デス・オーバチュア
第289話「堕天使の鉄槌(ルシファーズハンマー)」




「……ふん、やっぱりまだまだ改良の余地が多々あるわね」
闘気と衝撃波の混合物(竜)が爆散し、虚空には元はユーベルガイストの黒衣(上衣)だったと思われる無数の布切れ(欠片)だけが漂っていた。
「お陰でこんな雑魚も……」
皇牙の左手の黒爪が刃のように伸びる。
「仕留めきれない!」
真横へと一閃された黒き爪刃が、突然出現した二振りの大太刀と激突した。
「いえいえ、危ないところでしたよ」
大太刀から遅れるように、ユーベルガイストも姿を見せる。
「後一瞬、『離脱』が遅れたらかなりの大打撃を受けるところでした……」
ユーベルガイストは大太刀を背中で浮く鞘に納めると、『背後の空間』から新しい黒衣を引き出して羽織った。
「生意気に空間を操れるのね……本当に厄介な奴……」
おそらく先程の一撃も、龍の牙に噛み砕かれる前に空間を渡って逃れたのだろう。
こういった能力を持った相手は、攻撃を直撃させることが非常に難しいのだ。
「どうやら『稽古』はここまでのようですね。ですが……」
「別に逃げてもいいわよ……逃がしてあげる気はないけど♪」
皇牙は左手だけでなく右手も爪刃へ変え、意地悪く嗤う。
「でしょうね。それに私も聊か……舞い足りない」
「ふぅん、この皇牙ちゃんとやる気なの? 『ガラクタ』の分際で……」
「つぅぅ! 飛刀斬舞(ひとうざんぶ)!」
ユーベルガイストは二振りの大太刀を抜き放つなり投げつけた。
「気に障った? じゃあ、今風にジャンクと言い直しましょうか?」
「…………」
「あら?」
皇牙は左右の爪刃で大太刀を叩き落とそうとしたが、射程に入る直前で大太刀が軌道を変える。
「まずはあなたに舞ってもらいましょう」
左手から放たれた大太刀は上から、右手から放たれた大太刀は背後から、再び皇牙へと襲いかかった。
「誘導? いや、遠隔操作か……大した芸じゃないわね!」
皇牙の爪刃が大太刀の迎撃を試みるが、直前で軌道を変えて逃げられてしまう。
「くぅ〜、うざい蠅ね」
「大太刀を避けて舞い続けるか、素直に斬られて散るか、あなたの選択肢は二つだけです……」
「避ける? 冗談じゃないわ、大太刀(蠅)が捕まえられないなら……あんたを潰すまでよ! 竜牙翔!」
突き出された右掌から、闘気と衝撃波が放たれ『竜』と化してユーベルガイストへと迫った。
「威力は申し分ないのですが……」
ユーベルガイストの姿が掻き消え、竜の牙は何もない空間を噛み砕く。
「……私を捕らえるには少々遅い技ですね」
竜が爆散すると同時に、皇牙の後方にユーベルガイストが出現した。
「本当に厄介なジャンク……いっそのことクリア国(この島)ごと消し飛ばしてやろうかしら?」
「おい……」
「解ってるわよ、真っ黒黒助。今はそんなことしないわよ」
「真っ黒黒助……」
「ん、真っ黒菌より語呂がいいと思ったんだけど……やっぱり真っ黒菌の方がいい?」
「……できればタナトスと……名前で呼んでもらえないだろうか……?」
「はいはい、解ったわよ、死神(タナトス)。まったく、良くて雑魚、基本的に雑菌クラスの存在のくせに注文の多い……」
皇牙は物凄く譲歩、我慢してやっている……といった態度だ。
「ではそろそろ……」
ユーベルガイストは二振りの大太刀を手元へ呼び戻すと、左右の手でそれぞれ受け止める。
「私も舞わせてもらうとしましょう!」
宣言と同時に、ユーベルガイストは皇牙へと跳びかかった。



剣舞。
ユーベルガイストの闘法を一言で表現するならまさにそれだ。
鮮やか動作に軽やかな足取り、優雅な身のこなしで華麗に舞う。
「ちいいっ!」
皇牙が無造作に右手を振り下ろす、ただそれだけで爆風の如き風圧が巻き起こった。
「…………」
ユーベルガイストは爆風を『いなし』て、そのまま流れるように右の大太刀を皇牙の首へと斬りつけた。
「くっ!」
首に触れる寸前で、皇牙は左掌で大太刀を横へ弾く。
「…………」
ユーベルガイストは弾かれた勢いを利用し、今度は左の大太刀で皇牙の胴を薙ぎ払いにいった。
「がっ!」
皇牙は左足で大太刀を踏みつけて跳び上がり、右膝でユーベルガイストの顎を打ち抜こうとする。
「…………」
ユーベルガイストはあっさりと左の大太刀を捨てると、後方に宙返りにして皇牙の右膝蹴りをかわした。
「もらった、追撃の竜牙掌(りゅうがしょう)!!!」
皇牙の右掌が纏う闘気によって竜の顎と化し、ユーベルガイストを噛み(挟み)込む。
「砕け……」
「一呼吸遅いっ!」
竜の牙に噛み砕かれる寸前、ユーベルガイストは内側から竜を引き裂いた。



「っ……?」
皇牙は鮮血に染まった己が右手を呆然と見つめていた。
「…………」
ユーベルガイストの左右の手には大太刀ではなく、120p程の『刀のような武器』が握られている。
はっきりと刀と呼べないその訳は、武器の刃と峰が極東刀などの普通の刀と逆だからだ。
鍔などなく柄と刀身が一体型、黒一色、刀というよりまるで蟷螂の鎌のような印象を与える。
「血……血……血ィィィィッ! 人間(雑菌)ですらない人形(ジャンク)風情がこの異界竜(あたし)に傷をオオオオオオオオオオオオッ!? 」
絶叫と共に皇牙の全身から青く輝く闘気(炎)が噴き上がった。
「アアアアアァァァアアアアアアアアアアアッッ!」
皇牙の左右の側頭部から竜の角が、尾骨から爬虫類のような黒光りする太い尻尾が生える。
「戯れてやっていれば図に乗って……」
彼女の全身を包み込んでいたマントのようなケープが、漆黒の翼へと変じて羽撃(はばた)いた。
「……塵一つ残さず消滅(けし)てやる……」
皇牙は胸の前に両手を持っていくと、掌と掌の間に青く輝く球体を作り出していく。
「島ごと消え去るがいい! 夢幻……」
「堕ちなさい」
「ほまああああぁぁっ!?」
青輝の光球を解き放とうとした皇牙の脳天に、黒い刃が鉄槌の如く叩き込まれた。
「異界神ともあろう方が容易く激高しないでください……セブンじゃあるまいし……」
「……ファースト?」
いきなり現れた白煌の天使(ファースト)は、皇牙を一撃で地に沈め、呆れたような表情で嘆息を吐く。
「どこから……いや、いつから居たんだ?」
「そうね、彼女が来る少し前……貴方が彼女と戦い始めたあたりかしら?」
ファーストは皇牙に対して使っていた敬語ではなく、普段の自然な口調で答えた。
「仮初めとは言え主は主……これでも、ギリギリで助けに入るつもりで見守っていたのよ……」
「……それはまた……」
有り難う……と言うべきだろうか?
なぜか、素直に礼を述べる気には……感謝する気にはなれないタナトスだった。
「……それはそれとして……」
ファーストはユーベルガイストをじっと見据える。
「せっかくだから……少し私とも遊んで貰えるかしら? えっと……ユーベルガイストさん?」
天使のような笑顔を浮かべて、黒刀の先端をユーベルガイストへと向けた。



「…………」
ユーベルガイストは逆刃の刀を袖口の中にしまうと、代わりに大太刀を地面から拾い上げた。
「出し惜しみ?」
ファーストが振り下ろした黒刀を、ユーベルガイストは二振りの大太刀で挟み込むようにして受け止める。
「そんなところです……ふっ!」
ユーベルガイストは体を沈めると同時に、左の大太刀でファーストの胴を切り払いにいった。
しかし、ファーストは大太刀の刃を踏み台にして、天へと翔け登る。
「受けよ、堕天の羽撃き! 光翼天翔(こうよくてんしょう)!!!」
「っ……」
ファーストの背から白煌の神風が放たれ、地上のユーベルガイストに直撃した。
「……っぁぁぁあああっ!」
ユーベルガイストは裂帛の気合いと共に、白煌の神風を内側から引き裂く。
「やはり、羽ばたき一つでは駄目みたいね……」
「大層美しい微風でしたが……殺傷力には乏しかったですね」
「…………」
「では、次はこちらの番ですね……飛刀斬舞!」
二振りの大太刀が、空に浮かぶファーストへと投げつけられた。
「速い?」
皇牙に投擲された時とは桁違いのスピードで大太刀がファーストに迫る。
「でも、まだまだねっ!」
ファーストは黒刀の一閃で、二振りの大太刀を弾き飛ばした。
桁違いに速くなったと言っても、ファーストにとっては余裕で対応可能な速度である。
「まだ終わりではありませんよ」
弾かれた二振りの大太刀が空中で方向転換し、再びファーストに襲いかかった。
「何度やっても無駄よ……」
大太刀は不規則な軌道や速度の緩急といったフェイントを織り交ぜて斬りかかってくるが、ファーストはあっさりとそれを迎撃する。
「っぅ……そのようですね……」
ユーベルガイストは大太刀での攻撃を諦め、左右の掌中へと呼び戻した。
「私の番(ターン)ね……」
ファーストは左手の黒刀を大上段に構える。
「……ハァァアアアアアアアアアアアア……ッ!」
彼女の『力』が爆発的に高まり、黒刀(一点)へと集束していった。
「つぅっ……!?」
ユーベルガイストは、頭上で大太刀を交差させて防御の構えをとる。
「堕天使の鉄槌(ルシファーズハンマー)!!!」
ファーストの急降下と共に振り下ろされた黒刀が、交錯する大太刀をまとめて打ち砕き、ユーベルガイストの顔面を掠めて大地へと叩き込まれた。











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