デス・オーバチュア
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魔界最北の地。 絶えず雷が鳴り響くその渓谷は、現象そのままに雷鳴の谷と呼ばれていた。 ゴスロリを纏った闇の少女は、一人雪原を歩いていた。 「雪(ネージュ)と雷(エクレール)の境界ですか……」 Dの足下の雪が途切れる。 永遠に雪の止むことのない北の魔王の領地にありながら、目の前の渓谷だけは天にも地にもひとひらの雪も存在していなかった。 雪の代わりに雷が休むことなく降り続け、絶え間なく鳴り響いている。 「んっ?」 雷鳴の谷に向かうDとは反対に、雷鳴の谷からやってくる者がいた。 黒布で包まれた巨大な十字架のような物を担いだフードの人物。 『…………』 「…………」 フードの人物は、Dの横を無言で通り過ぎていった。 「……いやあああああああああああああああああぁぁっ!?」 雪の魔王(フィノーラ)は悲鳴を上げながら、豪奢なベットから飛び起きた。 「…………」 最悪の悪夢……自分が光滅(こうめつ)される夢。 「いいえ、私の夢は現実……」 確かに、雪の魔王は金髪の小娘によって斃されたのだ。 あくまで、地上へと送った『分身(わけみ)』をだが……。 「本体の数億分の一の存在とはいえ、この私を完全に滅するなんて……」 有り得ないことだ。 存在(エナジー)の総量こそ数十億分の一だが、強さ(戦闘力)自体はそこまで落ちるわけではない。 魔王の分身を倒せる者もまた、魔王に限りなく近い強さを持つ者だけなのである。 「アレは紛れもなく本物の光輝……ルーと同じ質の力……でも、そんなことが……」 『…………』 「……何!?」 フィノーラはやっと『その存在』に気づいた。 黒布で包まれた巨大な十字架にもたれかかって佇んでいる、フードの人物に……。 「貴様っ! 誰の寝室に許可なく踏み入っているっ!?」 フィノーラの全身から白き闘気が吹雪の如く放出され、同時に彼女の雪のような裸体に「清楚で壮麗な純白のドレス」が纏われた。 「北の魔王、雪姫フィノーラの寝室……で間違いないよね?」 フードの人物は飄々とした態度で応える。 雪の魔王(フィノーラ)が放つ凍えるような威圧(プレッシャー)など、まったく意に介していないようだった。 「貴様……」 フィノーラは激しく昂ぶった感情のまま、的確な警戒と冷静な判断を行う。 状況の把握と相手の分析。 奴はどうやってここまで進入した? なぜ、誰もかけつけてこない? 魔王の威圧を軽々と受け流す奴の実力は? 「フッ、慎重だね。その用心深さ、敬意に値するよ」 フードが脱ぎ捨てられ、白髪黒瞳の青年が姿を現した。 年齢は17~18歳ぐらい、神父や牧師のような黒い聖職者の制服(カソック)を着こなしている。 「むぅ……」 容貌というデータが加わり、ますます相手の得体が知れなくなった。 「……貴様……いえ、あなた何……?」 フィノーラは普段の落ち着いた口調で問いかける。 口調の変化は、警戒や戸惑いが怒りを凌駕したからだ。 この青年は『乱れた精神状態』で勝てる相手ではない……。 つまり、怒っている余裕が無くなったのだ。 「フッ……」 白髪の青年が微笑すると、背後の巨大な十字架の黒布が独りでに剥がれていく。 「サファリング・パッショーネ……魔王を狩る者だ」 開放された「青を基調とした装飾の施された巨大十字架」を前方に突き立てて、サファリング・パッショーネは堂々と魔王狩りを宣言した。 「ブリザードディザスター!」 フィノーラが右手を突き出すと、吹雪を伴う強風が発生しサファリングへと襲いかかった。 「…………」 しかし、吹雪の強風は巨大十字架の前面に形成された『透明な力場(フィールド)』に遮られ、サファリングには届かない。 「エナジーバリア? いえ、エナジーシールドと呼ぶべきかしらね?」 フィノーラはあの障壁が、普通のエナジーバリアの何倍も強固であることを一目で見抜いた。 「逆巻け、吹雪っ!」 吹雪が渦巻き、豪雪の竜巻と化してサファリングを呑み込もうとする。 「なるほど、そう来るか……」 サファリングはフィノーラの狙いを察した。 豪雪の竜巻は『盾(エナジーシールド)』を破壊するためのものではない。 破壊不可能の盾をサファリングから巻き上げるか、盾ごとサファリングを持ち上げるためのものだ。 前者が成功すれば防御手段を奪え、後者なら竜巻の中に取り込んで『楯の無い面』からダメージを与えられる。 「……フッ!」 サファリングは十字架の上空へ向けて右手を突き出すと、パチンッと指を鳴らした。 直後、豪雪の竜巻が十字に引き裂かれて消滅する。 「なあああっ!?」 「…………」 驚愕するフィノーラに、サファリングは左手を向けた。 「つうぅ!」 サファリングが指を鳴らすのと、まったく同時にフィノーラが宙へと跳び上がる。 次の瞬間、フィノーラが先程まで立っていた場所の後方の壁に巨大な十字の亀裂が走った。 「素晴らしい直感力だね」 滞空中のフィノーラへと、サファリングは両手を突き出す。 「弾けろっ!」 「九尾の白鞭(ナインティルホワイトウィップ)!」 サファリングが両手の指を弾く音と、フィノーラが召還した九尾の鞭を振り切る音が重なった。 九尾の鞭が巻き起こした衝撃波と、『サファリングが放った力』が正面から激突する。 「くううぅっ!」 激突の衝撃に吹き飛ばされるような形でフィノーラは天井へと押し上げられた。 「九頭龍(くずりゅう)……」 フィノーラは両足でしっかりと天井に『着地』する。 「開放(かいほう)っ!」 九尾の鞭が、超巨大な九頭の龍へと変じ解き放たれた。 巨龍は目玉一つだけでもフィノーラより遙かに大きい。 「なるほど、『丸呑み』なら楯など関係ないか……」 サファリングは迫り来る九頭の巨龍にも動じることなく、冷静だった。 「では、こちらも『開放』するしかないか」 巨大十字架の中心の宝石が輝きをやめ、透明な盾(エナジーシールド)は消滅する。 「何!?」 「観念したわけじゃない……戦開(せんかい)!」 サファリングがパチンと指を鳴らすと、巨大十字架が縦に真っ二つに両断された。 二つに分かれた巨大十字架は、横の突起の反対側に把手(とって)のような黒棒が生えている。 「打ち砕くっ!」 サファリングは把手を掴むと、己を喰らおうと大口を上げた龍の頭を『巨大旋棍(トンファー)』で打ち抜いた。 「拐(かい)?」 巨大十字架が割れて生まれた『武器』をフィノーラは知っていた。 本来あんな巨大な物ではないが、あの武器は間違いなく地上の東方の武術で使われる武具である。 武具の名は拐(短い物は短拐、長い物は長拐)……極東では旋混(厳密には拐より短い別武具)と呼ばれる物だ。 「はあぁっ!」 サファリングは両手に装備した巨大旋混で、次々に龍頭を打ち倒していく。 「これで……最後っ!」 程なく最後の龍頭も地に伏し、九匹の龍は九つの白鞭へと姿を戻した。 「……フリジットフルムーン」 フィノーラは両手にそれぞれ、純白の満月のような輪を生み出す。 「凍てつき消えろ!」 二つの氷の円月輪が投擲され、不可思議な軌道を描いてサファリングへと襲いかかった。 「フッ!」 サファリングは跳躍し、二つの氷の円月輪の間を擦り抜けてフィノーラに肉薄する。 「しまっ……」 「聖光(ホーリーライト)……」 右手の巨大旋混が半回転し、十字の上部(短い方)が前にくる。 「衝撃杭(インパクト)ぉぉっ!!」 巨大旋混の先端から聖光(青光)でできた巨大杭が打ち出され、フィノーラの体を貫いた。 「…………」 「……ん?」 聖光の杭は確かに、フィノーラを貫き壁に貼り付けにしている。 だが、手応えがあまりにも薄かった。 「……外した……みたいだね」 フィノーラの姿がゆっくりと、無数の粉雪となって崩壊していく。 「フリジットファランクス!」 雪像(偽のフィノーラ)が完全に消滅するのを待たず、本物のフィノーラが地上から「数千の氷の槍」を撃ちだした。 サファリングは聖光の杭を消すと、氷槍の密集隊列(ファランクス)に向き直る。 「総数三千……いや、四千の氷の槍かっ!」 彼は知らないことだが、氷槍の数は地上でサウザンドやタナトスに放たれた数の倍はあった。 それだけ、フィノーラの出力(パワー)が上昇(アップ)しているということである。 「フフフッ、旋混(その)状態でも盾は張れるのかしら?」 張れるものなら張ってみせるがいい、張れなければ私の勝ちだ……とばかりにフィノーラは楽しげに笑った。 「いや、戦開した『零(ぜろ)』に盾など必要ない!」 左手の巨大旋混の全身が青い輝きに包まれる。 「廻れ、零っ! 幾重にも!」 サファリングは左肘を曲げ巨大旋混を前面に持ってくると、旋混の名に相応しくグルグルと回しだした。 「なあぁっ!?」 青く光り輝く巨大旋混が超高速で旋回することによって、『青輝の円盾』が形成されサファリングの姿を覆い隠す。 巨大旋混が長拐(130cm前後)よりも遙かに長い、彼の身長とほぼ同じという馬鹿げた長さ(大きさ)だからこそ起きた現象だった。 氷槍達は青輝の円盾に先を争うように特攻し、皆消えていく……。 「…………」 全ての氷槍が迎撃されると、巨大旋混は旋回を止め、青輝の円盾は消失した。 「まさか、攻防一体なんてものを実際に目にするとは思わなかったわ……」 フィノーラは呆れたような、諦めたような表情をしている。 あそこまで見事に防がれては、ただ呆れ(諦め)るしかなかった。 「……零というのがその武器の名前?」 ゆっくりと地上へと降り立ったサファリングに、フィノーラが尋ねる。 「正確には零式改(ぜろしきかい)……『嘆きの十字架・零式改』だ……」 「嘆きの十字架?」 どこかで聞いたことのある名前のような気がした。 いや、そもそもあの巨大な十字架自体どこかで見たような……。 「……まあいいわ。最大技で一気に決着をつけてあげる……」 フィノーラの全身から絶対零度の凍気が溢れ出した。 「防げるものなら防いでみなさい……この世の全てを凍結させる一撃をっ!」 翼のように広げていた両手をゆっくりと前方に凍気をかき集めるようにして引き寄せていく。 「戦結(せんけつ)!」 サファリングは二つの巨大旋混を逆手から順手に持ち替え『大砲』のように構えると、連結させて『巨大水平二連砲』を作り出す。 二門の砲口に青い輝きが集束されていく。 「ヴァニシングスノォォォッー!!!」 「双・聖光神罰砲(ダブル・ホーリーライトパニッシャー)!!!」 満開の華のような形で合わせられた両掌から解き放たれた激流の如き凍気と、二門の砲口から撃ち出された膨大な聖光が、互いの中間で大激突した。 一言感想板 一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。 |