デス・オーバチュア
第176話「地上最強の生物」




インペール・フェイタルクロー(突き刺す致死の爪)。
要は鉤爪の如き鋭き爪によるただの突き刺しである。
技とも言えぬ力任せのただの突きも、ホークロードが放つと、あらゆる物を刺し貫く必殺の一撃と化すのだ。
フェイタル(致命的、破滅的、回避できない死を予兆する)クロー(爪)の名は伊達ではないのである。
また、フェイタルとはフェイト(運命)という言葉にも繋がり、フェイタルクローとは、運命を引き裂く、貫く爪といった意味も有していた。


「在り来たりなセリフで申し訳ありませんが……己が牙と爪こそ獣の最大の武器ですのよ!」
ホークロードの右手は完全にノワールの腹部を刺し貫いていた。
「くっ!」
ノワールがホークロードを睨みつけた瞬間、二人の頭上に無数の幻剣が生み出される。。
だが、幻剣が放たれるよりも速く、ホークロードは両足でノワールを思いっきり蹴飛ばして、超低空を滑空するように後方へと逃れた。
蹴り飛ばされたノワールと、蹴りの勢いで後退したホークロードの中間、誰も居ない空間に幻剣の豪雨が降り注ぐ。
「ちっ……」
「レイザーフラップ!」
幻剣が消え去ると同時に、ホークロードが青褐色の翼を羽ばたかせた。
突風と共に無数の青褐色の羽が、剃刀のような鋭さを持ってノワールに襲いかかる。
「っ……舐めるな!」
ノワールは正面から幻剣の豪雨を放射し、剃刀の如き羽達を迎撃すると、そのままホークロードを貫こうとした。
「きゃっ!」
ホークロードは慌てて、空高く飛翔する。
「危ない危ない……少し脆弱すぎましたか?」
「ああ、脆弱過ぎだ!」
全方位から、幻剣の豪雨がホークロードに襲いかかった。
「あらあら、まあまあ」
ホークロードは目にも止まらぬ疾さで、大空を飛翔し、幻剣をかわし続ける。
「インシネレートフラップ!」
幻剣を回避しきったホークロードが、激しく翼を羽ばたかせると、火の粉のような燃える羽が地上に降り注いだ。
「脆弱だと何度言わせるつもりだ!」
天から降り注ぐ炎羽の雨を、幻剣の豪雨が貫くように空を駆け登っていく。
「あらら?」
炎雨の中を貫いて迫ってきた幻剣の群を、ホークロードは高速飛行によって紙一重で避けた。
「それならこれはいかがですか? ファシネイトフラップ〜!」
降り注いだ無数の羽がノワールの周囲に、動きを封じるかのようにいやらしくまとわりついていく。
「無駄だと言うのが解らないのか!?」
ノワールが両手を振る度に、まとわりつく羽が次々に切り刻まれていく。
「勿論、存じておりますわ」
「なっ!?」
「フェイタルクロー!」
突然、目の前に出現したホークロードが、取り巻く無数の羽ごとノワールを引き裂いた。
「がああっ!?」
ホークロードの右手の爪の一閃によって、ノワールの胸には深々と五本の線(傷)が刻まれる。
「ファシネイトフラップはただの目眩ましと足止めですわ。あ、でも、ファシネイトごしだったせいでフェイタルクローの威力が半減しちゃったのは失敗でした、えへっ」
ホークロードは可愛く笑いながら、左手で追撃のフェイタルクローを放った。
しかし、轟音と共に、フェイタルクローはノワールの不可視の剣で受け止められてしまう。
「調子に乗るなあぁっ!」
直後、超至近距離で幻剣の豪雨が放射された。
限りなく零距離での幻剣の斉射、にもかかわらず、ホークロードは一瞬で空高く飛翔し、幻剣から逃れている。
「困りましたわね……半端に強いんですもの……そろそろ面倒になってきましたわ」
ホークロードは、遙か眼下のノワールを見下ろしながら、考え込むように唸った。
フラップ(羽ばたき)などでは脆弱過ぎて通用しない。
かといって、フェイタルクロー以上の威力ある技を使うには、ノワールには隙がなかった。
フラップ系で牽制しながら、フェイタルクローでダメージを着実に蓄積させていく……それが一番確実に勝つ戦法だろう。
ただ、その戦法は地味であんまり楽しくはなさそうだった。
「僕を見下ろすな、下種!」
ホークロードのさらに上空に出現したノワールが、不可視の剣を振り下ろしてくる。
「おっと〜」
ホークロードは、剣の長さを余裕を持って推測し、宙を滑空するように後退してかわした。
「大分お怒りみたいですわね……では、そろそろ終わりに致しましょうか……ヴォルテックストリーム!」
「くっ!?」
ホークロードの羽ばたきによって発生した竜巻がノワールの姿を一瞬で呑み込む。
「では、お覚悟を!」
体中から青褐色の輝きを放ちながら、ホークロードはさらに空高く飛翔した。
ホークロードは青褐色の光の矢と化してどこまで高く上昇していく。
「超必殺! 超急降下!」
ホークロードは空の彼方で急停止すると、間髪を容れずに一気に急降下した。
竜巻から吐き出されたノワールが無防備に宙を舞う。
青褐色の輝きと闘気がホークロードを包み込み、彼女を巨大な隼(ハヤブサ)へと転じさせた。
青褐色の隼はそのままノワール(獲物)を狙って降下していく。
「ファルコンストラッシュ!」
青褐色の隼の鉤爪……ホークロードの右足がノワールの左胸を蹴り穿った。



ファルコンストラッシュ。
別名『隼蹴り』、要は超急降下からのただの飛び蹴りだった。
ホークロードの右足は寸分の狂いもなく、ノワールの左胸……心臓を蹴り穿つ。
ホークロードは、右足をノワールの左胸に叩き込んだまま、隕石のように地上に激突……するようにして着地した。
「ふう〜」
クレーターの中から、翼を羽ばたかせてホークロードが飛び出してくる。
「あらら〜、まだ生きているんですか? 化け物さんですね」
クレーターの中心にはノワールが埋まっていた。
腹部と左胸に風穴を開けられ、深い五本の傷を胸に刻まれてなお、ノワールにはまだ息がある。
常人……人間ならとっくに絶命していなければいけない深手だった。
「じゃあ、今度はダークバードアタック〜なんて感じでトドメを……きゃっ!?」
突然、ホークロードの背中が爆発する。
「Hit! Hitネ! HAHAHAHAHAHA!」
ホークロードの背中を『撃った』のは、いつのまにか二丁の散弾銃(ショットガン)を構えて彼女の後ろに立っているバーデュアだった。
「いっ……痛いじゃないですか! いきなり何をなさ……」
「What? ただのハンティングネ! FIRE!」
バーデュアの二丁の散弾銃が再び発砲される。
「おっと〜!」
ホークロードは瞬時に空高く飛翔し、散弾から逃れた。
そして、そのまま散弾の射程外の高さで停滞する。
「獲物にもならないお人形さんは見逃してあげようと思いましたのに……あんまりおいたが過ぎると……壊しちゃいますよ!」
ホークロードは猛禽類のような鋭い眼差しを地上のバーデュアに向けた。
「セプティム!」
ホークロードの声と共に、彼女の両手にそれぞれ大鎌が一振りずつ出現する。
「What? それさっき投げちゃったはずのカマカマネ?」
「魔双鎌(まそうれん)『セプティム』はわたくしの体の一部……フェイタルクローが爪なら、セプティムはわたくしの嘴のようなものですわ」
ホークロードは二本の大鎌の柄の背を合わせるように重ね……巨大な鶴嘴(ツルハシ)のような武器を生み出した。
「では、覚悟してくださいね、お人形さん!」
ホークロードはバーデュア目指して急降下する。
「FIRE! FIRE!」
バーデュアは二丁の散弾銃を連続で発砲し続けた。
だが、ホークロードは散弾を避けようともせず、体から発する闘気だけで弾き返しながら強襲する。
「NO!? 鳩に豆鉄砲!?」
「鳩じゃありません! わたくしはタカ目ハヤブサ科ですわ!」
ホークロードはノワールの脳天にツルハシを振り下ろした。
「だいたい、貴方意味を間違えているでしょう!?」
「What? 鳩に豆鉄砲は通用しないって意味と違うネ?」」
バーデュアは二丁の散弾銃を頭上で重ねて盾代わりにして、ツルハシを受け止める。
そして、ツルハシにまとめて刺し貫かれた散弾銃を迷わず手放し、地上を滑るように後退した。
後退するバーデュアの両手のコートの袖口から滑り出るように二丁の拳銃が飛び出すと、瞬時に発砲される。
ホークロードは振り下ろす勢いの止まらないツルハシを大地に突き立てて手放すと、急速飛翔して弾丸を回避した。
そのまま空を駆け抜けるように飛び、バーデュアとの間合いを詰める。
「ダブル・フェイタルクロー!」
ホークロードは、鉤爪の如き鋭い両手を突きだした。
「NOOOOOOOっ!?」
二丁の拳銃は弾切れ、次の銃器を取り出している間はない。
まさに、バーデュア絶体絶命の危機だった。
ホークロードの両手の爪がバーデュアに触れようとしたその時……。
「あらっ?」
「What?」
空の彼方から振ってきた金髪の巫女(東方風)が、ホークロードを下敷きにした。



「……下界が騒がしいと思えば……『森』に『穴』が穿かれていたのか……」
どこか野性的な雰囲気の金髪巫女は、ホークロードの上に乗ったまま、周囲を見回す。
「……黄金竜……ゴールデンドラゴン……」
フローライトがどことなく震えたような声で、巫女の正体を口にした。
「ふん、エルフか……別に怯えなくてもいい。お前達を喰う気はない……お前達は痩せ細っていて骨ばかり……喰い応えが全然ないからな……」
巫女の牙のような犬歯が光る。
いや、犬歯というより竜歯? 素直に牙と呼んだ方が良い程、その歯は鋭利に輝いていた。
「食い応えがあれば食べちゃうんですのね?」
フローライトの隣に居たフローラがツッコミのように尋ねる。
「お前は……妖精?……いや、人間?……どちらだ? 妙な奴だ……まあ、どちらにしろあまり美味そうではないな……」
「……あなた、他人の識別は美味そうか、不味そうかしかないんですの?」
フローラは少し呆れたように笑った。
「食い物に美味い、不味い以外に何がある? 普通か?」
巫女は本気で、フローラが何を呆れているのか解っていないようである。
「HAHAHA、ハングリーな生物ネ、ドラゴンって」
結果的に、この巫女の降臨によって窮地を救われたことになるバーデュアが、愉快そうに笑った。
「人形か……どれだけ腹が空いてもお前は喰わん……」
「HAHAHAHA! 本当に食べることしか頭にないネ?」
「ん……人形、それはもしかして私を馬……」
「いいからさっさと降りて頂けませんか!? いったいいつまで他人に乗っているんですか!?」
巫女の『足下』が激しく怒鳴った。
正しくは、ずっと巫女に踏まれたまま俯せに倒れていたホークロードが怒鳴ったのである。
「ん? ああ、すまないな、野鳥……踏んでいたのか?」
巫女はあっさりと、ホークロードの上から飛び降りた。
「……まったく……なんなんですか、貴方は……いきなり降ってきて……」
ホークロードは立ち上がると、体の土埃を払う。
「ふむ、鷹か? 朝食に丁度良いか……?」
「もうとっくに昼過ぎよ」
巫女の発言に、フローライトがツッコミを入れた。
巫女を恐れていながらも、ツッコミは入れずにいられない質らしい。
「私はさっき起きたばかりだ……だから、今はまだ朝だ……」
巫女は理不尽極まる発言をすると、改めてホークロードと向き直り、金色の瞳で鋭い眼差しを向けた。
「な、何ですか……?」
「お前を私の朝食に決定した……喰われたくなければ疾く逃げるがいい……」
「なっ!?」
巫女は、どこまでも自分勝手な宣言、理不尽な死の宣告をホークロードに告げる。
「いっ……いくらなんでも巫山戯すぎですわ!」
ホークロードは猛禽類のような鋭い眼差しで巫女を睨みつけると、彼女に向かって飛翔した。
「逆にわたくしが食して差し上げ……ますうううううっ!?」
視界から巫女が消えたかと思うと、ホークロードは腹部に衝撃を感じ、強制的に空高く舞い上げられる。
「ぐぅ……ぅ」
ホークロードは、腹部を両手で押さえながら、なんとか翼を羽ばたかせて、空中で体勢を立て直した。
「ほら、返すぞ、お前の牙だ……」
巫女は、大地に突き刺さっていたツルハシを右手で引き抜くと、片手で軽々と遙か空の彼方のホークロードへと投げつける。
「あぅっ!?」
ホークロードは両手で辛うじて、物凄い勢いで飛来するツルハシを受け止めた。
「さあ……逃げるか、挑むか、選ぶがいい……」
地上の巫女は、挑発的な微笑を浮かべる。
「んっ……わたくしの辞書に逃走の文字はありませんわ!」
しばしの躊躇の後、ホークロードは二つの大鎌を地上の巫女に投げつけ、自らも巫女目指して急降下した。
二つの大鎌は高速回転し円形の刃と化し、不規則で不可思議な軌道を描いて、巫女へと襲いかかる。
「その意気は良し……!」
巫女は握り締めた右拳を大きく引き絞った。
「ドラゴニック……」
「ダブル・フェイタルクロー!!!」
二つの円形の刃とホークロードの両手の爪が同時に、巫女を貫こうと迫る。
「マグナム……!!!」
無造作に放たれた右ストレート(直拳)が、二つの大鎌を風圧だけで粉砕し、ホークロードの突きだした両手を打ち砕くと、そのまま彼女を空の彼方に殴り飛ばした。


















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一言感想板
一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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