デス・オーバチュア
第30話「贖罪のための殺人」




私は何のために戦っているのだろう?
何のために殺人を行っているのだろう?
……思いだした。
購いだ。
購い……罪や過ちの償いをすること。
そうこれは購い……贖罪なのだ。
人を殺した罪を償うために、人を殺す。
矛盾している? 愚かな行為? 無意味?
そうかもしれない。
それでも、死神である自分にできることは殺人だけなのだ。
無差別に多くの人を無意味に殺してしまった……それが私の罪。
その罪を償うために、私はクリアの定める悪を殺すのだ。
殺戮者……死神である私にできることはそれだけなのだから……。



クリア国内のクリスタルレイク。
『外』にあるクリスタルレイクと繋がっているゲートの役目もする美しい古代湖。
タナトスは湖面に映る己の姿を見つめていた。
湖面に映るのは漆黒の長い髪、黒曜石の瞳、黒い法衣、巨大な大鎌を手にした冷たい美貌の女。
「死神か……」
タナトスは苦笑を浮かべて呟いた。
これほど自分に相応しい呼び名はないだろう。
容姿だけではない。
自分がかって犯した罪、それこそが死神の証明。
「何を迷っているんだ、私は? 決めたではないか、クリアの死神……刺客として生きることで罪を償うと……」
その時、湖面に映るタナトスが口元を歪めた。
『違うな、お前……私はただ殺しが好きなだけだ。だから、人を殺す』
湖面のタナトスが笑みを浮かべたまま言う。
「違う!」
『私は死神、存在するだけで死を招く者……」
「黙れっ!」
タナトスは湖面に魂殺鎌を叩きつけた。
湖面のタナトスが飛び散る。
「殺し……魂を、命を求めるのはあくまで魂殺鎌の性だ……私は違う!」
落ち着きを取り戻した湖面は、ただの水鏡に戻っていた。
さっきのは幻影? 幻聴? もしかしたら、自分の内なる声、本心なのかも……。
「違う! 違う違うっ!」
タナトスは自分に言い聞かせるかのように否定し続けた。
「私はファントムや魔族達とは違う……戦いに、殺しに……喜びなど見いださない……命を奪うことにちゃんと罪の意識も感じている……戦いなど好きではないっ!」
『嘘をつけ。お前は戦う理由を後から探したり、作ろうとしているではないか。本当はただ戦いが殺しがしたいだけなのに、戦いと殺しが大好きで……』
「うるさいっ!」
タナトスは湖面に映る己の姿を切り裂く。
「……悩んでいる暇などない……私はもっと強くならなければいけないのだから……」
『そうですわね、あなたはとても弱い……愛おしいほどに……』
「なっ!?」
今度の声は湖面からではなかった。
タナトスは背後を振り返る。
そこに青い闇が居た。
深く暗い青の髪と瞳、豪奢な青い『着物(東方の衣服)』を身に纏っている。
腰の辺りまである長い髪が美しく風になびいていた。
この世のものとは思えない美しさ。
今まで美女や美少女と呼ばれる女性には何人も会ったが、ここまで美しい女性をタナトスは生まれて初めて見た。
「ご機嫌よう、可愛い死神さん……」
ゆったりとした染み入るような声。
「……ご、ごきげんよう?」
タナトスは戸惑いながらも挨拶を返した。
「ふふ……そんなに怖がらなくてもいいのよ」
「…………」
怖い?
自分はこの女性を恐れているのだろうか?
確かに目の前の女性からは得体の知れない威圧感や畏怖を感じる。
「本当は今回の一件が片づくまで、あなたの前には姿を現さないつもりだったのだけど……ふふ……我慢できず出てきてしまいましたわ」
女性は自然な足取りでタナトスにゆっくりと近づいてきた。
「……あなたは、誰?」
「ふふ……人に名前を尋ねる時は、まず御自分から名乗るものよ」
「……失礼した。私は……」
「タナトス・デッド・ハイオールドさんね」
女性は先読みしたようにタナトスのフルネームを口にする。
「知っていたなら、名乗るように促さないで欲しい……」
「御免なさいましね。あなたがあまりに可愛いらしいから、少しだけ意地悪してみたくなったの」
「…………」
女性はタナトスの目の前で立ち止まると、タナトスの頬にそっと右手で触れた。
「綺麗な肌……艶やかで……生気に溢れている……」
女性はうっとりとしたような表情を浮かべる。
「生気に溢れている?」
そんな風に言われたのは初めてだった。
自分の肌の白さは不健康な、病的な白さだと思っていた。
「ええ、やはり、美容の秘訣は……多くの命を喰らっていることかしら?」
「なっ!?」
「髪も綺麗……なんて艶かしい……」
女性は右手の指でタナトスの髪を愛おしげに梳く。
「彼が惑うのも無理もありませんわね。私ですら惑わされてしまいそう……ふふ……」
女性の指は髪から首筋にそっと移っていった。
「…………」
なぜ、自分は彼女のなすがままになっている?
女性から敵意や悪意を感じないから?
威圧されて体が竦んでいる?
それとも……。
「ふふ……」
女性は蠱惑的に笑いながら、ゆっくりと己の顔をタナトスの顔に近づけていく。
タナトスの小さな唇に、女性の妖しげな唇が重なろうとした瞬間、タナトスの体から黄金の光輝が溢れ出し、女性を弾き飛ばした。
「……ふふ……意外と嫉妬深い方……」
女性は心の底から愉快そうに笑う。
「なに?」
タナトスには何が起きたのかよく解らなかった。
自分の体の中から黄金の光が凄まじい衝撃波と共に解き放たれた?
黄金の光輝と言えば……心当たりは一人しかいない。
「あなた『刻印』がつけられていますわよ……中位魔族ぐらいなら一瞬で吹き飛ぶような……物騒な印が……」
「印?……ルーファスか?」
「ふふ……手取り足取りいろいろと教えて差し上げようと思ったのに……これは彼が来る前に退散しないといけないようね……」
ふわりと女性は宙に跳び上がった。
「では、最後に助言を……力は抑圧するものではなく、制御してこそ価値がある……あなたの手にある物の本当の使い方……今のあなたならそれができるはず……ではね、ご機嫌よう、可愛い死神さん」
突然、女性の背後の空間に『門』が生まれる。
開かれた門からは、瘴気、強い魔の空気が溢れ出していた。
「……魔界……への門?」
蠱惑的な笑みを浮かべたまま女性は門の中へと飛び込む。
女性が飛び込むと同時に門は閉ざされ、空間から消滅した。
まるで最初から存在していなかったように普通の空間……青空が広がっている。
「界と界を繋ぐ通路を創ること、それ自体ははたいして難しいことじゃない」
「……ルーファス?」
最初からそこに居たのかのようにルーファスがタナトスの横に立っていた。
「だが、あれじゃ駄目だ。あれで通れるのは中位以下の塵みたいな魔族だけ……例え、ホワイトの門なんかを全開に開けても、中位以上の魔族は通れない、この世界自体が強い魔の存在を弾くんだ……それが法則だ」
「ふむ……それはともかく、お前、私に変な印だかをつ……」
「ああ、そうそう緊急招集だそうだよ、タナトス」
ルーファスはタナトスの言葉を遮るように告げる。
「なっ……それを速く言え」
明らかにルーファスは印のことを誤魔化す、追求させないために告げたのだろうが、確かに緊急招集が本当なら、追求などしている暇はなかった。
「……戻るぞ、ルーファス」
タナトスはルーファスへの追求を断念し、早足で歩き出す。
「はいはい」
ルーファスはタナトスの後を追って歩き出しながら、女性が消えた空間にちらりと視線を向けた。
「魔族じゃなければ、上位魔族以上の存在でもフリーパスか……」
ルーファスは口元に苦笑を浮かべる。
「慌てて帰ったせいで、名乗るのも忘れやがったな、ざまあみろ」
ルーファスは空間に消えた女性に告げるかのように呟いた。
「それにしても、あんたまで出てくるかよ? まあ、確かにある意味あんたも関係者だけどな……」
当然返答はない、それでもルーファスは呟き続ける。
「だが、タナトスに手を出すなら、あんたでも次ぎは殺す……それを忘れるな」
ルーファスはそう宣言すると、空間から目をそらし、タナトスの後を追う足を速めた。



『主よ、気づいたか?』
聞き慣れた女の声……意志が脳裏に直接伝わってきた。
(気づかぬわけがあるまい)
その声に強く『思う』ことで意志を伝え返す。
『今、一瞬じゃが、八本……いや、おそらく多分存在するであろう大地の刃を含めて九本の神剣が揃った……』
(そのようだな)
本来、この会話は無意味だ。
自分とあの女の全ては繋がっている、共有しているのだから、あの女が感じたものを自分が感じぬはずはない。
もっとも、それは逆も然り、自分もあの女に一切の隠し事はできぬのだ。
いや、そんなことを気にする必要はない。
自分があの女であり、あの女が自分でもあるのだから……。
『やはり、ここまで一つの世界、一つの大陸に神剣が揃おっては……不感症(不干渉)のあやつですら、引き寄せ合う力に逆らえぬということかのう?』
(それは貴様が一番わかっているであろう。我らもまた引き寄せられし者なのだからな)
『ふむ、そうであったな。それでどういたす? 亡霊の始めし殺戮の宴……妾達も参加するのもまた一興かもしれぬが……』
(そうだな……)
深く考えることにした、どうすればもっとも楽しめるのか、どうすればもっとも利があるのか、快楽と利益、判断基準はその二つのバランスで成り立っていた。


「どうかしましたか、ザヴェーラ殿?」
エランは突然沈黙してしまった男に声をかける。
男は複雑な呪印が模様のように刻まれた青紫のローブを身に纏い、そのローブのフードを深く被り顔を隠していた。
「いや、なんでもない。貴方の提案は理解した」
「では、ご協力願えるのですか?」
「ふむ……貴方の……クリアの駒の一つになれというのか? この余に?」
「お恥ずかしい話ですが、手持ちの駒が足りませんので……まさか、ここまで速く行動を起こすとは……」
「ふむ……」
ザヴェーラはエランを値踏みするように見つめる。
エラン・フェル・オーベル。
彼女の名はよく知っていた。
彼女の名は二つの世界でとてつもなく有名である。
一つは政治の世界というか、一国の支配者達。
クリア国の有能で冷酷な宰相、クリア国の実質的な運営者である彼女を知らぬ無能な者はいないだろう。
もしそんな無能な者が治めている国があれば、そんな国はとっくの昔に滅んでいたはずだ。
もう一つは魔術師達の世界。
レッドの魔術学園を主席で卒業した天才的な魔術師。
殆どの魔術師は彼女のことをそうとしか知らない。
だが、それはあくまで『表』の話だ。
極一部の者だけが知る彼女の『裏』の……本当の姿は……。
「無論、あなたを駒になどするつもりはありません。ただ、あなたの意志で、あなたのために、私の望むことして欲しい……それだけです」
「なるほどな、確かに興味がないといえば嘘になる……それに……」
「それに?」
「貴方に貸しを作っておくのも面白そうだ」
ザヴェーラは口元に微笑を浮かべたると、イスから立ち上がった。
「で、余はどの国を守れば……いや、どの亡霊の相手をすればいいのかな、宰相閣下?」
「お好きな色の国をどうぞ。ただし、緑はすでに売れ切り、白もおそらく誰も行く必要はないでしょうけど」
エランは全てを見透かすかのような表情で微笑を浮かべている。
「それにしても、亡霊の計画の実行の速さに対応が完全に間に合わなかったとはいえ、予め計画を予測し、余も含めここまで駒の用意を勧めていたとはな……恐ろしい女性だな、貴方は……」
「それが私の役目ですので」
「では、余はこれで失礼しよう。貴方の部下に余の姿を見られると、いろいろと面倒であろう……お互いに……」
「では、宜しくお願いします、ガルディア十三騎の一人、闇皇子ザヴェーラ殿」
「任されよう、美しき……」
言葉を言いきるよりも早く、ザヴェーラの姿は彼自身の影に溶け込むように消え去った。





































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一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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