デス・オーバチュア
第257話「五番目の衣装」




『おお皇牙よ! 死んでしまうとは何事だ!』
微かな衣擦れの音。
『今度死んだら、鎖で縊(くび)り殺すわよ〜♪』
次いで、鎖の垂れるような音が聞こえた。
『まあ、このまま終わったらあんまりなんで、ちょっとだけテコ入れさせてもらうわ』
何かが連結する音、そして廻る音。
『さあ、クライマックスを迎えるために今一度蘇れ、超竜姫よ!』
激しい回転の音がカチッと止まった直後、鳩の鳴き声が響いた。



その一撃一撃は烈火の如く。
炎を纏っているからではなく、純粋に彼女の太刀筋は熱く烈しいものだった。
それに対してガイの太刀筋は疾風。
どこまでも速く鋭く駆け抜ける風のごとき刃だ。
常人の目では二人の姿は捉えられず、ただ猛き風と炎がぶつかり合い、大地を蹂躙していくようにしか見えないだろう。
「オオオオオオオオオオオオッ!」
「ハアアアアアアアアアアアッ!」
疾風と化したガイと烈火と化したフレイアが正面からぶつかり合った。
これで何度目の衝突だろうか?
二人の『勢い』はまったくの互角で、どちらかが一方を凌駕することは一度もなかった。
互いを弾くようにして駆け抜けあうか、限界まで押し合った後同時に退くか、衝突の度にその二つを繰り返している。
「強いな……」
「恐縮ですわ」
押し合い拮抗していた二人は、弾けるようにして跳び離れた。
このまま正面から斬り(ぶつかり)合っても決着がつかないと察したのか、二人は足を止めて、大技への準備にはいる。
「はあああああああああああっ!」
ガイは瞬時に闘気を限界まで高め、静寂の夜へと注ぎ込んでいった。
「…………」
フレイアは無言で、炎を纏った薙刀を頭上で廻しだす。
超高速で回転させられた薙刀は、炎の螺旋刃(スクリュー)と化した。
「殲風院流奥義……」
闘気を注がれた静寂の夜が青い月光の輝きを放つ。
「殲風裂破(せんぷうれっぱ)!!!」
振り下ろされた静寂の夜が青銀の閃光を放ち、巨大な旋風(螺旋状の風)が九つ同時に撃ちだされた。
九つの旋風は一つの超巨大な旋風に束ねられ、フレイアへと迫る。
「なんて荒々しく力強い風……けれど、それ故の死角もまた存在する! 旋刃焼夷斬(せんはしょういざん)!」
フレイアは頭上の炎の螺旋刃を振り下ろし、迫る旋風(渦)へと『投げつけ』た。
「なっ!?」
炎の螺旋刃は旋風の中心を突き抜けて、渦の向こう側で硬直していたガイの左肩を切り裂いて天へと消える。
「ぐう……がああっ!?」
次の瞬間、ガイの全身に火がついて燃えあがった。
「つうぅっ!」
ガイは火達磨と化したが、主を失った旋風はそのままフレイアへと直撃する。
フレイアを呑み込んだ旋風は、なぜか燃え上がりながら軌道を空へと変えた。
やがて、炎の旋風は空の彼方へと吸い込まれるように消えていく。
「……くぅぅ……はあああああっ!」
掛け声と共に火達磨から炎が弾け飛び、ガイ・リフレインが健在な姿を見せた。
「ふう……」
いや、健在という言葉は正しくはない。
彼の左肩は深く焼き切られ、全身も酷く焼き爛れていた。
「ちっ……」
ガイは右手で左肩が『落ちない』ように押さえている。
『相性の悪い『技』だったね、ガイ』
アルテミスがガイの脳裏へと直接話しかけてきた。
「ああ、旋風の中心を撃ち抜かれるとはな……」
『台風の目……風の静穏域は台風が強大なほど広くなる……こればかりは技の性質上仕方ないよ』
旋風の性質をアルテミスは自然現象の台風に例える。
もっとも旋風は、自然現象の台風や竜巻のような下から上へと渦巻く風ではなく、前へと突き進む風の渦だ。
地上の全てを薙ぎ払い、呑み尽くして、駆け抜ける旋風(螺旋の風)。
「いや、ディーンの奴なら先端を窄めることも可能だ……呑み込むのではなく刺し貫く風……穿刃(せんは)……」
旋風穿刃、最近のディーンとの稽古で学んだ(体で受けた)旋風のバリエーションの一つだ。
「ただの旋風でなら俺にもできなくはないが……九つの旋風を束ねた『殲風』を穿刃にするのは今の俺には無理だ……制御だけで精一杯だからな……」
『アレを制御できるようになっただけでも凄いよ』
九つの旋風を束ねた殲風裂破の破壊力は、通常の旋風(旋風・束)の九倍から九乗の破壊力を有する。
だが、それは同時にガイの全身……特に両腕にかかる負荷も同等に増加させた。
まして、旋風とは桁違いの力で荒れ狂う螺旋気流を崩壊させないように形を維持すること、標的への軌道を外さないようにするのは至難の技ある。
「ぐうぅっ……全身の火傷はともかく、この肩はしばらく使い物になりそうにないな……」
ガイは顔を苦痛に歪めながらも、ゆっくりと右手を左肩から離した。
『斬られただけならともかく、内側から灼かれちゃったしね……生やしなおした方が早いと思うけど……斬られた場所が悪いよ』
切断面は完全に焼き潰されていて、そこからの再生は難しい。
こういった場合、例えば焼き切られた場所が肘なら、腕を肩から切り落とし、そこから生やしなおす方が早くて無難だった。
しかし、今回は斬られた場所が肩であり、それより内側(心臓の傍)を切り落とさなければならない。
「なあに治りづらいといっても……五日……いや、三日もあればなんとかなるさ……」
ガイがそう言っている間にも、全身の火傷はどんどん治癒されていった。
神剣の契約者はそれなりの自己再生能力を持つ。
と言っても、あくまで傷の治りが常人より早い、失った腕や足が生える程度のもので、吸血鬼の不死身さや獣人の生命力には遠く及ばなかった。
例外は、契約者を吸血鬼のような不死者へと変える闇の聖母(ダークマザー)ぐらいである。
「とは言え……流石に今日は限界だな……引き上げるか……」
肉体の再生には大量の体力を消耗するのだ。
それでなくとも、今日はすでに殲風を三回も放っており、ガイの体力と精神力は限界に達しつつある。
「いや、まだ帰ってもらっては困る」
「つっ!」
いきなり、ガイの目前に赤と黒の衣装を纏った白髪の女が出現した。
「お前は……」
「十三騎筆頭の貴様の実力、確かめさせてもらおう!」
「ちっ!」
問答無用で女はガイへと襲いかかる。
左腕の動かないガイは、右手に持ちかえた剣(静寂の夜)の背で、女が無造作に突きだしてきた右手を受け止めた。
「ふん、十神剣か……静寂の夜……剣でありながら最強の盾……」
女は触っているだけで、静寂の夜の全てを見透かしていく。
「ああ、覚えがあるぞ……いつの間にか加えられた二剣の一つか……」
「何の話だ……?」
「ガルディア三大秘宝とやらの話だ!」
「くぅっ!?」
静寂の夜に触れていた女の右手が白い閃光を放ち、ガイを吹き飛ばした。
「この程度か? これでは『最弱』と変わらぬぞ」
「っぅ……勝手なことを……」
ガイは空中で回転して勢いを殺し、足から地面に着地する。
「筆頭の貴様までこれでは困る……我が『贄』に成れるものが皆無になるではないか……」
「なんの話をしていやがるっ!」
剣が振り下ろされ、女に向かって『烈風』が放たれた。
「ふん」
女が軽く左手首を横に振ると、まったく同等の烈しい風が巻き起こる。
「なっ!」
二つの烈風は正面からぶつかり合い、相殺された。
「まさか、今の微風が『技』のつもりか?」
「何!?」
「技というなら、せめてこれくらいはしてみせよ!」
女は一度大の字に広げた両手を、勢いよく前面へと引き寄せる。
次いで、両手の裾の中からそれぞれ螺旋気流が放たれた。
「馬鹿な!?」
二つの螺旋気流は一つの巨大な螺旋気流となってガイへと迫る。
その様は、殲風院流終ノ太刀「旋風・束」にそっくりだった。
「ちぃっ!」
ガイは振り下ろした剣先から旋風を放ち、迫る螺旋気流へと叩きつける。
「脆弱!」
互いを呑み込もうと押し合う二つの螺旋……勝ったのは女の放った螺旋気流の方だった。
旋風を喰らいより巨大になった螺旋気流に、ガイの姿が呑み込まれて消える。
「…………」
進行上の全てを蹂躙しながら螺旋気流は地平の彼方へと去っていった。
「…………」
「っ!」
螺旋気流に呑み込まれたはずのガイが、女の左横に出現するなり弾き飛ばされる。
「おお、速い速い! 実に素晴らしい速さだ!」
女はとても嬉しそうな笑みを浮かべていた。
「ちっ……」
螺旋気流をかわしていたガイは、視認不可能な速さで女の胴体へ斬りかかったのだが、なぜか弾き返されてしまったのである。
「ふふふっ……貴様のおかげで大分目が覚めてきた……礼を言うぞ」
「目が覚めた?」
ガイには知りようもないことだが、白髪の女はメディアやコクマ達を相手にしていた時より、明らかにテンションが(気分が盛り)上がっているようだった。
「ふふふっ……」
嗤う女の姿が薄れるように消えていく。
「何!?」
直後、凄まじい風の爆音と共に、ガイが全身から血を噴き出しながら空高く打ち上げられていた



森の中のとある場所。
天空から赤い光が降臨した。
赤い光の正体は、大地に突き立った真赤の薙刀である。
「…………」
真赤の薙刀へと伸ばされる手があった。
ガイの旋風に呑まれて空の彼方へ消えたはずのフレイアである。
大地から引き抜かれた真赤の薙刀は、赤い鈴となって彼女の右手に握り締められた。
「私(わたくし)の負け……ですわね」
フレイアは肌にも服にも傷一つ無い。
「もしも、私が生身の体だったら肉片も残っていなかったでしょうし……」
今の姿(人型)は所詮仮初めのもの、本当の自分は冷たい甲冑にすぎないのだ。
「なるほど、魔導甲冑か……まだそんな物が残っていたのね」
唐突な女の声。
「誰!?」
フレイアは声のした方を振り返った。
少し感傷にひたっていたとはいえ、まったく気配を感じなかったのである。
にもかかわらず、彼女は其処に居た。
黒い学生服の上着のようなワンピースは、裾(スカート部分)がとても短く前面にスリットが入っている。
その上に、縁だけが赤い漆黒のケープを羽織り、大きな赤いリボンを胸元で蝶結びして止めていた。
「あなたは……?」
「あら、忘れちゃった?」
身長95〜100センチの人形のように小柄な金髪少女は、黄色のスーツケースの上に座って、黒いオーバーニーソックスを履きなおしている。
「まったく、蘭華(ランファ)がいないと着替えも自分でしないといけなし……」
ニーソをなおし終えた少女は、ニーソよりも濃い黒色のシューズを履いて立ち上がった。
「……自分の足で歩かなければならないじゃない……」
そして最後に、左右に赤いリボンのついた大きな黒のベレー帽を頭に被る。
「ふわぁぁ〜、疲れて眠くなってくるわ……ねえ、クリティケー?」
少女は本当に眠そうに欠伸をすると、いつの間にか胸に抱いていた天使人形に語りかけた。
「……人形?」
フレイアには天使人形だけでなく、天使人形を抱いている少女まで人形のように見える。
こうして向き合ってさえ、少女からは人としての気配が希薄なのだ。
「ええ、疾うの昔にこの体は人形(作り物)……」
少女は胸の前に垂らしていた少量の髪を指で摘むと、先端に赤いリボンを蝶結びしていく。
もみ上げのような部分の前髪が左右に一房ずつ編まずに束ねられた。
「ねえ、後ろ髪にもいくつかリボンつけたいんだけど……」
「えっ……あ、はい?」
納得いかない表情を浮かべながらも、フレイアは少女の差し出した赤いリボンを受け取ってしまう。
「そうそう、先端に五つほど等間隔でリボンを結びつけて……うん、そんな感じ」
「…………」
フレイアは少女の指示通り、彼女の後ろ髪の先端に赤いリボンをいくつも蝶結びにしていった。
「なぜ、私が見ず知らずのあなたにこんなことを……」
「あら、何言っているの? 私達は古い古い知り合いでしょう?」
「えっ?」
「はい、ありがとう」
後ろ髪に五つの赤リボンが結び終えられると、少女はクルリとフレイアへ振り返る。
「自分を殺した相手を忘れちゃったの、フレイア・アンビバレンツ?」
少女は魔女のように妖しく、人形のように不気味な笑みを浮かべていた。













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一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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