デス・オーバチュア
第264話「ラスト・ベイバロン」




「ああん?」
地上を蹂躙するように四方八方へ拡がろうとしていた邪炎と妖雷が、引き戻されて収縮していく。
まるで時間が巻き戻されているような現象だった。
「…………」
邪炎と妖雷が全て消え去ると、緋色の女が無傷な姿を見せる。
彼女は何事もなかったかのように平然と、左目の眼帯を付けなおしていた。
「けっ、限界まで引き出したってのにノーダメージかよ?」
ダルク・ハーケンは漆黒の剣刃を1m程にまで縮めると、大地へと降り立つ。
「なるほど……使わぬのではなく使えぬのか……」
「ああ?」
「…………」
緋色の女の右目が、赤く熱く激しく太陽のように光り輝きだした。
「……さて、どんな形にするか……剣、斧、鞭……」
右目(太陽)から吹き上がった紅炎が、右手に吸い寄せられて何かの形を成していく。
「……決めた、これにするか……Bardiche!」
太陽の紅炎は、『純粋な戦争のための武器』の姿でこの世界に定着した。
全長150cm前後の漆黒の棒、棒の片面に凶悪なほど無骨な赤い巨大刃が斧の刃のように取り付けられている。
人を撫で斬るためだけに作られた凶悪過ぎる重量武器だった。
「斧剣? 薙刀というにはあまりにも無骨すぎだな」
ダルク・ハーケンの漆黒の剣刃が長さはそのままで、中心に脈打つ血管のように赤線が走る。
「バルディッシュ……薙刀ほど脆弱でなく、戦斧ほど鈍重でもない、力ずくで気持ちよく人(土塊)を撫で斬るための道具だ」
緋色の女は、戦闘用大型薙刀(バルディッシュ)を右手一本で軽々と振り回した。
「けっ、そいつでオレ様を撫で斬れるってんならやってみやがれっ!」
漆黒の剣刃に邪炎を宿らせると、ダルク・ハーケンは緋色の女へと斬りかかる。
「いいや、貴様は撫で斬るのでなく灼き尽くす!」
バルディッシュの赤刃(尖端)が爆発的な輝きを放った。
まるで尖端に太陽が生まれたかのような熱く眩しい陽光。
「ちぃっ!?」
「prominence!」
陽光の熱気と眩しさに一瞬動きの止まったダルク・ハーケンに、紅炎(プロミネンス)を纏った太陽(バルディッシュ)が振り下ろされた。
暗き邪炎(異界竜皇剣)と眩しき紅炎(バルディッシュ)が激突する。
「聖なる太陽の輝きに灼き尽くされるがいい、卑しき悪魔よ!」
「がああああっ!?」
二つの刃は交錯し拮抗したままだったが、バルディッシュの纏う紅炎が急激に吹き上がりダルク・ハーケンを呑み込んでしまった。
「人に太陽は操れぬ……だが、神(我)は別だ!」
緋色の女はバルディッシュを頭上に振り上げると、赤刃が放つ陽光と纏う紅炎の激しさをより高めて、再度振り下ろす。
ダルク・ハーケンを包み込んでいる紅炎が真っ二つに両断された。
「むっ?」
だが、引き裂かれた紅炎の中にダルク・ハーケンの姿はない。
「ぬりいな……太陽の紅炎ってのはこんなにぬるいのか?」
いつの間にか、緋色の女の背後の空にダルク・ハーケンが浮いていた。
「煉獄(カーディナル)の業火に比べたら、子供(ガキ)の火遊びだな」 
3m程に伸びた漆黒の剣刃に赤く暗い轟雷が降る。
「消し飛びやがれっ!」
天から降った時の数倍に増幅された妖雷が、緋色の女へと撃ちだされた。
「ふんっ!」
緋色の女は振り返り様のバルディッシュの一撃で、襲いかかってきた妖雷をあっさりと掻き消す。
「ヒャハッ!」
「背後から襲いかかることしかできんのか、貴様はっ!?」
邪炎を纏った黒刃で背中を突き刺しにきたダルク・ハーケンに、緋色の女は紅炎のバルディッシュの回転斬りで対抗した。
「くっ!」
「があっ!?」
邪炎と紅炎が交錯する。
ダルク・ハーケンは緋色の女の腹部を僅かに剔って横を駆け抜けるが、彼の腹部もまたバッサリと切り裂かれていた。
「ふん、浅かったか……思ったより丈夫な体をしている……」
緋色の女の剔られた腹部は、もう塞がりだしている。
「けっ……雷魔装をしてなかったらヤバかったぜ……」
ダルク・ハーケンは右手で腹部をおさえていた。
彼の腹部の傷は深く、切り口は無惨に焼け爛れている。
「だが、次はない。今度こそ真っ二つに両断し、跡形もなく『焼滅(しょうめつ)』させてやろう」
緋色の女がバルディッシュを天にかざすと、爆発的な陽光が放たれ、紅炎が燃え盛った。
「はっ! やれるものならやってみなっ! 邪妖降雷(イビルディシクレイション)!」
天に向けられた邪炎の剣刃に、赤き轟雷が降り続ける。
「てめえの顔(つら)は見飽きたぜ! いい加減消えちまいなっ! ハイブリットテラー!!!」
ダルク・ハーケンは漆黒の剣刃を振り下ろし、邪炎と妖雷の混合した超巨大球を撃ちだした。
「ヒャハハハハハハハハハハハッ!」
邪炎と妖雷の混合球は、前に撃ちだされた時の倍以上の巨大さと荒々しさで緋色の女へと迫る。
「なるほど、恐怖(テラー)と名乗るだけの威力(こと)はある……だがっ!」
「なあっ!?」
緋色の女がバルディッシュを振り下ろすと、混合球の中央に陽光の縦線が走り、混合球は真っ二つに両断された。
「最早、その程度なんの驚異でもない……」
両断された混合球は爆発することもなく、まるで『蒸発』するようにこの世から消滅した。
「けっ、あっさりと一刀両断かよ……どこまでも馬鹿にしてくれるぜっ!」
ダルク・ハーケンは再び邪炎の剣刃に妖雷を落とすと、急降下して緋色の女へと斬りかかった。
「ふん」
爆発的な邪炎と妖雷を纏った剣刃を、バルディッシュがあっさりと受け止める。
「アアアアアッ! オラオラオラァァッ!」
「…………」
邪炎妖雷の荒れ狂う剣刃を何度も緋色の女に打ち込むが、陽光紅炎を放つバルディッシュによっと完璧に遮られてしまった。
「チィィッ!」
ダルク・ハーケンは舌打ちと共に飛び離れ、剣刃から妖雷を放射する。
「無駄!」
バルディッシュが横に一閃されると、妖雷は紅炎に呑まれて消え去った。
「侮るなよ、貴様の左手に貼りついてるモノには及ばぬが、これでも太陽一つ分の熱量(エナジー)を持つ得物だ……」
「ああっ!? それがどうしたぁぁっ!」
漆黒の剣刃から矢継ぎ早に妖雷が撃ちだされる。
「脆弱!」
緋色の女はバルディッシュの一薙ぎで全ての妖雷を容易く蹴散らした。
「チッ!」
「どうした? 脆弱過ぎて話にならんぞ」
つまらなそうな表情を浮かべ、肩を竦める。
「ああ、そうかよ……退屈させて悪かったなっ!」
ダルク・ハーケンは再び間合い詰めると、漆黒の剣刃で緋色の女の胴を薙ぎ払いにいった。
緋色の女は僅かに後退し、紙一重の見切りでダルク・ハーケンの一撃を回避する。
「逃がすかよっ!」
ダルク・ハーケンは緋色の女を追うように右手を突きだし、掌中に生み出していた青い雷球(メガ・シャウト)を撃ちだした。
「なにっ!?」
青い雷球は緋色の女に接触すると、凄まじい爆発と閃光を起こし彼女の姿を呑み尽くす。
「ヒャハハハハハハッ! 油断しやがったな、この蛇女!」
「ぐぅぅっ!」
ダルク・ハーケンは青き爆発の中に自ら飛び込んでいき、漆黒の剣刃で緋色の女の腹部を刺し貫いた。
「誰が異界竜皇剣(コイツ)の力しか使わねえって言ったよ? いつまでも調子くれてんじゃねえよ、このバ〜カ!」
漆黒の剣刃から邪炎と妖雷が放射され、緋色の女を内側から『犯して』いく。
「愚かな、この程度の炎と雷で我を……」
「ああ、殺れるとは思っちゃいないぜっ!」
ダルク・ハーケンは剣刃で刺し貫いたまま、ボディブロー(腹部打ち)の要領で緋色の女を持ち上げた。
「ヒャハハハハハハハハハハハハハハハッ!」
天へと突き上げられたダルク・ハーケンの左拳を軸に、緋色の女が独楽のように高速回転を開始する。
竜の口……盾と手首の間から次々に青い電撃が弾丸のように吐き(撃ち)出され、回転する緋色の女に叩き込まれ続けた。
「リグレットプレジャー!」
「がはぁっ!?」
電撃の弾丸の連射が止まった瞬間、巨大な電光の杭が緋色の女の中心を打ち抜く。
「アンド……エレクトロキューション!!!」
漆黒の剣刃から、凄まじい青き電光が放たれた。
「ヒャハハハハハハハッ! どうだ、流石にこいつは痺れるだろう!?」
「……ああ、なかなかの電圧だなっ!」
緋色の女はバルディッシュで、ダルク・ハーケンの左手を切り落としにかかる。
だが、それより早くダルク・ハーケンは剣刃を引き抜いてしゃがみ込み、竜面の盾でバルディッシュの一撃を受け止めた。
「メガ・シャウト!」
「The Serpent!」
ダルク・ハーケンは右掌から青い雷球を、緋色の女は左手から緋炎の大蛇をまったく同時に解き放つ。
緋炎の大蛇が青き雷球に噛みつき、炎と雷の大爆発が巻き起こるが、その時には二人とも既に遠方へ飛び離れていた。
「まったく、これでは喰らった以上に消耗してしまうではないか……」
緋色の女の腹部に空いた風穴はすでに塞がりつつある。
「そろそろ……終わりにするか!?」
バルディッシュが振り下ろされると、緋色の女よりも巨大な炎熱の球が撃ちだされた。
まるで燃え狂う太陽のような炎熱球は、ダルク・ハーケンへと迫りながら膨張していく。
「ああ、いい加減決着(ケリ)つけようぜっ!」
ダルク・ハーケンは、自分の十倍ぐらいまで膨らんだ火球に向かって、右手で支えた左手(漆黒の剣刃)を突きつけた。
「ブラスター……」
漆黒の剣刃に青い電光が発生し荒れ狂う。
「エレクトリッカー!!!」
爆流の如き勢いで剣刃から青雷が解き放たれ、超巨大炎熱球の中心を撃ち貫いた。



荒れ狂う青雷(ブラスターエレクトリッカー)は超巨大炎熱球を貫いて破砕すると、緋色の女の真横を掠めて夜空へと吸い込まれていった。
「なるほど、それなりに使えているようだ……前言は撤回しよう」
「ああん、何のことだ?」
「だが、まだまだだな!」
緋色の女がバルディッシュを一振りすると、四つの炎熱球が解き放たれる。
「チッ!」
ダルク・ハーケンは四つの炎熱球が超巨大化し地上に激突する寸前、その隙間を突き抜けるようにして空へと脱出した。
「ドラアアッ!」
そして、そのまま緋色の女に斬りかかる。
「確かに見事に従わせてはいるが……真価を『引き出せて』はいない」
緋色の女のバルディッシュは、ダルク・ハーケンの一撃をあっさりと受け止めた。
「ああっ!?」
「邪炎や妖雷といった付属の力だけでなく、自らの力を上乗せして使えるのは大したものだが……所詮そこまでが貴様の限界だっ!」
バルディッシュが一際激しい陽光紅炎を放ち、漆黒の剣刃を跳ね上げる。
「武器の潜在能力を限界まで引き出し、自らの力と武器の力を完全に融合同調させる……」
緋色の女の全身から白光の闘気が立ち上り、右手に握られたバルディッシュへと注がれていった。
「こんなふうになっ!」
陽光紅炎を爆発に放射しながらバルディッシュが振り下ろされる。
「があああああっ!?」
ダルク・ハーケンは竜面の盾でバルディッシュを受け止めるが、その圧倒的なパワーによって一瞬で大地へと叩きつけられてしまった。
「消えよ、悪魔……我が力の光彩によって!」
バルディッシュに宿る荒々しき紅炎が鮮やかな緋炎へと変わっていく。
「冒涜の獣よ、全てを喰らい尽くせ!」
緋色の女はバルディッシュの纏う緋炎で、虚空に六芒星を一筆書き下した。
「The beast!」
緋炎の六芒星の中から、超巨大な七頭十角獣が飛び出す。
七つのライオンの頭と蛇の尻尾を持つ緋炎の獣は、ダルク・ハーケンが立っている地上へと駆け下りていった。
「けっ、悪魔のオレに666の獣をぶつけるとはな……ウオオオオオオオオオオッ!」」
絶叫と共に、ダルク・ハーケンの体の十三個のアンプジュエル(増幅宝石)が青く光り輝きだす。
「貪り尽くせぇぇぇっ! タイラント・アーク・ディバウア!!!」
十三の宝石からそれぞれ、巨大な青い電光でできた毒蛇が解き放たれ、一斉に緋炎の獣へと襲いかかった。



十三匹の青雷の毒蛇に噛みつかれた緋炎の獣は爆散し、とてもない炎と雷の爆発が緋色の女とダルク・ハーケンを逆方向へ吹き飛ばした。
「ちっ……相打ちかよ?」
地上にできた巨大なクレーターの中心に、雷魔装を失った姿のダルク・ハーケンが埋まっている。
タイラント・アーク・ディバウアは雷魔装のほぼ全電力(エナジー)を放射してしまうため、発射後は雷魔装が強制的に解除されてしまうのだ。
「…………」
ダルク・ハーケンは立ち上がると周囲を見回す。
「……ちっ、あのメスガキどさくさに逃げやがったな……」
異界竜皇剣(皇牙)の姿は何処にもなく、気配もまったく感じられなかった。
「……『絆』無き、力ずくの支配関係では見捨てられても仕方あるまい……」
空の彼方へ吹き飛ばされたはずの緋色の女が、クレーターの縁へと降り立つ。
「けっ、てめえにだけは言われたくねえよ」
ダルク・ハーケンは愛用のギターを出現させて抱え込んだ。
「なんだ、まだやるつもりなのか?」
「たりまえだっ!」
答えと同時にギターを掻き鳴らす。
「剣に逃げられ、貴様自身も限りなく戦闘不能な状態であろうに……」
「余計なお世話だっ!」
ダルク・ハーケンがギターを奏でると、いきなり緋色の女の足下が爆発した。
だが、緋色の女は爆発より一瞬早く空へと跳び上がっている。
「愚かな、貴様と違って我はまだ何度でも撃てるのだぞ」
緋色の女は、再び虚空に緋炎の六芒星を一筆書きした。
「The b……っ!?」
突然、緋色の女の動きがピタリと止まる。
「……ふん、今宵はここまでにしておいてやろう」
「ああん?」
硬直から立ち直った緋色の女はバルディッシュを掻き消し、一方的に戦闘終了を宣言した。
「では、我はこれで……」
「あら、帰る前に名乗り……いえ、名前ぐらい決めていかない?」
さっさと消え去ろうとした緋色の女を引き止めたのは、ディアドラ・デーズレーである。
彼女はいつの間にかダルク・ハーケンの真後ろに立っていた。
「てめえ、今まで何処に……」
「巻き添えをくわないように隠れていたに決まっているでしょう〜。まったく乱暴なんだから、アリスちゃんの張った結界がなかったらこんな島とっくに消し飛んでいたわよ」
「けっ……」
ダルク・ハーケンは一度の跳躍でクレーターの外へと移動する。
「何処に隠れて居たんだか……」
周囲を見回すとと、緋色の女との戦闘中はディアドラと同じように姿の見えなかったアリス、セシア、リセットの姿を確認できた。
「名前……我の名か……」
「自分の名前を今考えてるのかよ? この名無し野郎!」
ダルク・ハーケンは抱えたギターの尖端を、空に浮いている緋色の女へと向ける。
「エレクトリックパレット!」
ギターの尖端から青い電光が弾丸のように撃ち出された。
「決めた!」
緋色の女は自分に向かってきた電光を左手で軽々と払い除ける。
「Lust(欲望)……今より我はラスト・ベイバロンと名乗ろう……悪魔よ、この名を覚えておくがいい」
「けっ、どうせ今思いついた偽名だろう?」
「あら、満更そうでもないわよ。彼女という存在をかなり的確に顕している名だと思うわ……ねえ、ラスト・ベイバロンさん?」
口を挟んだのは、ダルク・ハーケンを追うようにクレーターから飛び出してきたディアドラだ。
「ふん、我が名の深き意味は貴様が説明してやるがよい。ただし……」
「ええ、あなたの真名……『本体』の名は口にしないから安心していいわよ」
ディアドラは相手を安心させるようなとても慈愛に満ちた笑顔を浮かべる。
「それが賢明だ……もし我の許可なくその名を口にしたら……その時が貴様の命日となろう……夢夢忘れるでないぞ」
「そんなに念を押さなくても大丈夫よ。私ってそんなにお喋りに見える?」
「見えるから言っている……」
「あら、心外〜」
「ふん、では我はこれで失礼する……また会おう、悪魔と悪魔よりも醜悪な聖女よ」
「てめえ、逃がすと思って……」
「そんなに我が恋しいなら、ガルディアに来るがいい。いつでも歓迎するぞ」
「ああっ!? ふざけんなっ!」
「アハハハハハハハハハハハハハハッ!」
ラスト・ベイバロンは高笑いを上げながら、突然発生した薔薇吹雪(無数の薔薇の花びら)に包まれて消えていった。









第263話へ        目次へ戻る          第265話へ






一言感想板
一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



簡易感想フォーム

名前:  

e-mail:

返信: 日記レス可   日記レス不許可


感想







SSのトップへ戻る
DEATH・OVERTURE〜死神序曲〜