デス・オーバチュア
第261話「誇り高き悪魔」




天を貫いていた渦巻く火柱が、ゆっくりと弱まって晴れて(消えて)いく。
「……えっ?」
火柱が消えていく様を無言で見つめていたフレイアが声を上げた。
「人形……?」
完全に火柱が消えて、そこに何も残っていないだけなら特に不思議はない、アリスが髪の毛一つ残さず『焼滅(しょうめつ)』しただけだろうから。
だが、渦(火柱)の中には、アリスの焼死体の代わりに、胸を斜め一文字に切り裂かれた天使人形だけがポツンと残されていた。
「そう天使人形クリティケー」
「……う゛っ!?」
背後に生まれた声と気配に振り返るより速く、フレイアの胸の中心から螺旋刃の槍が突きだされる。
「が……人形を……身代わりに……?」
「変わり身と言って欲しいわ」
フレイアを背後から刺し貫いた九蓮宝燈を両手で握っているのは、渦巻く火柱に包まれたはずのアリス・ファラウェイだった。
「……いつ……入れ代わって?……がはぁっ!」
「あなたに斬られる直前に決まっているでしょう」
アリスは、吐血しているフレイアから乱暴に九蓮宝燈を引き抜く。
「正直、結構危なかったわ……まあ、それでこそ私が見込んだ魂とも言えるのだけど……」
「くぅっ……!」
フレイアはさらなる追撃を警戒し、地を転がるようにしてアリスから離れた。
「…………」
しかし、アリスの方は追撃する気も、追いかける気もないようで、フレイアが間合いを稼ぎ、体勢を立て直すのを黙って見逃す。
「……よ、余裕のつもりですか……?」
フレイアは胸の風穴から血を流し、口から吐血しながらも、なんとか立ち上がり、薙刀を構えなおした。
「余裕? 余裕も油断もない……最初から私はあなたと戦っているつもりなんてないもの……」
「なっ!?」
「…………」
ふわりと、アリスの体が宙へと浮かび上がる。
「……スパイラル……」
九蓮宝燈の先端が闇夜を照らす黄金の輝きを放つと、螺旋状に超高速回転を開始する。
「……グラファー!!!」
螺旋状に超高速回転する巨大な黄金の太陽(九蓮宝燈の先端)が、地上のフレイアに向かって撃ちだされた。
「つうううっ!」
フレイアは渾身の力を振り絞って、自らの前面で炎を纏った薙刀を超高速で回転させる。
「旋刃渦炎陣(せんはかえんじん)!!!」
超高速回転を続ける炎の螺旋刃(スクリュー)から吐き出された火炎の渦が、迫る黄金の太陽に絡み付き、大爆発を起こした。
発生した爆炎と爆煙が地上のフレイアと天空のアリスの間を遮る。
「悪あがきを……つっ!?」
爆炎の中から飛び出してきた真赤の薙刀が、アリスの左頬を掠めて空の彼方へと消えていった。
「はあはあ……ああ……外した?……うううっ……!」
炎と煙が晴れると、荒い息づかいで四つ這いになってるフレイアの姿を浮かび上がる。
彼女は今にも力尽き、大地へと倒れ込みそうだった。
「火炎の渦でスパイラルグラファーを自らに届く前に爆破させ、爆炎の影から薙刀本体を投擲……なかなかやってくれるわ……」
アリスの左手がすうっと左頬を撫でると、真赤の薙刀によって付けられた傷が綺麗に消え去る。
「うっ……ああ……あああああああああああああぁぁっ!」
叫びを上げながら、フレイアの全身がいきなり燃え上がった。
「…………」
「……はあ……ああ……魔女おおおおおっ!」
燃え盛る炎の中で、フレイアの姿が変質していく。
「殺す殺す殺す! お前だけは……お前とあの男だけは殺して殺して殺し尽くしてやるううぅぅっ!」
炎が弾け飛ぶと、フレイアはフレアに切り替わっていた。
胸部の風穴も塞がり、衣服や肌の汚れなども綺麗に消えている。
「猛き烈火が憎悪の邪炎に切り替わったか……まあ、どちらでも同じこと……」
「あああああああっ!」
フレアの背後の大地から、逆流する滝のような勢いで火炎が噴出した。
「死ねえええええっ!」
火炎は意志を持つかのようにうねり、アリスへと襲いかかる。
「ふっ」
アリスは縮退扇を左手に持つと軽く一扇ぎした。
たったそれだけで、火炎は地上へと押し戻される。
「ううううううううっ!?」
フレアは自らが喚び出した火炎に呑み込まれてしまった。
「主人と遠く離れている以上、『復元』は予め蓄えてある魔力分だけのはず……それでコレに耐えられるかしら?」
アリスが天へとかざす右手の掌上に九蓮宝燈が浮いている。
九蓮宝燈は尖端の螺旋刃が無くなり、その形状を少し変えていた。
三又の槍ならぬ九又の槍。
縦、横、右斜め、左斜めと四つの三又をズラして重ねたような尖端……つまり、中央の刃の上、下、右、左、右上、左上、右下、左下の八カ所に刃がある、合わせて九つの刃を持つ槍だった。
「カバーを外した九蓮宝燈はかなり狂暴よ〜」
今までの九蓮宝燈は、剣や刀で言えば鞘に入れたままで使っていたようなものである。
「見よ! かって影の魔王を『封滅』した最強の光槍の力を! 華麗に煌めく九つ太陽をその目に確(しか)と焼きつけよ! 九蓮宝燈!!!」
アリスが右手を振り下ろすと、黄金に光り輝く九蓮宝燈が解き放たれた。
解き放たれた九蓮宝燈は、煌めく九つの光槍へと転じフレアへと襲いかかる。
「ぐううううう……殺すううううっ! この淫売魔女おおおおおっ!」
フレアがまとわりつく火炎を消し飛ばした時には、九つの光槍は目前まで迫っていた。



「……んん……あ……ん……うるさい……い……」
皇牙は耳障りな騒音によって、目を覚ました。
「やっとお目覚めか、メストカゲ?」
騒音の発生源は、見知らぬ男。
黒髪黒瞳、メタリックな感じの服地の黒いズボンとジャケットをラフに着こなし、銀や黒のチェーンやアクセサリーを体中に派手に纏っていた。
「……あんた、誰……?」
皇牙は今だはっきりとしない頭で、とりあえず男の名前を尋ねる。
「オレか? オレはダルク・ハーケン、四枚の悪魔、天使喰いのダルク・ハーケン様だ! 覚えておけ、メスガキ」
男は名乗りと共に、奇妙な楽器(エレクトリックギター)をギャャン!と掻き鳴らした。
「……悪魔……?」
確かに、この男の気配は、普通の人間(雑菌)のものとは明らかに違う。
「まあ、一応てめえの命の恩人でもある……感謝してオレ様を崇めな、メスチビ」
「……て、ちょっと、さっきから皇牙ちゃんのことをトカゲとか、ガキとか、チビとか……言いたい放題言ってくれるじゃないの!」
皇牙は立ち上がるなり、石の上に座ってギターをつま弾いているダルク・ハーケンに詰め寄った。
「ああん、全部適切な表現だろう?」
「どこがああっ!? この誇り高き異界竜の……んんっ!?」
ダルク・ハーケンは皇牙の唇を自分の唇で塞いで強制的に黙らせる。
「んん……んんん……う……はあ……ぷはああっっ!」
数秒の接吻の後、解放された皇牙は溜まっていた息を一気に吐き出した。
「な、な、何するのよ、この黴菌! 汚い汚い汚い!」
皇牙は左手の甲でゴシゴシと唇を拭う。
「おいおい、どこかの悪魔王女じゃあるまいし、何万、何億年も生きてるくせにキスもしたことなかったとか言わないだろうな?」
「ば、馬鹿にしないでよ! キスなんてそれこそ何億、何十億回としてるわよ!……皇鱗(妹)とだけだけど……」
「妹? そんなの数に入らねえよ。てことは……」
「な、何を……うきゅうっ!?」
ダルク・ハーケンはいきなり皇牙を押し倒すと、その上に覆い被さった。
「当然、こっちも初めてか?」
「ひぅっ!」
悪魔の右手が皇牙の黒革で覆われた秘所へと這わされる。
「や、やああああっっ! 触るな、変態! き、気持ち悪い……あ……あう……」
「ふん、反応は処女そのものだな……とおおっ!」
ダルク・ハーケンは左手を、皇牙の胸の皮ベルトに引っかけると、一気に力ずくで引きちぎった。
「いやあああああっっ! 見るな! 触るな! 近づくな! 汚らわしいいっ! やあ、やああああっっ!」
皇牙は駄々っ子のように両手両足をばたつかせる。
「うるせえ、無い胸を見るなも見ろもないだろうがっ!」
「あくぅっ!」
悪魔の左手が皇牙の首を鷲掴みにして、地面へと押しつけた。
「オレだってお前みたいな色気の欠片もねえチビガキのトカゲを抱く趣味は本来ねんだよ!」
「ぐぅぅ……だったら離せ! 離れろ! あんたなんか死んじゃええっ!」
再度駄々っ子のように暴れるが、ダルク・ハーケンの戒めは揺らぐ気配もない。
「うくぅ……えぐ……やああ……」
皇牙はダルク・ハーケンによって完璧に組み敷かれていた。
「だが、お前にはオレの女(物)になってもらうぜ。大人しくしていれは神様のいない天国に逝かせて……」
「いやああああああああああああああああああっっ!」
「見るに堪えんな」
「ああっ!?」
凄まじい熱気と殺気を背中に感じ、ダルク・ハーケンは皇牙から飛び離れる。
直前までダルク・ハーケンが存在していた空間を、紅蓮の炎を宿した剣が通過していった。
「けっ! やっぱり、てめえか、カーディナル!」
ダルク・ハーケンは皇牙を間に挟むようにして、邪魔者と対峙した。
邪魔者の正体は、炎のように赤い髪と瞳をした凛々しい少女。
少女は、髪と瞳と同じ赤い鮮やかな軍服を着こなしていた。
「ふん、悪魔の恥さらしが……」
カーディナル・バチカル・サタネル、悪魔王の一人娘「悪魔王女」にして赤の枢機卿、そして、黒の悪魔騎士ダルク・ハーケンと同格の赤の悪魔騎士でもある存在。
「まったく野暮な奴だぜ……そんなんだからいつまで経っても処女なんだよ、お姫様はっ!」
ダルク・ハーケンのギターの尖端から電光が機関銃(マシンガン)のように連続で撃ちだされた。
「つううっ……黙れええっ!」
カーディナルは全身から炎を放射して、電光の弾を全て灼き消してしまう。
「おっ? 反応がいつもとちょっと違うじゃねえか……やっと穴が空いたのか?」
「貴様あああっ!」
紅蓮剣が振り下ろされると、炎でできた朱鳥(朱雀)がダルク・ハーケンに向けて七羽飛び立った。
「ヒャハハハハハハハハハハッ! 甘い甘いっ!」
ダルク・ハーケンはギターを振り回して、朱雀を全て叩き落とす。
「まあそんなわけねえよな、てめえを抱こうとする物好きなんているわけ……」
「出よ、煉獄の不死鳥!」
カーディナルは剣の纏う紅蓮の炎で、空中に『三角形』と『逆三角形』の重なった星形『六芒星』を描き出した。
「おい、いきなり……」
炎の六芒星の中から、紅蓮の炎で形成された巨大な鳥『不死鳥』が出現する。
「ちっ!」
「全てを灼き尽くせ! 絶火・炎帝斬(ぜっか・えんていざん)!」
解き放たれた煉獄の不死鳥は、ダルク・ハーケンを呑み込んで天へと飛翔していった。



「ふん、また取り逃がしたか……」
誇り高き炎の悪魔は口惜しげにそう呟くと、皇牙を一瞥することもなく去っていった。
悪魔王女にとって、皇牙など何の興味も沸かないその辺の石ころ、完全な眼中外だったようである。
結果的に彼女に助けられたことになるのだが、その態度は皇牙のプライドを酷く傷つけた。
皇牙にとって、今日ほど忙しく、厄日な日は生まれて初めてである。
体も、心も、誇りも、全てがボロボロだった。
だが、今日はまだ終わらない……最後の駄目押しが彼女の前に姿を現す。
「やれやれ、情けない宇宙最強生物も居たものだな。いったい日に何度負けるつもりだい?」
駄目押しの存在……金髪の青年は姿を現すなり、彼女を心の底から嘲笑った。
「ああ、情けなさ過ぎて涙が出てくるよ」
「があああああああっ!」
激情に駆られた皇牙が右手を爪刀に変えて突きだすが、光り輝く白銀の剣によって肘から綺麗に切り落とされてしまう。
「俺が何のために卵を孵化させて、ゼノンの奴に世話を押しつけたか本当に解っているのか? お前らはいつか俺を殺すためだけに存在を許されているんだよ。まあ、こんな調子じゃあいつかなんて日は未来永遠来そうにないけどな……」
とことん見下した目で、これ以上なく失望したといった感じで金髪の青年は嘆息した。
「いっそのことあの悪魔の物にでもなっちまった方が良かったんじゃないのか? そうすれば、もう自分で生きない(戦わない)で済むものな……」
青年の瞳はどこまでも冷たく、皇牙を侮蔑しきっている。
「じゃあな、もし次に会う時まだそんな情けない様を晒していたら……どうなるか解っているよな? 我が仇敵最後の末裔よ……」
一方的な脅しを……いや、最後通告をすると、青年は皇牙の右手を拾って、森の中へと消えていった。
青い長髪のメイドを引き連れて……。













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一言感想板
一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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