デス・オーバチュア
第251話「究極完全の超竜姫」



「……ん……ぁ……ぅ……むぅ……?」
淡く穏やかな青光を浴びながら、セレナ・セレナーデは目を覚ました。
静かな月明かりのような青い光だけが降り注ぐ闇の世界。
「んぅ……あらぁぁ〜……?」
ここは魔皇界の魔眼城の自分の『部屋』のようだ。
「気がついたかい、セレナ?」
落ち着いた男性の声。
「……ソディ……お兄様……?」
セレナが寝かされていたクィーンサイズのベッドの横のソファーに、金髪のセミロングの青年が座っていた。
黒のジーパン(ズボン)に赤いシャツ、優男という言葉がピッタリの容姿をしていながら、その肉体は鍛え上げられ引き締まっている。
「私……帰ってきたのぉ〜? 確か、クライドお兄様に……」
「あの男のことは口にするな」
「あん」
ソファーに寄りかかっていたはずのソディが、一瞬でベッドの上に移動し、セレナの顎を右手で掴み唇を親指で塞いでいた。
「その唇から、他の男の名を聞きたくはない」
「……あむぅ……んん……うんんぅ……」
セレナは、『兄』の親指をパクリと銜えると、いやらしくしゃぶりつく。
「んんっ……それって嫉妬ぉ〜? お兄様あぁ〜」
親指から口を離したセレナは、からかうように悪戯っぽく、誘うように妖艶な笑顔を浮かべていた。
「ああ、私は嫉妬深いのだよ、セレナ」
「あん……うふふふふふふっ、お馬鹿なお兄様ぁ〜」
セレナは兄の胸にしなだれかかる。
「クライドお兄様に私を取られるとでも思ったのかしらぁ〜?」
クスクスと笑いながら、兄の胸へいやらしく指を這わせた。
「……うふふふ、うふふふふふふふふふふふっ! あはははははははははははっ!」
セレナは狂気を孕んだ哄笑をあげながら立ち上がる。
「前提から間違っているわ、ソディお兄様ぁ〜。私は誰の女(物)でもないのよぉ〜!」
「……ああ、そうだったな……俺の方がお前の男(物)だ、セレナ……」
「……んっ」
兄の肯定に満足げな微笑を浮かべると、セレナは兄の頬に小鳥が啄むような軽い接吻(キス)をした。
「うっふふっ! だからお兄様は好きよぉ〜、一番じゃないけど……」
「…………」
「きゃははははっ!」
セレナの背中から暗黒が噴き出し、闇色のケープとマントとして物質化して彼女に羽織られる。
「再び戻るのかい? 地上へ……」
「うふふふふっ、もう少しだけお兄様と一緒に居てあげるわ。ケダモノには興味はないもの〜」
「ケダモノ……お前を目覚めさせたあの波動か……地上からこの魔皇界にまで届く程の強きエナジー……」
「ふん、あんなモノは無価値よ……それより……」
「ん……」
「……ん、戯れましょう、お兄様ぁ〜。私とってもお腹が空いてるのぉ〜」
セレナは激しいディープキスを交わすと、この世の誰よりも妖艶に微笑んだ。



極東を消し飛ばさんとばかりに解放された青き闘気の嵐が、内側に向かって『収縮』していく。
「ああ〜……やっぱり、遅かったか……」
嵐を放った張本人であるちっちゃな女の子は、半ば予想通りといった感じで、収縮されて手乗りサイズの球になっていく青嵐を見つめていた。
「エネルギーの無駄遣いだったわね、奴隷(天魔)ちゃん」
青嵐の球を右手で握り締めて、異界竜姉妹の亡骸があったはずの地に立っているのは、皇牙でも皇鱗でもない一人の少女。
「ふん」
皇牙や皇鱗よりも一回り小さく、幼い少女はあっさりと青嵐の球を右手で握り潰した。
黒髪は一見バッサリと切られたボブカットのようだが、良く見ると後ろ髪がが左右に分かれて尻尾のように細く地に着かんばかりに伸びている。
瞳は『赤い黄金』、深く濃い赤でありながら、黄金のような光沢と質感を感じさせた。
太い黒革のベルトがブラジャーの替わりに胸を覆い隠し、黒のガーターベルトが黒革のロングブーツを釣り上げている。
さらに、ベルトやブーツと同じ黒革が、辛うじて隠せる少量だけ秘所に貼りついていた。
「……一人では寂しすぎた……だから、二人で生まれてきた……」
少女は足下に落ちていた黒いリボンに気づくと、それを拾い上げ、アームフォーマーのように左腕に巻き付ける。
「……あんた達はあたし(皇牙)からもう一人のあたし(皇鱗)を奪った……あたしを永遠の孤独へと叩き落とした……絶対に許さないんだからあああっ!」
『皇牙』の左右の側頭部から竜の角が、背中から漆黒に輝く鳥型の翼が、尾骨から爬虫類のような黒光りする太い尻尾が生えた。
それと同時に、先程のちっちゃな少女を遙かに上回る青き闘気が爆発的に放射される。
「つっ……ベリドット! バーデュア! 撤収!」
「YES! BOMBER! BOMBER!」
ちっちゃな女の子が飛び離れると同時に、大量の『爆弾』が空から降り注いだ。
無差別の爆撃による混乱に紛れ、ちっちゃな女の子は全速でこの場から遠ざかっていく。
「誰から逃げるつもり?」
「うっ!?」
超高速低空飛行で退却している女の子の真横に、皇牙がバックダッシュで平行してついてきていた。
「一匹も逃さないっ!」
「ぐぅっ!」
皇牙は右拳を女の子の腹部に叩き込む。
木々をへし折りながら、女の子は物凄い勢いで吹き飛んでいった。
「流石は異界竜(あたし)の奴隷、ガードが間に合っただけでも誉めてあげるわ」
皇牙の右拳は、女の子の腹部に直接ヒットしていない。
女の子は腹部と拳の間に、交差させた両手を割り込ませてしっかりと防御していたのだ。
「Hey You!」
「ん?」
「八つ当たり(エイトヒット)は良くないネ! YOU達を殺(キル)したのはME達じゃないヨ!」
皇牙の背後の大木から、翠緑の機械人形(バーデュア)が飛び出してくるなり、両手の散弾銃(ショットガン)を発砲する。
「ええ、知っているわよ。あんた達はあたしにトドメを刺しに出てきたんでしょう!」
右手一閃、皇牙は全ての散弾を一瞬で掴み取った。
「NOOOOOOOOOOッッ!?」
「返すわよ!」
もう一度右手を振り、まるで豆まきのように散弾をバーデュアに投げつける。
「アウチッ!?」
銃から放たれた時以上の勢いで、バーデュアに散弾が浴びせられた。
「ネジ一つ残らず消えなさい」
散弾の直撃受けて墜落したバーデュアに、皇牙は青く発光している右手をかざす。
「……ん?」
皇牙は闘気砲を撃とうとしていた右手を、バーデュアから自らの正面へと移した。
直後、遙か遠方から飛来した弾丸が、皇牙の右掌に当たって消滅する。
正確には、掌を覆っている青光(闘気)によって瞬時に焼き尽くされたのだ。
「狙撃手(スナイパー)……?」
少なくとも、目で見える範囲に狙撃手の姿はない。
気配も感じられないというか、明らかに別のモノの気配が複数感じられるだけだ。
「……面倒ね……」
皇牙の左掌の上にポンッ!といった具合に青い光球が生まれる。
「島ごと消えちゃええっ!」
極東をまるごと消し飛ばせる威力を秘めた闘気球を、皇牙は迷わず地面へ叩きつけようとした。
「馬鹿か、てめえはっ!」
闘気弾が掌から離れる直前、巨大な赤いムカデ(剣刃)が背後から皇牙を叩きつける。
「…………」
しかし、巨大なムカデの直撃を受けながらも皇牙は、吹き飛びもしなければ、地面に押し潰されることもなく、平然と立ったままだった。
逆に、巨大ムカデの方に亀裂が走り、拡がっていく。
「なんだとっ!?」
「……ああ、そこに居たの?」
巨大ムカデが粉々に砕け散り、無数の破片が舞い散る中、皇牙はゆっくりとラッセルの方を振り返った。
「ちぃぃ……化け物が……」
ラッセルは肩で息を切らし、立っているのもやっとといった有様である。
「フフフッ、びっくりしたわよ、魂だけスポ〜ンと抜かれちゃうとは思わなかったわ」
先の戦闘では、死の神剣によって魂(命)だけを体から抜き取られて皇牙は敗れたのだ。
「あんた達が疲弊しなかったら、『戻って』これないところだったわ……」
抜き取られた皇牙の魂はバイオレントドーンの中に貯蓄されていたのである。
シャリト・ハ・シェオルとの戦闘で、バイオレントドーンが何度も破壊され、その力(拘束力)が限りなく零近くまで低下したからこそ、逃れることができたのだ。
「でもね……皇鱗の方はあたしと逆に、肉体だけが完全に死んでいたの……物質の本質、存在そのものが断ち切られて接合も再生も不可能……だから……」
皇牙は、左手に巻き付けた皇鱗の遺品である黒リボンに右手を添える。
「……だから、あの子の魂を! 力を! 存在をあたしに取り込んで『完全体』になるしかなかったのよ! それだけがあの子を滅しない唯一の方法だった……一つに解け合うしか……『元』に戻るしかなかった!」
「……元に……だと……?」
「ええ……異界竜の『皇』たる『牙』と『鱗』を併せ持つ完全無比の『竜姫(りゅうき)』……最強最後の『竜帝(りゅうてい)』……それが今、あなたの目の前に居る存在よ!」
「なああっっ!?」
無造作に突きだされた皇牙の右手から、膨大な青い光輝が解き放たれた。
今のラッセルには、光輝を避ける力も、耐える力も残っていない。
「くっ! ここまでかよ……」
自らの最後を覚悟した瞬間、黒い壁がラッセルの視界を遮った。
「へぇ〜……」
皇牙は青き光輝を遮断しきったモノに少しだけ感心する。
「…………」
「あ……兄貴……」
それは黒い壁ではなく、黒い巨大な剣刃……混沌黒刃アザトゥースことシャリト・ハ・シェオルの右腕だった。
「それだけの力を得ながら……弱い者虐めか?」
シャリト・ハ・シェオルは混沌黒刃を普段の右腕に戻すと、挑発的な微笑を浮かべる。
「だ、誰が弱……」
「強者に助けられる弱き者、それを人は弱者と呼ぶのですよ」
背後から喉元に突きつけられた水色の半透明な剣が、ラッセルの発言を奪った。
「コ……コクマ……なんのつもりだ……?」
ラッセルの背後には最初から居たかのように、コクマ・ラツィエルが自然に立っている。
「邪魔ですから大人しくしててください……てつもりです」
「なっ、て……」
「…………」
コクマはラッセルなど見ていない、彼の眼差しは皇牙だけに向けられていた。
「まさか、地上で『本物』の異界竜を見る機会が来るとは……思いもしませんでした……」
「本物? 本物とか完全体とか……何なんだよ? 二匹が融合しただけじゃ……」
「だから、あなたは馬鹿なんですよ、ラッセルさん。ただの融合と、元は一つだったモノが一つに戻ったのでは、その意味がまったく違うんですよ、お馬鹿さん」
眼差しは皇牙に向けたまま、ラッセルの耳元に遠慮なく馬鹿馬鹿と連呼する。
「馬鹿馬鹿言うなっ!」
「同化……いえ、あえて『合体』と言いましょうか。元々、完全最強だったモノが二つに分かれていた……それが今一つに……元の姿を取り戻したのです」
喉元に突きつけられたままだった剣身が微かに振るえていることに、ラッセルは気づいた。
「振るえて?……ビビッているのかよ?」
「ええ、恐怖半分、興奮……期待が半分ってところでしょうか?」
「期待だ? どうい……」
「邪魔です!」
コクマはラッセルの肩を掴むと、強引に後へと引き寄せ、自らは前へと飛び出す。
「てりゃあっ!」
いつのまにコクマの上空に跳躍していたのか、青く光り輝く皇牙の右足が振り下ろされた。
コクマは事前に攻撃が解っていたような動きで回避するが、衝撃波が彼の胸元を剔り地を駆け抜ける。
「ほうっ!」
「はいぃっ!」
胸から鮮血を噴き出しながらも振り下ろされたトゥールフレイムを、皇牙は右拳を突き上げて正面から迎撃した。
地上のどんな物質よりも硬い神柱石でできた神剣に小さな亀裂が走る。
「まあまあの硬さ……ねっ!」
「ぐっ……」
皇牙が右足で大地を思いっきり踏みつけると、凄まじい衝撃が『上』へと放たれ、コクマを空高く舞い上がらせた。
「ふん、背中ががら空きだぞ」
再び右手を混沌黒刃に変じさせたシャリト・ハ・シェオルが、迷わず皇牙の背中へと斬りつける。
「ふううっ!」
皇牙が右手で手刀を作ると、黒爪が伸び漆黒の爪刀と化した。
そのまま回転するように振り返り、漆黒の爪刀で混沌黒刃を真っ二つに切り裂く。
漆黒の爪刀は混沌黒刃だけでなく、シャリト・ハ・シェオルの胸まで深く切り裂いており、彼女の胸から赤い鮮血が噴出した。
「なっ……あっさりと兄貴とコクマを……」
ラッセルは目の前で起きたことが信じられない。
皇牙はそんなラッセルに視線を向け、黒爪を引っ込めて右手を握り締めると、拳に青い闘気を集束させて突きだした。
「最後はあんたよ!」
拳を突きだしたまま跳躍し、ラッセルを打ち抜こうと襲いかかる。
「ち、ちきしょうおおおっ!」
ラッセルは最後の力を振り絞り、左手に深紅の長剣を再形成させた。
「ああああああああっ!」
「はあああああっ!」
深紅の長剣と青輝の拳が真っ正面から衝突する。
「ぐぅぅ……がああああっ!?」
青輝の拳は深紅の長剣を打ち砕き、そのままラッセルの左胸に剔り込まれた。
衝撃と闘気がラッセルの体を透過し、背中から突き抜ける。
皇牙が拳を引き抜き離れると、ラッセルはゆっくりと大地に倒れ込んだ。 
「ふん、こんなんじゃ新しい体の慣らしにもならないわ……」
そう言いながら、拳を握ったり開いたり、爪を伸ばしたり引っ込めたりする。
「そう思うでしょう、あんたもっ!」
お尻の尻尾が勢いよく振り出され、空から飛来した水色の炎を掻き消した。
「肉片も残さず消えろ!」
振り返り様、皇牙の右手から天に向かって膨大な青き光輝が撃ちだされる。
「ええ、私程度ではウォーミングアップにもならないでしょうね!」
しかし、コクマの姿はすでに空にはなく、皇牙の背後に回り込んでいた。
「ふん!」
皇牙は、背中を斬り捨てにきたトゥールフレイムへ左肘を叩き込む。
ぶつかり合った肘と刃、砕けたのは刃の方だった。
「やれやれ、トゥールフレイムはバイオレントドーンと違って砕けても簡単に再形成とはいかないんですよ……」
バイオレントドーンは、例え粉々に砕け散っても、『核』さえ残っていれば契約者のエナジーを糧として何度でも再形成することができる。
幾重にも形態を変えるバイオレントドーンだからこその能力であり、他の神剣も僅かな自己修復能力こそ持つが、そこまでの不死身さは有してはいなかった。
「まあ、この程度の刃こぼれや亀裂なら三日もほうっておけば直(治)りますから、別にいいですけど……ねっ!」
コクマは右手から無数の火球を放射しながら、後方に跳び退る。
「どこかの大鎌みたいに複雑骨折したら面倒ですからね……私はこれで客席に下がらせてもらいますよ」
薄れ、空間に溶け込むようにコクマの姿は消え去った。
「逃がすと……」
「……深淵銀砲(シルバーブラスター)……全解放(フルオープン)……」
「っつ!?」
圧倒的な力の発生を肌で感じ取り、皇牙はそちらを振り向く。
「……深淵に沈め!」
「ううぅっ!」
燃え上がる巨大な五芒星を撃ち抜いて、莫大な銀光が皇牙に向かって吐き出された。











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一言感想板
一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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