デス・オーバチュア
第275話(エピローグ4)「悪魔の回旋曲」



「私も混ぜていただけませんか?」
そう言った次の瞬間、スターメイカーは真っ白な騎兵槍(ランス)を大地から引き抜いた。
ランスの突き刺さった場所までの一瞬の移動。
「フッ……」
そして返答を待つこともなく、スターメイカーは修道女にランスを突きだした。
「っ……!」
修道女は後方へ飛び退りながら、漆黒の薙刀を一閃する。
当然、刃が届くはずのない間合いだったにも関わらず、スターメイカーの左肩が浅く切り裂かれた。
「ほう……」
スターメイカーは左手の指先で、ズレた色眼鏡を正しい位置へと直す。
斬り裂かれたのはあくまで衣服だけで、露出した肌には傷一つなく、血も流れていなかった。
「初撃でかわした……?」
修道女がボソリと呟く。
「……っぅ!」
何かを確かめるかのように、修道女は間合いを考えずに薙刀を振り下ろした。
スターメイカーは片足を滑らせて、体の軸をズラす。
彼の目前を『見えない衝撃』が駆け抜けていった。
「なるほど、間合い無用で『裂く』ですか……」
スターメイカーは冷静に修道女の攻撃を分析する。
「やはり、偶然ではなく避けていたのね……初撃目から……」
「ええ、どういう攻撃なのか理屈で解ったのはさっきですけね……最初のは反射的回避……まあ、なんとなくです」
「なんとなくでかわされたら……たまらないわっ!」
修道女が再び薙刀を振り下ろすと、凄まじい衝撃波が放たれた。
刃のように研ぎ澄まされた鋭利で巨大な衝撃波。
ネツァクの紫光の終焉すら引き裂いた不可視の巨刃だ。
「ふっ」
スターメイカーは楽しげに微笑うと、ランスを横に一閃し、不可視の巨刃をあっさりと打ち砕く。
「なっ……」
「さて、次はこちらの番ですね」
左手を前へと突きだすと、スターメイカーはランスを持った右手を限界まで後方へ引き絞った。
「行きますよ!」
「くっ!?」
爆音のような音が響いたかと思うと、修道女の眼前にスターメイカーのランスの先端が出現する。
修道女は咄嗟に顔を横へ傾けた。
突き抜けたランスによって、修道女のヴェールとケープが剔り取られる。
「っぁっ!」
修道女は反射的に横へ飛び離れた。
直後、ランスが大地に叩きつけられる。
あまりにも速く無駄のない『突き』から『振り下ろし』への切り替えだった。
もし飛び離れるのが一瞬でも遅れていたら、修道女は真っ二つに『叩き割られていた』ことだろう。
「今のを避けますか……少しは楽しませてくれそうですね」
スターメイカーは再び『一歩』で修道女に肉迫すると、ランスを連続で突きだした。
「くぅぅぅ……っ」
修道女は薙刀でランスの突きを捌きながら、後退していく。
後に下がらなければ、とてもランスのラッシュ(殺到する突き)は捌ききれず、『呑み込まれて』しまうからだ。
「つううぅぅ……このままじゃ……駄目……」
遠距離から衝撃波で斬りつければ、あっさりと回避か迎撃される。
かといって、近距離では相手のラッシュを防ぐのが精一杯で、満足に薙刀を振るう(攻撃に移る)こともできなかった。
「どうしました? まさかこれで終わりではないですよね? まだまだこれからですよ!」
スターメイカーのラッシュが一気に加速する。
彼はまだ欠片も本気を出していなかったのだ。
「ちぃぃっ!」
修道女はラッシュのあまりの苛烈さに堪り兼ねたのか、空へと跳び逃れる。
「逃しませんよ」
スターメイカーはランスの照準を上空に向け、膝を屈めた。
「誰が逃げると言ったの……?」
天に翳された薙刀の周りに『水流』が生まれ、まとわりつくように渦巻く。
「ほう……」
「海龍波(かいりゅうは)!」
薙刀が振り下ろされると水流が解き放たれ、超巨大な水の龍と化した。
水龍はスターメイカーを呑み込んで地上に激突し、地表を海原へと変える。
「思い出しました、レヴィヤタンですか?」
「つうっ!?」
声は宙に浮かぶ修道女の遙か上空からした。
「レヴィアタン、レヴァイアサン、リヴァイアサン……もっとも有名で巨大な海の魔獣……『海獣(かいじゅう)』レヴィヤタン……」
修道女は空を仰ぎ見る。
星が出るにはまだ早い黄昏の空に、鋭く輝く白色の星があった。
「ターゲットロック……」
「っ! Beelzebub!」
漆黒の薙刀が一瞬で漆黒の大鎌に変形する。
「魔獣王の次は蠅の王ですかっ!?」
天より白色の輝星(シリウス)が降り、修道女の振るう漆黒の大鎌と正面衝突した。



氷の花園は巨大なクレーターに変わり果てていた。
クレーターの中心では、スターメイカーが柄の長くなったランスを両手で掴んで地へと突き立てている。
「フッ……」
ランスは地から引き抜かれると、元の短い柄に戻り、スターメイカーの右手に握られた。
「葬(そう)っ!」
振り上げられたランスが、襲いかかってきた漆黒の大鎌と交錯し火花を散らす。
「くっ……」
漆黒の大鎌の持ち主は虚空を蹴って、クレーターの外へと跳び離れた。
「フフフッ……」
スターメイカーも後を追うように、クレーターの外へ飛び出る。
「…………」
クレーターの外で待っていたのは、漆黒の大鎌を担いだ修道女だった。
頭のヴェールは吹き飛んでおり、修道女は素顔を露わにしている。
腰まである艶やかな黒髪、左右の髪が一房ずつ赤い組み紐で編み込むように結ばれていた。
瞳は寒気のするような冷たく透明なブルー、良く言えば凛々しい、悪く言えばきつい、細い吊り目をしている。
やけに大人びた雰囲気をしているが、年はおそらく十五歳ぐらい……まだ年若い少女だ。
「おや? その赤い紐は悪魔の……」
「黙れ」
スターメイカーの言葉を遮るように、修道女がいきなり目前に肉迫する。
一瞬で間合いを詰めた修道女は、迷うことなく大鎌をスターメイカーに振り下ろした。
「とっっ」
高速で後退するスターメイカーの左肩から赤い鮮血が噴き出す。
「ふっ!」
「速い!?」
追撃の大鎌が、跳び離れるスターメイカーの腹部を浅く切り裂いた。
「フフフッ、薙刀の時とは大違いの速度ですね」
スターメイカーは楽しげに嗤う。
自分がかわしきれなかった程の修道女の速さ(強さ)が嬉しくて仕方ないのだ。
「魂を運ぶ蠅……魂の支配者(ベルゼブブ)……」
「つぅぅっ!?」
修道女の姿が掻き消えた瞬間、スターメイカーの全身が切り刻まれる。
「喰らうのは人の魂だけじゃない……」
全身から鮮血を噴き出させるスターメイカーの後方に、修道女が現れた。
「同類である悪魔(あなた)の魂だって例外なく喰らい尽くす!」
「くっ!」
修道女とスターメイカーの姿が同時に消え、虚空に破裂音のような音が数度響く。
音がとぎれると、スターメイカーと修道女が位置を入れ替えて出現していた。
「流石は蠅の王、悪魔最速という肩書きは伊達ではないですね……」
スターメイカーの衣服は消える前よりさらに切り刻まれている。
「それについてこれるあなたも大した化け物ね……流石は元白の悪魔騎士……」
修道女の方も無傷ではなかった。
衣服のあちらこちらが浅く切り裂かれている。
「遠い昔の話ですよ……今の私はただの職人(マイスター)……」
スターメイカーは左手をズボンのポケットに突っ込むと、星の欠片のような光り輝く宝石を取り出した。
「何?」
「これは星の核(スターコア)……星斬剣や星貫槍といった星界最強の武具はこの物質から創りました…」
光り輝く宝石は、ランスの笠状の鍔(バンプレート)の窪みに埋め込まれる。
「と言っても、武具を創れる程の大量なスターコアが手に入ることは滅多にありません。大抵はこういった星の欠片(スターチップ)しか手に入らない……」
ランスの柄が伸び、鍔から先の三角錐(刀身)が星光を放ちながら、超速で回転を開始した。
「だが、欠片は欠片で使い道があります。こうして、一時的とはいえスターコアから創られた武具と同等の力を並みの武具に持たすことができるのですよ!」
「つうっ!?」
ランスが突きだされると、光り輝く螺旋気流が解き放たれる。
光り輝く螺旋気流は、ディーンが両手で放つ旋風・束にも匹敵、あるいは凌駕する程の凄まじい星光の旋風だった。
「ぐうう……があああああああああっっ!」
修道女は大鎌を大地に突き刺し、己の周囲に半透明な球状の膜を形成する。
「エナジーバリア?」
星光の旋風に直撃を受けながらも、修道女は透明な球状の膜(エナジーバリア)に守られ、大鎌を錨(いかり)代わりにして流れに呑み込まれないように踏ん張り続けていた。
「やりますね……だが、詰めが甘い!」
「なああっ!?」
爆音が響き、スターメイカーがランスを突きだして星光の旋風の中に飛び込んでくる。
修道女は星光の旋風に抗うことに全力を傾けており、回避にも防御にも移ることができなかった。
「さようなら、アンノウンの少女」
ランスの先端とエナジーバリアが接触する。
次の瞬間、星光の旋風が消し飛び、光り輝く爆発が全てを呑み込んだ。



「やはり、あなたでしたか、ベリアル君……」
スターメイカーと修道女の間に赤い神父が割り込んでいた。
「…………」
赤い神父ベリアルは、修道女を貫くはずだったランスを右手で掴んで、横へと逸らしている。
「ベリアル……余計なことをしないで……」
助けられた修道女は不服そうな表情で、ベリアルの背中を睨みつけていた。
彼女の両手からはいつの間にか漆黒の大鎌が消えている。
「職人に知り合いはいないつもりだが……」
ベリアルは涼しい顔で、『惚(とぼ)け』た。
「フッ、つれないですね……」
スターメイカーは愉快そうな微笑を浮かべると、それ以上の追求はしない。
「ふん……」
ベリアルの右手があっさりとランスを握り潰した。
「彼女の髪に編まれた赤い紐……悪魔(あなた)との契約の証ですね?」
「さて、何のことだか……」
赤い悪魔はどこまでも惚けてみせる。
「レヴィヤタン、ベルゼブブ、そしてベリアル……『架空の悪魔』が集まっていったい何を企んでいるんですか? とても興味深いですね……」
「お前には……いや、この世界の誰にも関係ないことだ」
それだけ言うと、これ以上は何も語る気がないといった態度で沈黙した。
「ほう……」
スターメイカーはベリアルの答えと沈黙に、かえって興味を深めたようである。
「どけ、ベリアル! まだ決……」
「…………」
修道女の発言を遮るように、ベリアルは無言で横に左手を突きだした。
「くぅぅっ!?」
彼の左掌から強烈な『赤い衝撃』が放たれ、紫光を固めて創った剣で斬りかかってきていたネツァクを吹き飛ばす。
「エレクトラ、これ以上ここに留まっても意味はない。というか、これ以上取り返しがつかなくなる前に撤退すべきだ」
「くっ……」
「エレクトラ?」
「……解ったわ……あなたの言う通りよ、ベリアル……」
修道女エレクトラは苦虫を噛み潰したような顔をしながらも、ベリアルの提案を受諾した。
「おや、お帰りになるのですか?」
「ああ、元々、私達はこの世界とは関わりなき者だ……」
ベリアルは、スーッとエレクトラの三歩後ろに下がる。
「私は構いませんが……彼女はおさまりがつかないと思いますよ?」
「ん?」
スターメイカーの視線の先を見ると、ネツァクが紫光の剣を構えて立っていた。
「彼女に関しては完全に君の責任だ」
「解っているわ……」
「ならいい」
背後のベリアルが消えると、エレクトラの左手に再び漆黒の大鎌が出現する。
「ほう、そういう原理ですか」
「観戦者は黙ってなさい……」
エレクトラはスターメイカーは無視して、ネツァクだけに意識を集中した。
「……『媒体』無しで魔力剣が創れるなら……もう剣はいらないでしょう……?」
「だから、怒るなと?……ふざけるなっ!」
ネツァクの両手には、柄も鍔も剣刃も全てが紫光(魔力)でできた剣が握られており、彼女の怒りに呼応するようにその輝きを高める。
『無駄だ、エレクトラ。君が砕いたのは彼女の剣ではなく誇り(プライド)だ』
姿無きベリアルの声が、説得は不可能だと告げた。
「解ってるわ……一応言ってみただけよ……」
元から鋭いエレクトラの目がさらに鋭利に細められる。
「あなたの気が済むまでつきあってあげるわ……紫煌の魔将……いいえ、魔剣士さん」
「悪くない呼び名だ……貴様を打ち倒した後はそう名乗るとしよう……!」
エレクトラとネツァクはまったく同時に斬りかかった。



紫光の剣と漆黒の大鎌が交錯し、轟音を響かせる。
「…………」
エレクトラは一度後方に飛び離れたかと思うと、姿を掻き消した。
「……見える、そこっ!」
紫の瞳を輝かせると、ネツァクは何もない虚空に剣を叩き込む。
剣と大鎌の交錯する音が生まれ、次いでエレクトラが姿を現した。
「見える?……本当に……?」
エレクトラは再び姿を消す。
「……後!」
ネツァクは回転しながら剣を横に一閃した。
金属音と共に、エレクトラが空へと弾き飛ばされる。
「どうやら……本当に見えているみたいね……でも……」
エレクトラは虚空を蹴って舞い戻ると、またも姿を消失させた。
「くっ!?」
剣を振るうネツァクの両肩が切り裂かれ、鮮血が噴き出す。
「例え目で追えても、私と同じスピードで動けるわけじゃない!」
いつの間にか、エレクトラはネツァクの後方に立っていた。
「まだまだ速度を上げるわよ……あなたに捌ききれるかしら?」
「があっ!?」
エレクトラの消失と同時に、ネツァクの両膝と両肘が切り裂かれた。
「くぅぅ……」
見える、エレクトラの『動き』は確かに見えているのだが、対応が間に合わない。
ネツァクが一つの斬撃を剣で受け止めている間に、エレクトラはさらに二発、三発の斬撃を打ち込んでくるのだ。
「見えるだけでは……ん、見える? 視るだけ……?」
「あなたの気が済むまで斬り合ってあげるつもりだったけど……次で終わりになりそうね……」
今は姿を現しているエレクトラは、大鎌を振りかぶって体を限界まで引き絞る。
「散りなさい!」
エレクトラは体を解放し、弾けるように消え去った。
「貴様が散れっ!」
ネツァクの紫の瞳が一瞬妖しく光る。
「なあああああああっ!?」
彼女の上空に現れたエレクトラが胸から大量の鮮血を噴き出した。
「速さではあなたの勝ち……でも、勝負は私の勝ちだ……」
ネツァクはゆっくりと視線を、宙に固定されているエレクトラへと向ける。
「消えろ、跡形もなくっっ!」
紫に輝く瞳が一睨みした瞬間、エレクトラは派手に『破裂』し、大量の血と無数の肉片を空から降らせた。



「見事に逃げられましたね」
この場にはネツァクとスターメイカーしか残っていない。
空から降ったはずの血と肉片もなく、赤い布切れがいくつか地に落ちているだけだった。
「……まさか……この私が幻を見せられるとはな……」
ネツァクは苦笑を浮かべる。
「あなたの瞳のような高度な幻術(力)ではありませんよ。ただの騙し、フェイク……彼の得意技です」
「フェイクか……」
ベリアルは破裂の瞬間にエレクトラと赤い上着をすり替えたのだ。
まるで手品、詐欺のような姑息な術である。
「まあいい……気は済んだ……一応な……」
ネツァクは紫光の剣を霧散させた。
「それもまた彼の思惑通りかもしれませんよ?」
「別に構わないさ……」
邪魔が入らなければ、間違いなく自分は相手を倒していた。
その事実だけで、砕かれた剣(誇り)の雪辱は果たせている。
「ほう、そのスッキリした様子から察するに……瞳の力を使ったことに後ろめたさはないようですね……」
「ふん、何を恥じる必要がある? この瞳は私の一部、私自身の力だ」
ネツァクは欠片の迷い無く言い切った。
「まあ以前の私なら、この瞳を忌み嫌い、この力を使うことを卑怯とか思ったかもしれないがな……」
そう言ってネツァクは自嘲の笑みを浮かべる。
「……で、貴様は誰だ?」
「これは大変失礼……私の名はシリウス・ホワイトノイズ……人はスターメイカーと呼びます。まあ、ただの職人ですよ……どうぞよろしく」
スターメイカーはネツァクに恭しく頭を下げた。










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一言感想板
一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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