デス・オーバチュア
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役目を果たし終えた九本の剣は九色九つの光と化して、ノワールの左手に戻っていく。 光が全て戻り終わると、ノワールの左手には九色の輝きを放つ宝石の剣が握られていた。 「フフフッ、一番厄介な方が真っ先に消えてくれて助かったよ」 「……ルーファス?」 タナトスは呆然とした表情で、ペタンと床に力無く座り込む。 何が起きたのか理解できない……いや、信じられなかった。 殺しても、絶対に死にそうにないと思っていたあの男が……あんなあっさりと……呆気なく……消滅するなど……ありえない。 あってはいけないのだ。 「……か……勝手に死ぬなと言った……お前が死んでどうする……帰ったら……何でも話してくれるんじゃなかったのか……」 タナトスの瞳から光が消えていく。 何も見えない、何も感じない……何もかもどうでもよく思えてきた。 「ふむ、正気を失ったのかい? 可哀想に……今、あの方の後を追わせてあげるよ。疾く逝くといい!」 ノワールが剣を振り下ろすと、九色の閃光がタナトスに向かって解き放たれる。 「…………」 タナトスはピクリとも動かなかった。 かわす気がない? いや、タナトスにはもう『外』の世界の出来事は何一つ認識できていない、どうでもよくなっていたのである。 『タナトス!』 突然、タナトスの内側から声と共に七色の閃光が迸った。 七色の閃光は迫り来る九色の閃光を全て遮断する。 「ほう……」 ノワールは感心したような声を上げた。 別にいまの一撃はたいした攻撃ではない。 九種類の漏れ溢れる力を解き放っただけの技とも言えぬ単純な攻撃だ。 だが、それでも並の闘気技や七霊魔術は遙かに凌駕する。 最大の特徴は、光、闇、風(空)、地、死、時、運命、炎(復讐)、氷(静寂)の九種類の力全てに対して同質か対極な力をぶつけなければ防ぎきれないということだ。 そう、九色の力を完全に無効化や中和できるのは、同じく九色の力を持つか、それ以上の力を持つものしかありえないのである。 「……面白い。そう思わないか、僕のリセット?」 ノワールの背後に半透明な……それでいて七色の輝きを放つ腕が浮かび上がった。 半透明な腕は拡がっていき、ついには半透明な人型と成る。 虹色の輝きを放つ、透き通るような少女の幽霊がノワールを背後から抱き締めていた。 少女の背中には、左右に四枚ずつの翼、さらに尻尾のような翼、計九枚の翼が生えていた。 「ここまで復元されたんだ、もう実体化しても大丈夫だよ、リセット」 『…………』 背後の幽霊が頷いたかと思うと、ノワールの手の中から九色の剣が消滅する。 次の瞬間、ノワールの背後には、九枚の翼を持った肉を持つ天使が誕生していた。 長い髪と瞳、そして象牙のように美しい白い裸体に纏う薄布は、光の加減で何色にも見える虹色。 髪も瞳も服も全てが虹色……虹色といっても七色ではなかく、『九色』だった。 復讐の赤、静寂の青、風(空)の緑、大地の黄、光の白、闇の黒、時の紫、そして、運命の水色と死の灰色。 九の神剣それぞれを象徴するような九つの色で彼女は彩られていた。 顔立ちはタナトスの知っている『リセット』によく似ているが、こちらは大人びており、何よりその瞳は冷たさを超えて、何の感情も浮かんでいない虚無である。 「……我が欠片よ……我が元へ戻れ」 瞳と同じく何の感情も感じない声が、ただ命じた。 『嫌よ!』 タナトスの背中から、虹色の天使『リセット』が飛び出す。 彼女は、タナトスが初めて会った時と同じ七色……虹色の髪と瞳と翼をしていた。 体自体は透き通っており、彼女が実体……肉を持った存在ではなく、霊体やエネルギー体といった虚像であることを物語っている。 「汝は我が一部……砕かれた幾万、幾億の我が心の一欠片……欠片よ、なぜ、戻ることを拒む?」 『やっと、全てに終焉をもたらすなんて馬鹿な定め、性(サガ)から解放されたのに誰が戻るもんですか! リセットちゃんはあんたと違って、面白おかしくこの世界で暮らすのよ!』 リセットはえっへんと胸を張って言い切った。 「……汝の言葉……汝の思考は……我には理解不能だ……」 『でしょうね、長い年月の間に終わりをもたらすなんて意志ばかり強まって、殆ど人格を失ってるあんたに、リセットちゃんの繊細な乙女心が理解できるわけがないのよ』 「……乙女心……?」 元は同じモノでありながら、二人はもはや完全な異物と化している。 ゆえに、互いを理解することはできないのだ。 『とにかく、あんたと融合なんてノーサンキューよ。まあ、あんたと一つに成りたくない一番の理由は、愛するタナトスと別れたくないからなんだけどね。リセットちゃんとタナトスはラブラブなのよ〜』 「……ラブラブ……?」 これは本当に我が欠片なのだろうか? 言葉の意味が何一つ理解できなかった。 「あははははははっ! 面白い、面白いね、育った環境でこうまで人格が変わるものなんだね? それとも、終焉剣としての使命から解放された、君の本当の性格、本質はあっちなのかもしれないね」 黙って二人の会話を聞いていたノワールが、笑いが堪えきれないといった感じで口を挟む。 「もういいじゃないか、リセット。彼女はもう君とは完全に異質なモノになっている、下手に融合しようものなら、君に悪影響……変な想いや人格を植え付けられかねない」 「……確かに……融合成功率は著しく低い……不明要素が多すぎる……」 「アクセルのおかげでここまで復元したんだし、もうあんな小さな欠片は必要ないよ」 「……我が君の意見に同意する……」 「うん、じゃあ……」 『ちょっと待ちなさいよ!』 ノワールと九色の天使の会話に今度はリセットが口を挟んだ。 「うん? なんだい、面白い性格の方のリセット?」 『リセットはリセットちゃん……つまり、私の名前よ。そいつにはこんな可愛い名前は必要ない、ラストエンジェルという呼び名だけで充分よ!』 「なるほど……確かに君の言うこともなんとなく解るよ……では、君と彼女をそう呼び分けるとしよう……もっとも……」 ノワールはリセットに視姦するような眼差しを向ける。 『何よ!? いやらしい目で見て……言って置くけど、リセットちゃんの体は全てタナトスだけのものなんだからね!』 「体も何も君程度の欠片では実体化できるのは良くて手首一つ、下手すれば指一本だろう? 星幽体やエネルギー体なら全身の姿を取れるだろうが……所詮、君などその死神の少女に寄生している意識体のようなものだ」 『むっ〜、あんた凄い嫌なこと言ってくれるじゃない……』 「僕は事実しか言っていないよ。まあ、一時的な全身での具現化、物質化はできなくはないだろうが、所詮君には手首一つ分の肉しかないんだよ。そんな君がどうやって、彼女を愛するんだい? 愛して貰うんだい? 不毛だよ」 『うるさいうるさい! 黙れ黙れ! 好きなものは好きなんだから仕方ないじゃないの!』 リセットは背後からタナトスを強く抱き締めようとした。 けれど、リセットの腕はタナトスの体をすり抜けてしまう。 「触れ合うだけでも、大量の力を消費して具現化しなければならないとは、哀れだね……大丈夫、今その苦しみ……少女に対する執着から解放してあげよう」 ノワールはラストエンジェルを振りかぶった。 「喜ぶといい、その少女と一緒に消滅させてあげよう。共に逝くといい……もっとも、肉体もアストラル体もエーテル体も全て完全に消し去る以上、来世もあの世もない完全な消滅だけどね」 『くっ……』 「足掻いても無駄よ。一応、君も九種の力を持つけど、七色に見えてしまう程に君の力はいくつかが弱いんだ……『終』の力による増幅がないからね。ゆえに、さっきみたいな木漏れ日程度の力ならともかく、全力での九種の力は防ぎきれない」 『ううっ……』 全てが否定することのできない事実。 ラストエンジェルが本気で攻撃してきたら、一撃とて耐えきれる可能性は低かった。 ラストエンジェルにとってリセットは欠けた刀身のほんの一欠片に過ぎない。 最初から対等の関係ではないのだ。 「では、愛するものと共に果てるがよい!」 ラストエンジェルが九色九つの閃光と化し、ノワールの手から飛び散るように消滅する。 ラストエンジェルを構成する九種類の力の要素を……九本の神剣として物質化させて相手に突き刺す必殺の一撃だ。 アクセル、ルーファスすら一瞬で葬ったこの一撃の破壊力は、見た目通り、九本の神剣全てに同時攻撃されたに等しい。 この一撃に耐えきれる存在など、同じように九本の神剣を同時に使える者でもいない限り、存在するはずがなかった。 しかし、その最強であるはずの一撃が、神剣として物質化する前に何者かによって全て叩き落とされる。 「なっ!?」 ノワールはその光景が信じられなかった。 「……光皇ルーファスか!?」 九色九つの閃光を叩き落としたのは、九つの光条、そんなことができる可能性があるのは、先程倒したはずの光皇ルーファスぐらいしか思い浮かばない。 「……ルーファス?」 タナトスが、ノワールの口にした名前か、それとも九つの閃光を叩き落とした光にか、初めて外の世界に反応を示した。 「ふう、流石に九本同時に叩き落とすのは骨が折れますね〜」 タナトスのすぐ後ろから初めて聞く声。 そこに居たのは、ルーファスではなく、見覚えの無い桜色のローブの人物だった。 一言感想板 一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。 |