デス・オーバチュア
第244話「コールミークィーン」



深き闇夜に赤い二つの輝きが浮かび上がる。
それは、夜に同化するかのような黒き少女の双瞳だった。
「…………」
血の塊の如き紅玉(ルビー)の瞳を炯々とさせながら、少女は手にしていた何かの欠片を地へと落とす。
欠片……『鋭きもの』の残骸は地に着くと、独りでに大地へと沈み込んでいった。
「早く芽を出せ竜の種〜、出さぬと……」
少女が歌い出した瞬間、彼女を中心とした周囲の大地が内側から盛り上がっていく。
「牙で砕いて食べちゃうぞ〜♪」
歌いながら舞う少女の周りの大地から、無数の『骸(むくろ)』が這い出してきた。
骸……盾と剣と兜だけを装備した骸骨兵士が大地を埋め尽くさんと増え続ける。
「まあ、所詮は廃物利用よね」
休むことなく増殖していく骸骨兵士を余所に、新たに二つの赤い輝きが出現した。
「デザインに芸がないというか……質悪そうよね〜」
赤い輝きの正体は、舞っていた少女と同じ……いや、より深く濃い紅玉の瞳をした少女。
「仕方ないよ、お姉ちゃん。質より量を選んだんだから……それに……」
「元が雑魚だしねぇ〜」
横に並んだ二人の少女は、まったく同じ顔をしていた。
違うのは瞳の濃さと、表情……『笑顔』だけ。
イヴニングドレスの少女は、愛らしく無垢な『天使のような笑顔』であるのに対し、マントの少女は意地悪で悪戯っぽい『小悪魔的な笑顔』をしていた。
「なんならお姉ちゃんが自分の『牙』を抜く〜?」
「冗談じゃないわよ! たかが黴菌相手に貴重な皇牙ちゃんの牙を抜けるわけないでしょう!」
天使が可愛く尋ねると、小悪魔はヒステリックに答える。
「あははははははっ、勿論冗談だよ、お姉ちゃん」
「むぅ〜、あんたねえ……」
「うふふっ、幽玄な極東を舞台に復讐のオペラが幕を開く……思いっきり愉しもうね、お姉ちゃん!」
「あんたに言われるまでもないわ……優美なる惨劇の始まりよ!」
皇牙と皇鱗……異界竜姉妹(双子)による八つ当たりな復讐劇の幕が切って落とされた。



月のない暗き夜、青い和服(極東の着物)を着流した青年が一人杯を傾けていた。
「朔月か……月なき夜……酒の不味い夜だ……」
眺める肴(月)のないこんな夜は、経験上ろくなことが起きない。
「ふん……」
青年……斬鉄剣のディーンの嫌な予感を肯定するように、一匹の黒き蝶が彼の目前を横切った。
黒き蝶は光り無き闇夜にハッキリとその姿を浮かび上がらせている。
闇夜の黒と、蝶の黒は同じ黒色でありながら、明らかに違う色だった。
「使い魔か? 『本体』はどうした?」
ディーンにはこの『黒死蝶』を放った人物が誰だか解っている。
古い古い知人だ。
間違っても友人でも恋人でもない、あくまでただの知り合いである。
『さぁ〜? 保険(私)が届いたってことは、やられちゃったんじゃない〜?』
黒死蝶は羽ばたき鱗粉を撒き散らしながら、ディーンに話しかけてきた。
そして、この蝶は主人と同じ不快な口調をしている。
「まあいい……ひとの服を勝手に持ち出したのは……お前だな、セレナ?」
ディーンは疑惑ではなく確信を持って黒死蝶を問い詰めた。
『えぇ、とても有意義に使わせてもらったわぁ〜、うふふふふふふふふふっ」
「何が有意義だ! あの服は……」
『あらぁ〜、服は着てこそ意味があるものよぉ〜。ここで眠らせておくよりも似合うモノが着るべき……それともあなたが着るぅぅ〜? きゃははははっ!』
「ふざけ……」
『うふふふっ……ああ、そうそう、あなたの捜し物の一つ見つかったわよぉ〜』
「……待て! 今なんと言った!? 俺の捜し物が見つかっただと……それはど……くっ!」
突然、見えない力(負荷)が『上』から叩きつけられ、黒死蝶が霧散した。
「大切な物は一つしか持てない。二つあるということはどちらも大切(一番)じゃないということ……」
闇の向こうから、誰かがゆっくりと近づいてくる。
「……何万年ぶりだ?……お前が俺の前に姿を見せるのは……」
「さあ、一万と二千年てところじゃない?」
『八千年足りません、アリス様』
「そう、じゃあ二万年ぶりね、ディーン」
姿を現したのは、黒いてるてる坊主のようなパペットを右手に填めたミニチャイナドレスの少女だった。
アリス・ファラウェイ、最初の人形師(ファースト・ドールマスター)にして起源前の(最古より古き)魔女。
「二万年か……お前にとっては二年程度の月日なのだろうな……」
「ううん、二ヶ月ぐらいかな? 『最近』は殆ど常世で寝てたから……」
魔女は口元を隠していた黒い羽扇子をパチンと閉じた。
「……で、二万年も俺から逃げ回っていた奴が今更何しに出てきた? あいつらの誰かの願いでも叶えにきたのか、『魔女』?」
あぐらをかいて座っていたディーンは、片膝を立ててゆっくりと立ち上がる。
「ええ、願いが……想いが私を呼んだ……代価と引き替えに願いを叶える……それが魔女という存在(概念)……」
「ふん、何万年経とうと変わらないな、お前は……」
「あなたも変わらない……のかしら? いまだに願いは……欲しいモノは変わらない?」
無機質な黄金の瞳が、哀れむような、懇願するような眼差しをディーンに向けた。 
「ああ、俺の願いは、欲しいモノは二万年経とうと変わらない……後一億年経とうともきっと変わらないだろう……」
ディーンは意地悪げで、同時に自嘲的な微笑を口元に浮かべる。
「そう……馬鹿よ、あなた……」
哀れみを深めた黄金の瞳には、微かな当惑が混じっていた。
「幸いというか、お前の呪いの御陰で時間はいくらでもある……何万年でも、何億年でも待ってやるさ、お前が俺の願いを叶えてくれる気になるまでな……」
「……私があなたに呪いをかけたのは、あなたに考えを改めさせるため……時間は人を変える……どんな想いも考えも長い時の流れと共に薄れて消えるか、変質するもの……」
「ああ、そうだ。だから、いつかお前の考えが変わる時も来るかもしれない」
「…………」
「…………」
原色の青と無機質な黄金の瞳が見つめ合い、二人の間から言葉が失われる。
『アリス様!』
静寂を破ったのは、アリスの右手に填められたパペット『ファネル・ファンネル』だった。
「……ええ、解っている」
気持ちを切り換えるかのように、アリスは勢いよく羽扇子を広げて口元を隠す。
「ちっ、無粋な輩だ」
アリスもディーンも、ファネルに『警告』されるまでもなく、彼らの接近には気づいていた。
彼ら……森の中から顕れる骸の群。
骸骨兵士達は、森と庵の境界である草地を埋め尽くすかのように際限なく増え続けていった。
「人の庭先にゾロゾロと湧いて出てるんじゃねえ!」
トックリが宙に放り上げられたかと思うと、ディーンはすでに骸骨兵士の群に飛び込んでいる。
抜刀された二振りの青い曲刀が、二体の骸骨兵士の首に半ばまでめり込み……止まっていた。
「なるほど、斬ろうと『想わなければ』斬れぬか……うぜぇっ!」
ディーンは静止した状態から再び『力』を込め、骸骨兵士の首を刎ね飛ばす。
「竜牙兵(スパルトイ)ね……それも異界竜版の……」
アリスは一目で敵の正体を見抜いていた。
「ああ? スパル……なんだって?」
「Spartoi……竜の牙から生まれた兵士……竜牙兵(りゅうがへい)のことよ。聞いたことない? 竜の牙を大地に埋めると屈強な兵士達が生えてくる……て神話を?」
「そういえば聞いたことがあるようなないような……だが、あれは骸骨じゃなくて、普通の肉体を持った兵士が生まれてくるんじゃなかったか?」
二体の骸骨兵士を縦に真っ二つにしながら、ディーンはアリスの説明にツッコミを入れる。
「諸説あるけど、最初の神話は一般的にそうね。でも、いつの間にか、竜の牙から生み出されるアンデット(不死の兵)のことを竜牙兵(スパルトイ)と呼ぶように……」
言葉を遮るように三体の骸骨兵士がアリスに飛びかかった。
「縮退扇(しゅくたいせん)……」
呟きと共に、羽扇子から無数の黒羽が舞い散り、羽扇子がただの漆黒の扇子へと変わる。
「重圧殺(じゅうあつさつ)!」
アリスが漆黒の扇子を勢いよく振り下ろすと、三体の骸骨兵士に『上』から不可視の圧力がかかり、彼らを地に叩きつけ這い蹲らせた。
「そのまま蛙のように圧死しろ」
黄金の瞳が冷たく輝き、さらなる負荷が骸骨兵士達を大地ごと押し潰していく。
「流石は異界竜、どれだけ悪質でも大した硬さね……ん?」
仲間を救うためか、新たに五体の骸骨兵士がアリスに襲いかかった。
「ファネル……」
『お任せください』
アリスは襲いかかってくる骸骨兵士達に向かって、ファネルを填めた右手を突きつける。
ファネルの光り無き黒色の瞳に淡紅(ピンク)色の蛍光が宿った。
骸骨兵士達の動きがピタリと止まり、次の瞬間、互いを斬りつけ合う。
『アリス様、ここは私に……』
「そうね、馬鹿みたいな数だし……ここはあなたに任せたわっ!」
アリスは右手を思いっきり振り、ファネルを骸骨兵士の群の中へと投げつけた。
「……一に曰く水、ニに曰く火、三に曰く木、四に曰く金、五に曰く土……」
意味不明な言葉がアリスの口から紡ぎだされる。
「水はここに潤下(じゅんか)し、火はここに炎上(えんじょう)し、木はここに曲直(きょくちょく)、金はここに従革(じゅうかく)、土はここに稼穡(かしょく)……」
「ああ? ちっ、ちょっと待て!」
骸骨兵士を斬り殺し続けていたディーンが、何かに気づいたのか、慌ててその場から飛び離れた。
それと入れ代わるように、ファネルが骸骨兵士達の中心の大地に叩きつけられる。
「曲直の姫にして皇たるモノよ! 風と木を統べる女王よ!」 
ファネルの叩きつけられた場所を中心に旋風が発生し、骸骨兵士達を吹き飛ばした。
そして、中空に青き風によって巨大な五芒星の魔法陣が描き出される。
「今こそその小さき人の形より解き放たん!」
五芒星から青光が凄まじい爆風と共に解き放たれた。
「たく、俺ごと吹き飛ばす気か?」
ディーンは庵の中に戻っており、毒づきながらトックリから直接酒を呷っている。
光と風の爆発が収まると、その発生地(中心地)に黒ポンチョの女が立っていた。
一度は旋風や爆風で吹き飛ばされた骸骨兵士達が、彼女を包囲するように群がっていく。
「さあ、いらっしゃい……纏めて御相手して差し上げます!」
女の瞳が蛍光の淡紅色に染まり、足下から発生した突風が黒ポンチョをめくれ上がらせた。
胸元を大きく切り抜きされた黒いエナメル革のボンテージレオタード、同じ材質のロンググラブとハイヒールのロングブーツ。
彼女の両手にそれぞれ握られた黒革の長い鞭が鋭く地を叩き、その姿はまさに『女王』そのものだった。


黒ポンチョを脱ぎ捨てたファネルは、おさげを解き、ピンクのリボンで後ろ髪をポニーテールに結い直した。
「暴風鞭(サイクロンウィップ)!」
双鞭が振るわれると暴風が放たれ、前方の全ての骸骨兵士をバラバラにして吹き飛ばす。
「振動鞭(バイブレーションウィップ)!」
双鞭が伸びながら左右に振るわれ、鞭が触れた骸骨兵士達が全てバラバラになって崩壊していった。
「ふふふふっ、骨だけだと打ち甲斐がなくて嫌ですね」
ファネルは、先程までとは明らかに性格が変わっている。
「女王乱悦鞭(クィーンビュート)!!!」
超速で振るわれた双鞭が数え切れない程の鞭となって、骸骨兵士達を片っ端から乱打した。
骸骨兵士達は鞭によって裂かれたり、砕かれたりといった『破壊』されることこそないが、鞭の衝撃によって関節が外れ、バラバラになって崩壊していく。
「まだまだこれからですよ、ホーッホッホッホッホッホッホッ!」
興が乗ってきたのか、ファネルは高笑いを上げながら鞭を振るうスピードをさらに速めていった。
街灯に群がる虫のようにファネルに飛びかかっていく骸骨兵士達が、次々に乱鞭によって形を崩されていく。
このままいけば、ゆうに百を超す骸骨兵士が全て骨の山に変わるのも時間の問題だった。
「遠慮はいりませんよ、骨まで愛して差し上げます! もっとも、あなた方は最初から骨しかありませんけどね、アハハハハハハハハハハハハッ!」
ファネルが悦楽に浸れば浸るほど、鞭の速さと激しさは際限なく増していく。
「……どういう性格してやがる、あの人形……?」
「ファネルは五色人形の中で一番真面目で堅物なんだけど……鞭を握るとほんの少しだけ性格変わっちゃうの……」
「あれが少しか?」
「……真面目な分ストレスが溜まりやすいから……」
「ストレス発散かよ……」
ディーンが呆れた目で眺めている間にも、骸骨兵士はどんどん乱打で解体され、その数を減らしていった。
「フィニッシュ!」
そしてついに、双鞭によって最後の骸骨兵士が打ち崩される。
「全部倒しちゃった……そういう倒し方を望んだわけじゃなかったんだけど……」
感心以上に呆れの混じったアリスの眼差しを浴びながら、ファネルは地に落ちていた黒ポンチョを鞭で『捕らえ』て、空へと放り上げた。
放り上げられた黒ポンチョは、ファネルの真上から落ちてきて、スッポリと彼女に填るように装着される。
「……久しぶりに良い運動になりました、感謝します」
ポニーテールを解き、お下げに結び直すと、ファネルはいつものテンションというか性格に戻っていた。
「まあ、目的さえ果たせればこの際、方法はどうでも……」
「いや、まだだ」
ファネルがアリスの元へと帰還しようとした瞬間、パチンという指を鳴らしたような音が辺りに響き渡る。
直後、地を埋め尽くしていた無数の骨が浮かび上がり、新たな骸骨兵士が次々に組み上げられていった。
数秒後には、骨の山は骸骨兵士の群へと変わり、再びファネルを包囲していく。
「やっぱりな、破壊でなく分解されただけなら、簡単に組み直せるわけか……『接着剤』の役目を成している魔力の元か流れを断たないと駄目だな、これは……」
ディーンには、骸骨兵士を突き動かしている『力』の流れが視えていた。
『力』の流れを見切り、断つことができる……本来、勇者と呼ばれる突然変異の人間だけが持つ能力である。
「どちらも必要ないわ……」
「何?」
「竜牙兵を作りだした者を誘き出す必要も無ければ、あなたみたいに力の流れ自体を断つことができなくても無問題と言ったの……ファネル・ファンネルなら指一本動かさず、竜牙兵を殲滅できる……」
「指一つ動かさずだと?」
ただ殲滅するだけならディーンにも『容易く』できる自信があった。
だが、指一本動かさずというのは流石に無理というか……どうやればそんなことができるのか想像不能である。
「なるほど、文字通りキリがないわけですか……暇潰しには最適ですが、過剰な運動は体に悪い……」
ファネルの体がゆっくりと浮かび上がっていき、骸骨兵士の群を全て見下ろせる程の上空で停止した。
何を思ったのか、ファネルは両目を閉じる。
「この程度の一軍(一群)などファネルには……」
「殺し合え、私のためにっ!」
一気に開眼されたファネルの瞳は、これまでになく妖しく激しく淡紅色に光り輝いていた。


「一睨みで充分なのよ」
アリスの言葉通り、ファネルが一瞥しただけで勝負はついていた。
ファネルは再度目を閉じて開眼しなおし、淡紅色に輝く瞳を光り無き黒色の瞳へと戻す。
宙に浮かび続けるファネル・ファンネルの『下』では、骸骨兵士達の同士討ち……最後の一人になるまで終わることのない凄惨な殺し合いが続いていた。
「私の瞳には魔眼のような絶大な魔力も、睨むだけで殺傷や破壊を起こすような効果もない……ただほんの少しだけ他者の心を乱し惑わせる……『魅惑』程度の能力……」
魔眼、邪眼、浄眼、神眼、邪視……力ある瞳というモノは古今東西様々なものが存在する。
例えば、クライドやファージアスの『魔眼』は闇の魔力の増幅器であり、様々な力を統べることのできる無限の器だ。
セレナの赤主魔眼は、さらに幻惑などの効果を持ち、闇の純度こそ落ちるがよりオールマイティな瞳である。
ネツァクの魔性(羅刹)の瞳は、幻と現の境をあやふやにする夢幻の瞳であり、相手に様々な幻を見せてその通りに現実で殺したり、ただ純粋に眼力だけで物(者)を壊(殺)すことさえできた。
それらの瞳に比べれば、ファネルの魅惑の瞳はとてもささやかな力しか持たない。
相手を誘惑し、一時的に自分の奴隷(言いなり)にするだけで、完全な虜に魅了しきることすらできないのだ。
ただし、効果範囲だけは広く、視界内に居る全ての者を同時に誘惑することができる。
「やっと終わりましたか……」
やがて、一人を残し、全ての骸骨兵士が沈黙した。
「お疲れ様です、あなたも死になさい」
大地に降り立ったファネルが一言命じると、最後に残った骸骨兵士が剣で自らの首を刎ね飛ばし、地に崩れ落ちる。
「以上で全て片づきました、アリ……」
主人に任務完了の報告をしようとした瞬間、細く鋭い黒爪がファネルの腹部を背後から刺し貫き、次いで彼女の体を真っ二つに切り裂いた。
「ス……さ……様……?」
二つに両断されたファネルは、自分に何が起きたのかも理解できずに停止する。
「バイバイ、女王様〜」
ファネル・ファンネルを一撃で葬ったのは、露出のまったくない神官服と黒マントで全身を包んだ異界竜の少女『皇牙』だった。










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一言感想板
一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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