトゥールフレイムが受け止めている。
トゥールフレイムの『先読み』がなければ絶対に受け止めることが不可能だった見事な死角からの一撃だった。
「最強の盾たる剣、未来を読む剣……次は何に頼る、ノワールよ?」
「…………」
青銀色の剣が赤い剣へと変化していく。
「バイオレントドーン……最強の剣か」
トゥールフレイムがバイオレントドーンに切り替わり終わるよりも速く、ザヴェーラはダークマザーを叩きつけた。
「くっ!?」
ザヴェーラは休むことなく、ダークマザーを打ちつけてくる。
その連撃の激しさに、ノワールは受けきるだけで精一杯で反撃に移ることもできなかった。



シルヴァーナは、兄と弟の殺し合いを、赤い瞳で他人事のように眺めていた。
ノワールは最強でありながらある意味とても弱い。
このまま、ノワールに九種の神剣の能力を使う隙さえ与えなければ、ザヴェーラにも充分勝機あるのだ。
「……さて」
シルヴァーナは兄弟の殺し合いから、タナトス達の方へと視線を移す。
『そうか……あの剣……だから……』
「リセット?」
リセットはシルヴァーナが左手に持っている石の剣が気になっているようだった。
『タナトス、あの剣が無限の魔力という手品の種よ。見覚えあるでしょう、あの剣……』
「……ああ、確か、ノワールの……」
九天鏖殺の際に姿を現す九本の剣の一つ。
つまり……。
「……あれも神剣なのか?」
『ええ、正真正銘神剣の一つよ。神剣戦争以来、一度たりとも歴史の表にも裏にも姿を見せなかった幻の神剣……大地の剣……アースブレイドよ……』
「馬鹿な……なぜ、そんなものが今此処に姿を見せる!? いや、なぜ……クロスが持っている!?」
『おかしいと思ったのよ。ラストエンジェルが地上に現れた時の衝撃は、神剣が全て揃った証……ええ、確かに地上どころか、この地に十本全て集結しているわよ……アレがアースブレイドならね……』
ラストエンジェルの欠片……神剣であるリセットだからこそ、解る、感じることができるのだ。
タナトスのソウルスレイヤー、ノワールのラストエンジェル、ザヴェーラのダークマザー、リーヴのスカイバスター、リンネのタイムブレイカー、ガイのサイレントナイト、コクマのトゥールフレイム、主人を無くして地に転がっているライトヴェスタ、さらに、バイオレントドーンもこの地に来ている……最後に目の前のアースブレイド……間違いなく十本全ての神剣がこの地に集結しているのだ。
地上に十本全ての神剣が揃うことさえ、神剣戦争以来初めてのことである。
それがこんな近距離に集まるなんて……。
「できれば、コレは見せたくなかったのよ……だから、ノワールに剣を借りようかと思っていたのだけど……あのお人形さん達が強かったから、つい出しちゃったのよ」
シルヴァーナの左手にあるのは、美しさや輝きとは無縁の石できた無骨な大剣だった。
例えるなら、化石の剣。
「あたくしは、お人形やぬいぐるみは大好き……だって、ベッドから離れられなかったあたくしにとっては彼女達だけがお友達だったから……」
だから、アンベルとバーデュアにトドメを刺さなかった。
本当ならどちらも、腕を狙ったり、直撃を外したりしなければ、一撃で完全粉砕できたのである。
『……タナトス、どうするの? 逃げる? もし、逃げたいなら……』
怖いとか、勝てそうにないからではない、アレとはタナトスは戦えないのだ。
アレがクロスの姿を、クロスの体を使っている限り、タナトスは絶対に戦えない。
「……いや……」
タナトスは魂殺鎌を握り直すと、前へとゆっくりと歩みだした。
『駄目よ、タナトス! あなたには倒せないでしょう! 自分より強い相手に『手加減』なんてできないのよ!』
「…………」
『まして、アースブレイドがある限り、相手にはエネルギー切れは絶対にないの……』
「……さっきも言っていた気がするが……どういう意味だ?」
『アースブレイドは大……避けて、タナトス!』
タナトスは反射的に横に跳ぶ。
銀色の光輝がタナトスが居た場所を貫いていた。
「どうしたの、姉様? 戦ってくれないの?」
突き出されたシルヴァーナの右手の指先に銀色の光が宿っていく。
「仕方ありません。ここは、私が……」
エランがタナトスの前に出ようとした瞬間、
「……そういえば、まだ、貴方が居ましたね」
電光がシルヴァーナの直前の空間で爆発した。



大槌のように振り下ろされた白銀の十字架を、石の剣が器用に受け流す。
そらされた十字架が床を爆砕した。
砕け散った床の破片と粉塵の中を、雷を纏ったランチェスタが疾走する。
疾走するランチェスタは、地上を貫く稲妻だった。
だが、稲妻が貫くべき標的はすでに消えている。
標的を見失い、足を止めたランチェスタに、空から銀光の雨が降り注いだ。
地上から天へと雷が駆け上る。
ランチェスタは銀雨の中心、シルヴァーナの居る場所へと一瞬で到達した。
雷撃(サンダーボルト)。
ランチェスタの雷を纏った右拳が、シルヴァーナに向かって打ちだされる。
シルヴァーナは石の剣の背で右拳を受け止めた。
爆裂する閃光と轟音。
シルヴァーナは吹き飛ばされ、天井へと激突する直前、天井を足で蹴り飛ばし、地上へと降下した。
そんなシルヴァーナを追って、ランチェスタは再び雷を放電しながら、地上を目指す。
その姿はまさに天より地に落ちる稲妻だった。
地上に先に到達したランチェスタは、シルヴァーナに向かって百雷弾(ハンドレットサンダーブレット)……無数の雷球を放つ。
シルヴァーナは、迫る雷弾に対し、銀色の光輝を乱射し、迎撃した。
「魔界の時ほどの強さが感じられないわね。さらに小さくなった、十字架に力をさらに奪われた……いえ、それよりも問題は知能の低下かしらね」
ランチェスタが弱くなったのか、シルヴァーナが強いのか。
今のところ、二人の実力はほぼ互角だった。
シルヴァーナが再び飛翔する。
正面からの砲撃より、頭上からの砲撃の方が相手は避けにくく、反撃しにくいと判断しての行動だった。
特に今の相手は、さっきまで戦っていたアンベルと違って、遠距離での飛び道具の撃ち合い……射撃戦闘を得意としていない。
先程の無数の雷球での攻撃の狙いの甘さと発射までの隙から、シルヴァーナはそう判断していた。
相手はおそらく超近距離戦……肉弾戦闘を得意とするタイプ。
この体(クロスティーナ)も肉弾戦闘を得意とするが、シルヴァーナ自身はあまり肉弾戦を好んでいなかった。
殴られて痛かったり、服が汚れたり、汗をかくのは……嫌なのである。
そういったところが、根っからの格闘家で戦闘を好むクロスと、皇女……お姫様であるシルヴァーナの認識の違いだった。
「本能……体に染みついた感覚で戦っているだけなら、それ程、驚異ではない!」
シルヴァーナは一発一発、右手……指先から魔力を撃ちだしているわけではない。
指先はあくまで照準であり、引き金だ。
シルヴァーナの周囲には黒い空間の歪みのような穴……魔力の発射口が無数に存在している。
その発射口の数が一気に倍に増えた。
全ての発射口に銀色の輝きが宿り出す。
「あたくしはあのお人形さんみたいな技術がないから……楽をさせてもらうわね」
無数の『砲門』による一斉砲火を、一度に三矢、無理しても五矢ぐらいまでしか同時に射れない弓で互角に撃ち合ったアンベルの技術は神業だった。
「……斉!」
銀光が一斉に地上のランチェスタに向かって発射される。
「……っ!」
ランチェスタは白銀の十字架を床に突き刺すと、その影に身を隠した。
あらゆる魔力を吸収、封印する性質を持つ白銀の十字架は、触れた銀光を全て無効消滅させる。
弾雨の激しさに、ランチェスタは十字架の影から一歩も動けなかった。



「…………」
シルヴァーナとランチェスタの戦闘を見つめながら、タナトスは考えていた。
仮に、自分がシルヴァーナを殺す覚悟を持てたとしても、彼女に勝てるのだろうか?……と。
あの修道服の少女の予想外の強さと、その正体については今は驚いたり気にしている時ではないと思うので、ひとまず横に置いておく。
「…………」
シルヴァーナは例えるなら、弾切れの存在しない砲台だ。
それも一門ではない、いくらでも砲の数が増えるのである。
砲煙弾雨。
たった一人で、無数の砲弾の飛び交う戦場を創ってしまうのがシルヴァーナの能力だ。
シルヴァーナの弱点として可能性が予想できるのは、近距離戦闘の脆弱さである。
彼女の今までの発言から、剣術や体術を習ったことがあるようには思えないし、何より彼女自身が接近戦を避けているように見えた。
だが、その弱点すら怪しい。
彼女の体はあのクロスの体なのだ。
魔術師でありながら格闘戦を何よりも得意とし、好むクロスの……。
それに、たった一度だが、ランチェスタの巨大な十字架での一撃を、石の剣で器用に受け流さなかったか?
もし、シルヴァーナにクロスの格闘能力が残っているのなら、シルヴァーナに死角はなかった。
「……それ以前に近づけるのか……?」
あの銀光の弾雨をかいくぐり、シルヴァーナとの間合いを詰めること自体至難の技である。
「……死気の風すら突き抜かれかねない出力……」
回避しながら近づくことも、死気で防御することもおそらく無理だ。
あの出力と速射性、何より砲門の数が異常なのである。
「彼女の強さは剣術や体術などの『戦闘技術』とは別次元のものです。一対大多数……一人で『戦争』を行うための能力とでも言うもの……」
エランの呟きの意味は、タナトスにもよく解った。
戦闘スタイル、強さの種類が根本的に違う。
あれは一対一の決闘や勝負のための強さではなく、唯一人で全てを敵に回すための強さだ。
孤高ゆえの絶対的な強さ。
援護や補助を必要としない、寧ろ味方や仲間など全力を振るうための邪魔にしかならない、そういった種類の力だ。
『……タナトス?』
タナトスは壁際から一歩前に出る。
『まさか、戦う気なの? 相手を殺す覚悟も、勝つための手段もないのに?』
「……だが、このままあの子に任せているわけには……見殺しにするわけにはいかない……」
『……チビガキの方が妹より大切って言うなら、リセットちゃんは止めないけど……』
「…………」
タナトスは何も答えなかった。
答えることができない。
あの少女は愛しい、大切だ。
けれど、あの少女のために妹を……倒せるのかと聞かれれば……答えることができない。
かといって、妹と戦いたくないから、少女を見殺しにできるのかと聞かれても……やはり、答えることができなかった。



ノワールは苛立っていた。
このまま、さっきの死神の少女に味わされたのと同じ、敗北をこの兄から味わされるわけにはいかない。
「僕は最強なんだよ! たかが闇の神剣一つに選ばれた兄上とは格が違う!」
ノワールは、九色の光輝をラストエンジェルから勢いよく放出し、ザヴェーラを弾き飛ばした。
「兄上、確かに僕の剣術は未熟だろう、それは認めるよ。でも、勝つのは僕だっ!」
ノワールのラストエンジェルが絶え間なく変換(チェンジ)を繰り返していく。
神剣変換(しんけんへんかん)、他の九本の神剣の姿と能力を一時的に得られるのがラストエンジェルの能力の一つだった。
「無駄だ、ノワール。どの神剣に姿を変えようと、使い手が貴様である限り、余には勝てぬ」
変換が光り輝く白銀の剣……光輝剣ライトヴェスタの姿で止まる。
「光よ、闇を切り裂け!」
振り下ろされたライトヴェスタの切っ先から黄金の光輝が走り、間合い無用でザヴェーラを真っ二つに切り裂いた。
「なっ!?」
ザヴェーラを切り裂いたノワールの方が唖然とする。
あまりにも呆気なかった。
今のは牽制のつもりの一撃に過ぎない。
幻?……いや、確かに手応えはあった。
『もう眠れ……愚かな弟よ……』
声と同時にザヴェーラが姿を現す。
ノワールの正面に、頭上に、背後に、横に……数え切れぬ程のザヴェーラが同時に出現していた。
「まやかしをっ!」
全て消し去ってやるとばかりに、ノワールはラストエンジェルに闘気を込める。
『実は虚、虚は実、所詮、この世は夢幻(ゆめまぼろし)のごとく……受けよ、夢幻(むげん)にして無限なる我が一撃をっ!』
ノワールがラストエンジェルを振るうよりも速く、全てのザヴェーラ達が一斉にノワールに斬りかかった。



「ば……馬鹿な……残像でも幻覚でもなく……全てが……実体……うあああああっ!」
ザヴェーラ達に次々に切り裂かれながら、ノワールは一度だけラストエンジェルを振るい数体のザヴェーラを切り裂いた。
確かな歯応え、切られたザヴェーラ達は消滅する。
だが、それだけだった。
数百、数千、数え切れぬザヴェーラの中のたった三〜五人を斬り殺そうとも何の意味もない。
一瞬の後には、ノワールの姿は跡形もなく切り刻まれて消滅していた。







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一言感想板
一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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