デス・オーバチュア
第45話「次元の門番」




至高天。
至高の天を意味する名を持つその巨大すぎる城は、魔界の空を支配するかのように悠然と空に浮かんでいた。
魔皇は領土を持たない。
魔皇が支配するのは領土ではなく、魔界という世界、魔族という存在そのものだ。
とはいえ、やはりどんな存在でも、自らの住む場所、最低限の領土は必要とする。
魔皇の一人、光皇は魔界の空を覆うような巨大な城至高天を生み出し、魔界の空を自らの領土としたのだ。
魔界の双神とも呼ばれる彼にはそれは相応しかった、なぜなら、神とは空の上から自らの創造物を支配するものなのだから……。



「ふふ……」
笑い声と共にひとつの存在が至高天の中に出現する。
「……あんたか」
至高天の主は、気怠げに自らの城への闖入者を出迎えた。
もっとも、出迎えたといっても、僅かに視線をそちらに向けただけで、直前まで行っていた行為をやめもしないでいるのだが……。
「ふふ……お楽しみの最中でしたか?」
「ふん……」
周囲を見渡した闖入者の発言に、男はつまらなそうに鼻を鳴すことで答えた。
男が何をしていたのか(正確には現在も続行中だが)、周囲の惨状を見れば誰でも一目で解るだろう。
「ふふ……相変わらずのようですわね」
部屋中に何人もの裸の女の亡骸が転がっていた。
「あなたは女を抱きたいのですか? それとも殺したいのですか?」
「くだらない質問をするな。俺はただ抱いただけだ」
「……ん……弱い奴が……死ぬ奴が悪い……あ……」
艶を含んだ第三者の声。
声の発生点は、玉座に座っている男の膝の上からだった。
「そのとおりじゃな。それに無理強いは一度もない。全て向こうから寄ってきてのこと……皇は、自ら女を求めたりはせぬ……とても淡泊な男だからのう」
第四者、この場に存在する最後の生者の声は男の左横から。
「あら、てっきり骸の仲間入りされたのかと思いましたよ、雪の女王?」
白い女は男の座る玉座にしなだれかかていた。
「ふん、皇の相手がつとまるのは儂と煌だけじゃ……のう、煌?」
「あぅ……ああっ……」
白い女は、男に抱かれている黄金の髪の少女に同意を求めるが、少女の方はとても返事をする余裕などないようである。
「皇に二度抱かれる女はいない、儂ら二人を除いてはな」
「ふふ……それはそうでしょう。彼に抱かれた者は必ず壊れてしまうのですから……あなた達を除いては……」
闖入者である青紫の髪の女は視線を白い女から玉座の男へと戻した。
二人の行為はいまだに続いている。
荒い吐息、甘い声を必死に噛み殺そうとしている少女とは対照的に、男は息一つ乱さずに、冷め(醒め)切った氷の瞳を、少女ごしに青紫の髪の女に向けていた。
「……で、何の用だ?」
「ふふ……魔王お二人にもそろそろ飽きた頃かと思いまして……良ければ私がお相手してさしあげようかと……」
「ふん」
男の口元に皮肉げな笑みが浮かぶ。
「俺はあいつの女に手を出す程悪趣味じゃない」
「ふふ……どうしても退屈に耐えきれなくなったら、私の所にいらっしゃいな……もっとも、それはまだ遠い先のことでしょうけど……」
「ふん……」
「ところで、しばらくここに滞在させて欲しいのですが?」
「あいつと喧嘩でもしたのか? まあいい、好きにしろ……」
「では、そうさせてもらいますね」
艶やかに微笑むと、青紫の髪の女は、現れた時と同じように景色に溶け込むに綺麗に消え去った。
「相変わらず何を考えているのか解らぬ奴じゃ……得体が知れぬ……」
「年季の差だな、ネージュ。あいつから見れば、魔界の四人の支配者の一人であるお前も、まだまだ小娘だろうさ」
男は少しだけ面白そうに微かに笑う。
「むっ……」
白い女は不本意といった表情を浮かべた。
その表情は女の普段の外見や雰囲気に比べて、どこか幼く可愛らしい。
黄金の髪の少女が果てたのを確認すると、男は少女を物か何かのように乱暴に膝の上から突き飛ばした。
男は、気を失い床に倒れ伏す少女には視線一つ向けず、ゆっくりと玉座から立ち上がった。
白いズボン、着衣の乱れもいつのまにか直っている。
「どこへ行くのじゃ?」
「ちょっと遊んでくる」
男は床に放ってあった白いコートを拾うと、裸に直接羽織った。
「……なるほど、暴れてくるのじゃな?」
「つきあうか?」
「遠慮しよう。流石の儂もお主の相手をした直後は腰がのう……」
「歳じゃないのか?」
「魔界一の年寄りが何をぬかす、この魔界にお主達以上の年寄りなどおらぬわ」
「違いない……」
男は苦笑とも自嘲ともつかない笑みを口元に浮かべる。
「帰ってくるまでに塵を捨てておいてくれ」
「うむ、承知した」
ネージュは去っていく男の背中を最後まで見送った後、気怠げに立ち上がった。
そして、床に転がっている無数の塵……男が抱き殺した女達の亡骸を一瞥する。
「……さて、まずは塵捨てより先に……」
ネージュは、亡骸達と同じように、半裸で床に転がっている黄金の髪の少女の傍まで近づいた。
「起きぬか、煌。起きぬなら、塵共と一緒に城から捨てるぞ」
ネージュは黄金の髪の少女煌の頭を容赦なく蹴飛ばす。
「……痛い……」
煌は蹴飛ばされた頭をさすりながら、ゆらりと立ち上がった。
「起きたか? 起きたのならさっさと塵捨てを手伝わぬか」
「……んっ」
煌が怠そうな目をしながら着衣の乱れを整えていると、二対の鋼鉄の翼と二門の大筒が一つになったような奇妙な機械が飛来し、煌の背中に合体する。
「んぅ……」
煌は大筒を前方に傾け、照準を床の方に向けて構えた。
「待たぬか、虚け者!」
ネージュの掌から放たれた白い風が一瞬で煌を壁に叩きつける。
「……痛い……何をする、ネージュ?」
「それはこっちのセリフじゃ。今、何をしようとした?」
「……塵をまとめて消し飛ば……」
「虚け! 城に風穴を空けるつもりか、そなたは!?」
「……穴が空いたら、ネージュが氷で塞げばいい……無問題?」
「戯け……そなた、いつまで頭が寝ておるのじゃ……もうよい、さっさと塵捨てを済ませるぞ」
「……解った……」
煌は怠そうな目をしたまま、ネージュの後にならって、『普通』に掃除を始めた。



門から一歩踏み出した瞬間、クロスは凄まじい違和感を感じた。
違和感というより自らの体に起きた異変というべきか?
「なにこれ? なにここ?」
体中から魔力が溢れ出す。
自らの体内の奥の奥のもっとも深い部分から、魔力が無尽蔵に湧き出してくるような気分だった。
「あん?」
先を歩いていたルーファスが面倒臭そうに振り返る。
「ここがどこかだ? 魔皇界、魔眼城……とか言ったてお前には解らないだろう?」
「……魔界に来たんじゃないの?」
「魔界だよ。魔界の隣接次元、外層空間、まあちょっとだけ位相をズラした空間というか……なんだ、その顔は?」
「もっと分かり易く説明しなさいよ!」
「…………ちっ、この急いでる時に、馬鹿でも解るように簡略に説明しろって言うのか!?」
「誰が馬鹿よ! 急いでるならなおさら簡単に説明しなさいよ!」
「ああ、解った解ったよ。用はスレイヴィアを封じてあった永久牢獄と同じようなモノだ。人為的に作られた次元、空間、世界のことだよ。悪いがこれ以上簡単な説明はできないからな」
ルーファスは苛立ちを隠そうともせずに一気に捲し立てた。
どうも今のルーファスにはいつもの余裕というか、相手をからかったり、弄んだりする余裕がないように見える。
(こいつ、あたし以上に姉様のことで焦ってる?)
だとすれば、タナトスに対する好意的な感情だけは、この男の真実なのだろうか?
普段のやりとりからは、どこまで本気なのか解らないところがあったが……。
「魔眼皇……この城の主である馬鹿は、魔界に城、領地を作らず、魔界の隣の次元に魔界とまったく同じサイズの異空間を作ってそこに己の城を建てた……それだけの話だ」
話は、説明はこれで終わりだと主張するように、ルーファスはクロスの返事など待たずに、再び前を向いて歩き出した。
「待ちなさいよ」
クロスは慌てて後を追う。
「……で、なんでそんな所に来たの? ここに姉様が居るの?」
「違う。この城の地下に居る奴に用があるんだよ。全ての世界、全ての時間に繋がる門を操れる女に……」
「えっ? それって、リンネって人と同じ能力じゃ……あの人に頼めば……」
「馬鹿言え、一回一回、あいつに頼むなんて冗談じゃねえ。それに、時間軸の干渉ならリンネの奴が一番だが、次元干渉はここに居る奴の方が優秀だ」
「時間軸に次元干渉? 何がどう違うのよ?」
ルーファスはクロスの問いには答えずただ足を速めた。
やがて一つの巨大な門の前に辿り着く。
ルーファスは迷わずその巨大な門を一撃で蹴り開けた。
「あら、叔父様?」
部屋の真ん中に居た黒い布きれが答える。
そこは奇妙な部屋……いや、空間だった。
壁などの果ての無い、ただ歪んでいるだけの無限の空間。
その空間は明るくも暗くもなく、上下すら存在していなかった。
「永久牢獄?」
ある一点を除けばスレイヴィアが封印されていた空間にそっくりである。
「正解ではないですが、まったくの外れではありませんよ、お客様?」
黒い布きれ……正しく黒い布きれのようなローブを頭から被っている人物が返答した。
スレイヴィアの永久牢獄と違う決定的な一点。
それは、空間中に無数の門が浮いていることだった。
浮いているというより、門が埋め込まれているというか、門で埋め尽くされているといった感じである。
「あなた……何なの?」
それは同時にこの部屋は何なのという質問でもあった。
「初めまして、モニカ・ハーモニーと申します。次元の門番を役目とする者です」
「門番?」
「はい、あなたの世界にもいくつかあるでしょう? 魔界への門だとか、冥界への門だとか、異次元へ通じる『物理的』に固定存在を続けている門が……」
「ああ、ホワイトの門とかのことね……」
「その通りです。リンネお義母様のような能力者が瞬間的に作る門ではなく、その世界の誕生の瞬間から存在する門……わたしは全ての次元、全ての空間、全ての世界のそういった門の管理を仕事にしています」
「全てって……」
「はい、全てです、例外はありません。まあ、流石に誰かが自らの力で虚無から創造したプライベート空間までは管理が及びませんが……」
黒い紙切れ……モニカは誇るわけでもなくただ淡々と述べた。
「モニカ、事情は解っているな?」
「はい、叔父様、リンネお義母様から聞いております」
「叔父様? お母様?」
クロスはモニカの発言の中に聞き捨てできない単語をとらえる。
もっとも、モニカの口からその二つの単語が出たのは二度目なのだが……。
「えっと、そちらの方……確か、クロスティーナさんでしたね?」
「えっ? あ、はい、そうだけど、あたしの名前をな……」
「お母様に聞きましたので」
クロスが疑問を最後まで口にするよりも早くモニカはそう答え、話を進めた。
「適当にこの部屋の門の中から好きな門を一つ選んでもらえませんか?」
「えっ?」
「おい……」
クロスが驚きの声を上げるのとほぼ同時に、ルーファスが突っ込むような声と視線をモニカに向ける。
「あら、これが一番確率高いのですよ、叔父様。クロスティーナさんと、えっとタナトスさん?……の『縁』を頼りに世界を繋げるのが……」
「まあ、確かに腐っても姉妹だしな……」
「ええ、姉妹の絆、血の宿因、宿業、とにかくもっとも濃い縁だと思います」
「ふん、俺とタナトスの絆よりはそっちの方が確実ってわけか?」
ルーファスは苦笑とも自嘲とも自虐ともつかない複雑な笑みを口元に浮かべた。
「…………」
モニカは何も答えず沈黙で応じる。
「まあいいさ、探知機……タナトスレーダーとして連れて行ってやるよ、クロス」
「何よ、その言い方……」
「いいからさっさと選べ」
「解ったわよ、もう……えっと……」
クロスは周囲を見回した。
これだけ大量にある中から一つを選べと急に言われても困る。
「カンでいいんだよ、カンで! それが運命、縁ってやつだ」
「カンって言われてもね……」
「目で選ぶな、感じろ! 知覚の限界を超えろ、第六感で悟れ!」
「無茶言うわね…………」
クロスは目を閉じた。
「……………………」
ルーファスもモニカも無言でクロスを見守っている。
「……えっと、これかな? なんとなく」
目を開けたクロスは一つの門を指さした。
「オッケイ。じゃあ、頼むぞ、モニカ」
「はい、叔父様」
クロスの選んだ門が開く。
「行くぞ」
「ち、ちょっと……」
「死にたくなかったら、俺から離れるなよ」
「待ちなさいよ!」
クロスはさっさと一人で門の中に消えてしまったルーファスの後を追って、門の中へと飛び込んだ。












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一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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