デス・オーバチュア
第288話「虚空疾走」




「……しっ!」
ユーベルガイストは赤布を捻じ上げて『槍』状にすると、地上のタナトスへ向けて投擲した。
「っぅ!」
タナトスは反射的に宙へと跳び逃れる。
「いい反応と言いたいところですが、不用意に跳び上がってはいけませんよ」
「があっ!?」
ユーベルガイストはタナトスの顔面を右手で鷲づかみにすると、先程の『赤槍』と同じように地面へと叩き付けた。
「絶好の的になりますから……」
大地に深々と突き刺さっている赤槍の上へ、ユーベルガイストは片足で軽やかに降り立つ。
「くっ……」
そして、優雅な笑みを口元に浮かべて、大地に蹲るタナトスを見下ろした。
「……侮るな!」
タナトスは立ち上がり様に大鎌で、ユーベルガイストの乗る赤槍を両断しようとする。
しかし、それより一瞬早くユーベルガイストは跳躍し、赤槍もまた赤布に戻り彼女の足の指で摘まれて風にそよいでいた。
「別に侮ってなどいませんよ」
ユーベルガイストは赤布を蹴り上げると、その中心を左手で強く握り締める。
直後、赤布は赤い長弓へと変じた。
「和弓(わきゅう)……?」
和弓……東の果ての島『極東』産の刀を極東刀と呼ぶように、極東で作られた弓を他の弓と分けて呼ぶ名である。
細かい違いは数あれど、他の弓との最大の違いはその長大さだ。
主に洋弓と呼ばれる西方産の弓は長弓(ロングボウ)と言っても180pぐらいまでしかないが、和弓は並み(普通、基準サイズ)で七尺三寸(約221cm)もあり、さらに長さを伸ばした物も多く存在する。
ユーベルガイストの和弓はその基準サイズの物であり、170pを超す長身である彼女よりもさらに50p近くも長かった。
「その証拠に、この大弓(だいきゅう)を以てお相手致しましょう」
そう宣言すると、ユーベルガイストの左手は大弓の中央より下部寄りを把持(はじ)し直す。
「まったく、弓矢と大鎌でどう『稽古』しろというのだ……」
『しかも浮いたまんま降りてこない気だよ〜』
ベルゼブブの指摘通り、ユーベルガイストは完全に空中に『立って』いた。
「では、舞っていただきましょう」
ユーベルガイストの右手の袖口から、赤く美しい矢が出現する。
『来るよ、御主人様〜』
「ああ、解っている……」
「発っ!」
「葬っ!」
ユーベルガイストの矢が放たれるのと、タナトスが空へと駆け上がったのはまったくの同時だった。



タナトスは弓矢という武器に大して驚異を感じていなかった、
これはタナトスだけに限ったことではなく、この世界のある程度の実力者(超越者、異能者、達人等)にとって弓矢や銃といった『飛び道具』は玩具に過ぎない。
速度も破壊力も彼等を『殺し切る』には物足りない武器なのだ。
「……う゛っ!?」
だが、タナトスはその認識を身をもって改めることになる。
空を駆け抜け、ユーベルガイストとの間合いを一瞬で詰めたタナトスは、背後からの『爆風』でさらなる空の高みへと押し上げられた。
「矢が……爆発しただと……?」
「……『発破(バースト)』と呼んで欲しいですね」
眼下のユーベルガイストが再び弓に矢を番(つが)えて、こちらを狙っている。
「矢尻が赤く光り輝いて……?」
『二発目来るよ〜!』
「発っ!」
「つっ!」
タナトスは、ユーベルガイストの弓から放たれた『赤矢』を大鎌で切り払った。
凄まじい爆発が巻き起こり、タナトスの視界を塞ぐ。
『爆発の中から来る! 三発目と四発目!』
「解っている!」
爆炎の中から飛び出してきた二本の赤矢を、タナトスは的確に切り捨てた。
「お見事です」
遙か頭上からユーベルガイストの声。
「いつの間に上に!?」
地上へと落下しながらタナトスは上空を仰ぎ見た。
『あれぇ〜、太陽が二つ〜?』
「違う!」
並ぶ二つの太陽、そのうちの一つはユーベルガイストの弓矢の赤き輝きだった。
太陽と見間違う程の激しい輝き、それは赤矢の威力がこれまでと段違いなためだと……タナトスは本能的に察する。
「では、今度は少しだけ本気で射りますよ……発火(イグニッション)……」
『御主人様、回避回避! 回避推奨!』
「くっ……」
「……炎凰穿破(えんおうせんは)っ!」
放たれた赤矢は巨大な火の鳥『不死鳥』と化し、タナトスを呑み込んで地上へと激突した。



「…………」
ユーベルガイストの眼下では、不死鳥が爆散して生じた猛炎が燃え盛っていた。
『魔界(暗黒)の炎でも地獄(煉獄)の炎でもなく、自然界(精霊)の炎でここまでの威力とは大したものだよ〜』
何処からとも無く聞こえてくる、ベルゼブブの声。
『でも、昔から言うよね。当たらなければ〜』
「……どうということもない!」
タナトスはユーベルガイストの背後に出現するなり、大鎌を振り下ろした。
「確かに……あなたの言うとおりですね……」
ユーベルガイストは背後を振り返ることもなく、黒布の巻かれた右手首であっさりと大鎌の切っ先を受け止める。
「つっ!?」
『嘘っ!?』
「ちなみに、私に『死角』からの攻撃は無意味ですよ。元々、『視覚』を使っていませんので……」
『問題はそんなことじゃないよ〜!』
そんなことは、彼女が目隠ししていることから、タナトスもベルゼブブも察しがついていた。
「ああ、問題は……」
『斬れない!? 通過もできない!?』
「……ことだ」
物質的に切断することもできなければ、体を透して精神(魂)だけを傷つけ(刈り取)ることもできない。
「つぅ……」
タナトスは一瞬姿を消し、ユーベルガイストから少し離れた虚空(場所)に現れた。
「ふむ……虚空疾走……とでも言ったところですか?」
「…………」
ユーベルガイストの周囲で、タナトスが落ちつきなく出現と消失を繰り返す。
『そう言うと格好いいけど……要は御主人様、止まったら落ちちゃうんだよね〜』
「言うな……」
タナトスは気恥ずかしそうな表情を浮かべていた。
不死鳥に呑まれる直前、再び宙へと駆け逃れたものの、タナトスは相変わらず飛行はおろか空中浮遊もできないのである。
彼女にできることは、休むことなく空を駆け続けることだけだ。
『まったく、天才的に不器用さだよね〜、御主人様は〜』
「うるさい……今はそんなことより……」
『うん、あの『包帯』が曲者だよね……てっきり、封印拘束のための物だと思ったのに、あんな防御効果があるなんて……』
「その推測はおそらく間違ってはいない……」
アレは間違いなく封印具にして拘束具、彼女の真の能力を封じ、力を抑えつけるための呪布(じゅふ)。
「いや、今は……ただ戦うだけだ……!」
タナトスは黒い光と化し、ユーベルガイストに襲いかかった。
「虚空疾走……超高速の全方位……いえ、全包囲攻撃ですか……」
激しい金属音を響かせながら、黒い光はユーベルガイストの周囲を飛び回る。
『やっぱり、包帯のある部分には刃が通らないよ……それに……』
「包帯のない部分には『当てる』ことができない……」
ユーベルガイストは、超高速で飛び回るタナトスの斬撃を全て、最小限の動きで包帯部分へ誘導し『受け止めて』いた。
「くっ……ならば、さらに速度を上げるまでだ……!」
『駄目だよ! ぶっつけ本番でこの攻撃ができてるだけでも大したモノなのに、これ以上速度を上げたりしたら……』
『自滅するだけですわね』
「マモン?」
地上から飛んできた三つの赤光がそれぞれ、セブンチェンジャーの異なる宝石の中へと吸い込まれていく。
『例え、『目にも止まらぬ速さ』から『目にも写らぬ速さ』に加速しようとも、彼女の前では意味が無い……』
「アスモデウス?」
『彼女の『触覚』による超反応を上回ることはできはしない』
「触覚……『肌』で気配を感じて避けていると言うのか……?」
触覚だけで、こんなにも速く正確に感じ取れるなどとても信じられなかった。
『フッ、大気の揺らぎを捉えるなどといった『心眼』の類はそう珍しくもあるまい?』
「…………」
確かに、タナトスにもそういった真似事ならできないこともない。
とはいえ、この正確さと反応速度はいくらなんでも異常だ。
『ねえ、ベルゼブブの練習はもう充分でしょう……』
「ベルフェゴール?」
『蠅(ベルゼブブ)の『速さ』が駄目なら、わたし(ベルフェゴール)で『押し切れ』ばいい……違う?』
「だが、それでは修行に……」
『馬鹿ね、わたしの試し打ちだって有意義なことでしょう。それともアスモデウスの『正確さ』か、マモンの『ねちっこさ』でも先に試してみる?」
『ちょっと、ねっちこさって何ですの!? 無礼極まりますわよ!』
『ごめんなさい、他に適切な言葉が浮かばなかったの』
ベルフェゴールはマモンの非難をさらりと受け流す。
『なんですって!?』
「……こら、喧嘩をするな」
ちなみに、こうしてセブンチェンジャーの大悪魔達と会話している間も、ユーベルガイストへの高速全包囲攻撃は続いていた。
「あの〜、そろそろこちらから反撃しても宜しいですか?」
「う゛!?」
突然、ユーベルガイストの全身から漏れ出す魔力が倍加する。
「……ふっ!」
ユーベルガイストは大弓を赤布に戻すなり、タナトスの大鎌に絡みつけた。
「しまっ……ぐぅっ!?」
そのまま大鎌を奪い取り、タナトスを地上へと蹴り落とす。
「チェック……」
ユーベルガイストが右手を握り締めると、指の間全てから『赤い羽』が現れた。
「……メイト!!!」
「なあぁっ!?」
投げつけられた四枚の赤羽が、四本の赤矢に変じてタナトスに迫る。
回避不可能なタイミング、盾となる大鎌はその手にない……一言で言えば絶体絶命だった。
「くぅ……!」
タナトスは身体をひねり、せめて致命傷だけでも避けようとする。
「無駄です。不死鳥の矢は決して的を外さない!」
「あああああああああああっっ!?」
四枚の赤矢による連鎖爆発が、タナトスの姿を呑み尽くした。




「ふぅん、不死鳥の羽から創った矢か……小賢しいわね」
「……女の子? 会ったことがあるような……ないような……?」
タナトスの目の前に飛び込んできたのは、ちっちゃな女の子の背中だった。
二股の尻尾のように細く長く分かれた後ろ髪、全身を包み込む大きなマントのようなケープ。
「……確か……皇鱗……だったか……?」
皇鱗……極東で初対面にも関わらずいきなり襲いかかってきた謎の幼女のことだ。
「違うわよ……いや、ある意味半分正解かもしれないけど……」
「半分?」
「ああ、初対面の時、『あたし』の方は亡骸だったような……て、そんな昔のことはもうどうでもいいわよ!」
ちっちゃな女の子は『赤い黄金』の瞳で、空に浮かぶユーベルガイストを睨みつける。
「ちょっとね、今この……真っ黒菌(きん)を消されると皇牙ちゃん的に都合が悪いのよ」
「真っ黒菌……」
「というわけだから、あんたの方に消えてもらうことにするけど……構わないわよね?」
「……いきなり出てきて勝手極まる方ですね。構わないなどと言うわけが……」
「答えは聞いてないわ! 竜牙翔(りゅうがしょう)!!」
「なっ……きゃああああああああっ!?」
皇牙の右掌から放たれた闘気と衝撃波が『竜』と化し、ユーベルガイストを噛み砕くのだった。













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一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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