デス・オーバチュア
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緋色の女とギルボーニ・ランが空中で重なっていた。 「……神殺しか……」 極東刀の刃先は、女の右手の人差し指に僅かに突き刺さって止まっている。 「……その青い血……お前の正体……なんとなく察しがついたぜ」 極東刀の突き刺さった指先から、赤ではなく青い血液が流れだしていた。 「…………」 「吼えろ、ガヌロン(裏切り者)!」 ギルボーニ・ランは一瞬で右腰のホルダーから拳銃を引き抜くと、一気に十三発の弾丸(全弾)を発砲する。 「くっ!」 限りなく零距離での発砲にもかかわらず、女の一睨みで全ての弾丸は彼女に届くことなく、空間に固定されるように止まった。 「ふん、超能力(サイキック)か……」 ギルボーニ・ランは右回し蹴りを放つ。 蹴りは直接女へは届かず、直前で透明な壁のようなモノに阻まれるが、ギルボーニ・ランはその反動を利用して女から飛び離れ、地上へと着地した。 「忘れ物だ」 空間に固定されていた十三発の弾丸が方向転換し、ギルボーニ・ランに襲いかかる。 「ちっ!」 ギルボーニ・ランは体を捻るようにして、その場から飛び離れて弾丸を回避した。 「失せよ、神殺し。今更貴様に……つ!」 女を白く発光する半透明な球状の膜(サイキックバリア)が包んだ直後、数え切れない程大量の煌びやかなスローイングナイフ(クナイ)が降り注ぐ。 その様は、まるで虹色(七色)の豪雨のようだった。 「まったく、土塊共はすぐに湧いてくる……」 虹色の豪雨が止むのと入れ替わりに、左右から同時に「黒い三つのナイフが連結されたような投擲武器」が女へと飛来する。 投擲武器は超高速回転してサイキックバリアを容易く切くと、女へと斬りかかった。 「くだらん」 女は両手それぞれの人差し指、中指、親指の三本の指であっさりと二つの投擲武器の刃を掴み取る。 「返すぞ、土塊……いや、土塊ですらない贋物(にせもの)がっ!」 虹色の豪雨の降ってきた天空へと投擲武器が投げ返された。 「きゃあっ!?」 放たれた二つの投擲武器の交差する空間に、赤いブレザーの少女フォーティーが浮いている。 「っとと……」 フォーティーは、投げ返されてきた投擲武器を危なげに受け止めた。 「聖円斬(セイントキルクス)!」 女の両掌の上にそれぞれ白光でできた巨大な円盤が生み出され、超高速回転を開始する。 「投擲とはこういうものだ!」 両掌から飛び立った白光の円盤が一瞬にしてフォーティーの目前まで迫った。 「速い!?」 驚きながらもフォーティーは、『限りなく光速に等しい速度』の動きで、二つの白光の円盤の交差(激突)地点から離れる。 だが、獲物を取り逃がし互いにぶつかって消滅するはずだった円盤は、紙一重で擦れ違いフォーティーを追撃した。 「嘘!?」 動揺しながらも、やはりフォーティーは追ってきた二つの白光の円盤を寸前で高速回避する。 「ほう、限りなく光の速さに等しい動きができるのか……」 「えっ、痛あああっ!?」 超高速で移動するフォーティーの後ろ髪(三つ編み)が女の右手に掴まれていた。 女はその場で横に回転を開始し、遠心力でフォーティーを振り回す。 「自ら当たりに逝け!」 「あああああああああっ!?」 そして、戻ってくる二つの白光の円盤に向けて、フォーティーを投げ捨てた。 「きゃあああああああああっ!?」 白光の円盤がフォーティーに接触する寸前、下から昇ってきた無数の弾丸が円盤を撃ち砕く。 フォーティーはそのまま白光の円盤の爆発(衝撃)によって、さらなる上空へと打ち上げられた。 「馬鹿が……円盤に注意が集中して、女の存在を忘れるとは……円盤は元より女の動きもお前より遅いというのに捕まるか普通? 救いようのない阿呆だ」 円盤を撃ち砕いたのは、地上からのギルボーニ・ランの発砲である。 「馬鹿とか阿呆とか酷い言いようだね、自分のパートナーなのに……」 アルテミスはフォーティーに同情した。 「ふん、俺とあいつはお前らのような関係じゃないんでな」 ギルボーニ・ランは拳銃を皮ベルトの右腰のホルダーに収めると、左腰の極東刀を鞘から引き抜く。 「じゃあ、どういう関……」 「邪魔だ、どいてろ!」 「きゅうううっ!?」 女のデコピンの衝撃波で吹き飛ばされ、やっとの思いで舞い戻ってきたアルテミスは、ギルボーニ・ランの全身から放出された闘気の衝撃で再び吹き飛ばされてしまった。 「小細工はなしだ……一撃で終わらせてやる……」 ギルボーニ・ランは平刺突の構えをとり、『照準』を空に浮かぶ女へと合わせる。 「……神滅(しんめつ)!」 凄まじい爆音と爆風、ギルボーニ・ランは大砲の砲弾のように空へと撃ち出された。 「ふん」 女は、唇に塗りつけてある薄紅を左人差し指で拭い取り、その指で虚空に奇妙な赤い星を描く。 虚空に描かれた奇妙な赤い星……『逆七芒星(リバースヘプタグラム)』を囲むように何重もの円が生まれ、その中に不可思議な文字がいくつも浮かび上がり、赤光の魔法陣が完成した。 「殺(しゃあ)あぁっ!」 ギルボーニ・ランは構わず極東刀を魔法陣へと突きだす。 極東刀の先端が触れた瞬間、魔法陣は暗い赤光から眩しい白光へと変じた。 「何の冗談だ、神殺し? 人の技(業)、人の武器(牙)で我を射れると思うったかっ!」 女が一喝すると、極東刀の刃が灰となって霧散し、ギルボーニ・ランが地上へと弾き返される。 「……ちぃぃっ!」 物凄い力で下へと叩きつけられながらも、ギルボーニ・ランは両足から着地し、地上を滑るようにして勢いを殺しやがて停止した。 彼が滑った地面には深く剔れたような跡が刻まれている。 「逆七芒星の障壁か……流石は神といったところか……」 ギルボーニ・ランは鍔と柄だけになった極東刀を後方に投げ捨てると、右手で拳銃をホルダーから引き抜いた。 「確かに、今(人)の装備では殺しきれんな……」 そう言ってニヒルに微笑うと、拳銃の弾倉に赤い弾丸を一発だけ装填する。 「あああああああっ!? ちょっとギル様ああ!?」 いつの間にか地上に戻っていたフォーティーが、悲鳴のような声を上げた。 「ラグナスを喚ぶ気ですか!? ほら、相手はほっとけばもう帰る気みたいですよ! だから、そこまでしなくても……」 「巻き添えで死にたくなかったら全速でこの場から離れるんだな……ついでそこの負け犬も邪魔だから持って行け」 ギルボーニ・ランは、大地に仰向けに倒れたままのガイにチラリと視線を向ける。 「……喚ぶのはもう決定事項なんですね……はあ、解りました……程々にしてくださいよ、ギル様……」 フォーティーは諦めたように嘆息すると、倒れているガイの両足を自らの両肩に担いだ。 「お……おい……」 彼女の方が遙かに小柄なため、ガイの後頭部は地面についたままである。 ガイはとても嫌な予感を覚えた。 そして、その予感は的中することになる。 「それではギル様、御武運を……」 「ちょっと待……ぬおおおおっ!?」 主人に一礼した後、フォーティーは赤い閃光と化して地平の彼方へと消えていった。 ガイ・リフレインを引きずりながら……。 「ある意味拷問だな……」 ギルボーニ・ランは赤い閃光が完全に消えるまで見送った後、拳銃を天へと向けた。 「…………」 照準の先には、緋色の女が浮いている。 「待たせたな……い……何だ?……つあああああああっ!?」 ギルボーニ・ランが引き金を引こうとした瞬間、天から極太の青光が大地へ降り立った。 大地へ激突した青光の衝撃が、ギルボーニ・ランと緋色の女をその場から吹き飛ばす。 「ちぃぃっ……何だ……」 「……ふん、太古の異物か……」 青光は山のように巨大な何かの形を成していった。 「グルガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」 とてつもなく大音量の咆吼が響く。 青光が失せると、漆黒に輝く巨大な竜がそびえ立っていた そびえ立つ巨大な漆黒の竜、全長はおそらく150m前後、四本足の爬虫類ではなく人間のような二足歩行。 背中の翼は人が一般に竜でイメージする悪魔(蝙蝠)のようなものでなく、天使(鳥型)のような翼をしていた。 といっても、羽毛の塊ではなく漆黒の鱗の集合体である。 さらに、『彼女』は肩当て、胸甲、手甲、具足といった漆黒の鎧のような物を纏っていた。 「ちっ、ひとの見せ場を奪ってくれる……」 ギルボーニ・ランは舌打ちすると、拳銃を右腰のホルダーにおさめる。 「ほう、牙を収めるのか、神殺し? これも異形の……異界の神のようなモノだというのに……」 「ふん、俺のラグナスは蜥蜴を斬るためのものじゃないんでな」 そう言って帽子を深くかぶり直すと、そびえ立つ巨竜とその上空に浮かんでいる女に背中を向けた。 「蜥蜴は酷いな、せめて恐竜(きょうりゅう)とでも読んでやれ」 「恐竜……恐怖をもたらす竜か……なるほど、確かにそれくらいの価値はあるか……」 ギルボーニ・ランはニヒルに微笑すると、前へと歩き出す。 「帰るのか? よいのか、我を見逃して?」 「恐竜様のお陰で興が削がれた……またの機会にしておくさ」 「そうか、それも良かろう。こちらは少し貴様の勿体ぶっている牙に興味が沸いたところだったのだがな……」 「それは次回のお楽しみだ……じゃあな、歴史の闇に封じられし者、次は本体を晒せよ……即斬してやるから」 神殺しは背中を向けたまま別れを告げるように手を振ると、その場から去っていった。 フレイアを呑み尽くした黒渦の巨弾が爆発すると、凄まじい重力の波が発生し荒れ狂った。 さながら、アンブレラの崩壊重力球(コラプス・グラビトロン)のような超重力の嵐である。 「……流石は魔導甲ね、この程度じゃ駄目か……」 アリスの見つめる中、超重力の嵐はゆっくりとおさまっていった。 「…………」 超重力の波が完全に消えると、傷一つ無いフレイアが姿を現す。 「……ごめんなさい、姉さん……もう少し私(わたくし)に……」 フレイアは何事か呟くと、炎を纏った薙刀を頭上で廻しだした。 超高速で回転させられた薙刀は、フレイアの頭上で炎の螺旋刃(スクリュー)と化す。 「…………」 「旋刃焼夷斬(せんはしょういざん)!」 「超重結界!」 紫がかった黒い球状の膜がアリスを包み込み、炎の螺旋刃が膜の左上部を僅かに切り裂いて天へと消えた。 「痛ぅぅ……!」 黒膜の消失と同時にアリスの左肩が切り裂かれ、鮮血が噴き出す。 肩を裂かれた痛みを感じながらも、アリスは勝利を確信した。 今の一撃は浅い、本来は自分を真っ二つにするはずの一撃を、左肩を僅かに切り裂かれるだけで済ませたのである。 「うっ!?」 突然の熱気、アリスの前に赤き炎が燃え盛った。 それは大地を焼き払う炎の道(ロード)。 炎の螺旋刃が通過した大地だけが激しく燃え狂っているのだ。 その炎の道の上をフレイアが滑るようにして、アリスへと近づいてくる。 「だが、素手で……えっ?」 フレイアの右手の中指に赤い鈴が吊されている、そして、天へと消えたはずの真赤の薙刀へと転じた。 「戦華炎將斬(せんかえんしょうざん)!」 炎の薙刀が擦れ違い様にアリスを斜め一文字に斬り捨てる。 「あああ……ああああああああああああああああああぁぁぁぁっ!」 切断面から噴き出した炎がアリスの全身を包み込み、渦巻く火柱となって天を貫いた。 「……んっ!?」 超高速で地を駆け抜けていたフォーティーは、突然方向転換した。 直後、真っ直ぐ進んでいれば彼女が到達したであろう大地が陥没する。 突然生まれた巨大な穴……いや、巨大な『足跡』だった。 「……足跡? うううううぅっ!?」 足を止めずに背後を仰ぎ見たフォーティーは絶句する。 視線の先に、山のように大きな漆黒の恐竜がそびえ立っていた。 「ちぃぃっ!」 舌打ちをすると、彼女は足の速度を上げる。 状況整理、現状を考えることよりも、とにかくこの場から離れることをフォーティーは選択した。 「なあああっ!?」 いきなり、目の前に黒い巨柱(障害物)が出現する。 フォーティーは避けきれず、障害物を蹴飛ばして強制停止した。 「……え、嘘?」 上を見上げたフォーティーは障害物の正体を視認する。 それは背後に居たはずの、漆黒の恐竜の右足だった。 「なんで……まさか、こんな巨体が私より速いとでも……くうっ!?」 恐竜はフォーティーに思索の時間など与えず、右足で彼女を蹴飛ばしにくる。 フォーティーはギリギリで蹴りはかわしたものの、その際に巻き起こった突風で空へと舞い上げられてしまった。 「……うっ!?」 空高く舞い上げられたフォーティーは、恐竜の巨大な深紅の瞳と目が合う。 次の瞬間、恐竜の大きな右手がフォーティーを薙ぎ払いにきた。 「くっ!」 フォーティーは空を蹴って、後方へと跳び離れる。 空振った恐竜の右手による風圧が、まるで瞬間的に嵐が発生したかのように森を蹂躙した。 「はっ!」 フォーティーの両手が内側から外側に振られ、十本の漆黒のクナイが放たれる。 恐竜は避けようともせず、クナイの直撃を受け入れた。 いや、恐竜はクナイの存在など気づいてもいなかったのかもしれない、命中した今でも……。 なぜなら、クナイは恐竜に掠り傷どころか、欠片の痛みさえ与えていないのだ。 恐竜から見たらフォーティーはスケール的に蚊でしかなく、蚊が自分よりさらに小さな礫をぶつけてきたに過ぎない。 「それなら……」 フォーティーの広げた両手の周りに、無数の煌びやかなクナイが出現し孔雀の羽のように拡がっていった。 「極彩……えっ、ああああああああああああああぁぁぁぁぁぁっ!?」 無数のクナイが放たれるよりも速く、恐竜の黒翼が一度だけ羽ばたき、巻き起こった超絶の烈風がフォーティーを地平の彼方へと吹き飛ばす。 「グルルウウ…………」 「やれやれ……引きずり回しにしたあげく、飢えた獣の前に置き去りか……」 恐竜は最初からフォーティーなど一顧だもしておらず、彼女の興味は地上に寝そべっているガイ・リフレインだけに向けられていた。 一言感想板 一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。 |