デス・オーバチュア
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「この姿の時は……アンブレラと呼びなさい。本当は貴方にはあまりこのお気に入りの名は呼ばれたくないのだけど……ここで真名に等しい本名を教える愚を犯すよりはマシでしょうしね……」 アンブレラの右手に一枚の紫黒の光輝でできた羽が出現する。 「ああ?」 ルーファスが訝しむような声を上げた。 「……そう、貴方に、洞察力、記憶力、そして優れた推理力があるのなら……この羽一枚からでも私の正体は推測できるわ……」 光羽は閃光を放つと、彼女のドレスと同じダークパープルのシックな日傘に化ける。 「ちっ、名前通りの武器ってわけかよ?」 「ええ、そんなところね……でも、正解ではあるけど全てを見抜けてはいないわ……」 「あん?」 「解答は同じでも、解答に至るための計算式が完全ではないということよ……!」 アンブレラは右手で持った日傘を、左手で一気に開かせた。 日傘の表面が紫黒に強烈に発光しだし、やがて光は日傘の先端部だけに集束していく。 「ブラスト!」 日傘の先端がら凄まじい勢いで、莫大な紫黒の光輝が撃ちだされた。 「ちっ!」 ルーファスは左手から光輝天舞を放つ。 紫黒と黄金の光輝が正面から衝突し、中空で完全に均衡した。 「……フフフッ、いくら封印されているとはいえ……まさか、光の魔皇の力がこの程度ということはないでしょう?」 「当たり前だ! 図に乗るな、傘女(かさおんな)!」 黄金の光輝の出力が一瞬で倍加し、紫黒の光輝を呑み込みながらアンブレラへと迫る。 「そのまま消えろ!」 直撃した光輝の大爆発がアンブレラの姿を包み込んだ。 「ふん……」 ゆっくりと爆煙と閃光が晴れていく。 「流石は光の魔皇様……見事な出力ね……」 爆煙と閃光が晴れると、何事もなかったように平然とした表情で、日傘を閉じようとしているアンブレラの姿が現れた。 「はっ、ムカつくぐらいに丈夫な傘だな……」 「ええ、攻防一体……大砲にも盾にもなるお気に入りの日傘よ……」 アンブレラの広げた日傘は、ルーファスの光輝を全て遮り切ったのである。 「あと……」 閉じられた日傘の先端から噴き出した紫黒の光輝が、細長い両刃の光刃を形成した。 「……剣にもなるのよ……」 「……エストック(刺突戦法専用の刀剣)か……」 ルーファスは、菱形状になっている光刃の先端を見つめながら、剣の種類(形状)の名をあげる。 日傘は、傘の先端部分から光刃が生えているため、普通のエストックやサーベルなどより遙かに長く、剣というより槍のようだった。 「そんなふざけた剣で、この俺と斬り合おうってのか?」 ルーファスの左手の甲に黄金の紋章が出現する。 「神剣ね……少しきついかしら……?」 「ほざけっ!」 ルーファスは光輝の神剣ライトヴェスタを左手に召還すると同時に、一瞬で間合いを詰めてアンブレラに斬りかかった。 刃と刃のぶつかる音が響く。 「フッ……」 アンブレラの突きだした日傘の光刃の先端が、ライトヴェスタの刃を受け止めていた。 「……ふざけんな!」 ルーファスは剣を引き戻すなり、再び斬りつける。 だが、剣は先程と同じように光刃の先端で止められてしまった。 「てめえ……」 ルーファスは、普通に光刃で受けられたり、払われる何倍ものの屈辱を感じる。 アンブレラは全て『突き』で、剣の刃の厚み分しかない『点』で受け止めているのだ。 「上等だ……ならそのやり方で全て受け止めてみやがれ! 光輝剣舞!」 「無茶言わないで!」 光速の剣の乱舞が放たれる瞬間、アンブレラは日傘を開く。 次の瞬間、アンブレラの姿は宙に吹き飛んでいた。 「……まったく、乱暴な人ね……」 アンブレラは光刃の消えた日傘を上空にかかげて、ゆるやかに地上へと降下してくる。 「なんだ、刺突で捌ききるんじゃなかったのか?」 ルーファスは嘲笑うような笑みを浮かべるが、その笑みはどこか不満げでもあった。 「馬鹿を言わないで……限りなく光速で放たれる、素人ゆえに法則性すらない太刀筋を全て見切るなんてことができるわけないでしょう? 私は剣の魔王じゃないんだから……」 「まあな、俺の剣を剣術だけで全て捌ききれたのはあいつだけだ……て、なんで、お前がゼノンのことを知ってやがる?」 アンブレラは地上に着地すると、日傘を閉じる。 「私は剣士でも格闘家でもない……接近戦は得意じゃないのよ……そうね、遠距型の術師型……になるのかしら……?」 アンブレラは自分のことなのに、なぜか疑問系だった。 「はっ、そんな奴に一太刀ずつとはいえ、二度も受け止められたとはな……しかも……」 ルーファスは心底不快げな表情をしている。 「……さっきから、何が不満なのかしら、貴方は?」 「決まっているだろう? 俺の光輝剣舞を全て受けきって、破れもしないその傘だ! そして、お前のこの俺を前にして、その余裕ありげな態度がムカつくんだよ!」 「……それは素敵に傲慢なプライドね……」 アンブレラはクスリと上品に嘲笑った。 「何度も言わせるな、その態度が気に入らねえんだよ!」 ルーファスの右手から、先程のさらに倍の出力の光輝天舞が放たれる。 「フフフッ……」 アンブレラは日傘を広げると、正面から黄金の光輝を全て受けきった。 「ちっ!」 「いっそのこと封印を外してみたらどうかしら……?」 アンブレラの日傘の表面が紫黒の煌めきを放っている。 「……そうか、その傘……表面にお前のエナジーを集めて『盾』を創るための媒介か!」 「あら、今頃気づいたの? 神銀鋼だろうが魔黒金だろうが、ただの物質があなたの光輝をこんなに受けきれるわけがないでしょう? そんな当たり前のことにすぐに気づけないなんて……貴方、もしかして馬鹿なのかしら?」 アンブレラは、ルーファスが馬鹿なのか、馬鹿でないのか、本気で悩むような仕草をしてみせた。 「てめええっ!」 ルーファスの体中から爆発的な勢いで光輝が溢れ出す。 「自分の周囲にエナジーのフィールドを……全方位を守るように球状のバリアをエナジーで形成するより……日傘の表面だけにエナジーを張って『シールド』を創った方が、少ないエナジーの消費で、より強力なバリアが張れるのよ……どう? 結構いいアイディアだと思わない? 暮らしのエナジー節約術てところかしら?」 自分を包み込む巨大な球状の膜をエナジーで創るより、日傘の表面をエナジーで『コーティング』する方が消耗が少なくて済むのは、難しく考えるまでもなく、当たり前のことだった。 だが、そんなことを考えついて実行した魔族など、ルーファスの知る限りただの一人もいない。 要は実行することの難易度ではなく、最初に思いつき実行したことこそが肝心であり、価値があるのだ。 「……こんなに虚仮にされたのは……こんなにぶっ殺してやりたくなった奴は……久しぶりだ……」 ルーファスの声が先程までの怒り狂ったような激しさから、怖いほどに落ち着きはらった冷たいものに変わる。 そして、彼の全身から爆発的に溢れ続けていた光輝が全て、左手に握られたライトヴェスタだけに注ぎ込まれていった。 「……なるほど、現在の形態で使えるだけの光輝を全て光輝の神剣に注ぎ込み、限界まで増幅してから解き放つ……それなら確かに、私が全開でシールドを展開したとしても、貫ける……確率は高いわね……」 「……解ったなら覚悟を決めろ……それとも、逃げてみるか? この俺から……?」 ルーファスの声と眼差しは、氷のように冷たい。 「無理ね、私の方が貴方より『遅い』もの」 「そう言うことだ……そこで大人しくしていろ……今、原子一つ残さず地上から消し去ってやる……」 ライトヴェスタがまるで光輝を吸いきれずも苦しでいるかのように、激しい余剰光を放ちながら、悲鳴のような甲高い音をあげだした。 「神剣の吸収と増幅作業が間に合わない? なんてデタラメな光輝の量と質……いいのかしら、地上でそんな一撃を放って? 地上を灰燼に帰すつもりなの?」 「安心しろ、ここは空の上だ……最悪消し飛ぶのはクリアだけで済む……」 「……なっ?」 確かに、クリアは空に浮遊する島のような国であり、他の国々……大陸とは存在している『高度』が違う。 「正気なの? クリアだけなら完全消滅してもいいと……? 貴方の大切なあの……」 「ゴチャゴチャとうるさい……大人しく消えろ……」 ルーファスは、光輝がいまにも暴発しそうなライトヴェスタを振りかぶった。 「……完全にキレてるようね……まったく、困ったものね……」 アンブレラは何を思ったのか、傘を閉じると、自分の横の大地に突き刺す。 「……なんの冗談だ? 生身で『受ける』とでも言うつもりか……?」 「真逆……」 アンブレラが突然、己の体を強く抱き締めると、彼女の背中から、冥く輝く紫黒の光輝の翼が生えた。 一対の紫黒の光翼が羽ばたき、無数の光羽が美しく宙に舞い散る。 「……その姿……お前……まさか……?」 「お気になさらずに、この姿はただの全開状態……あなたの光翼と同じ、余剰の力が翼のように見えるだけのこと……ゲート!」 アンブレラは片膝を折ると同時に、紫黒の輝きを放つ右手を大地に叩きつけた。 次の瞬間、アンブレラを中心に、紫黒の光で描かれた巨大すぎる魔法陣が出現する。 「我は汝を召還する……来たれ、最凶の魔剣! 魔皇剣・四暗刻(スーアンコウ)!!!」 「なんだとっ!?」 魔法陣がこの世でもっとも暗く禍々しい閃光を放った。 その様は、魔眼王ファージアスが地上に姿を見せた時の現象に酷使している。 だが、今回地上に出現したのは、魔眼王ではなく、一振りの黒き大剣だった。 ゼノンの魔極黒絶剣のような非常識な大きさではない、普通の大剣の大きさと形をしている。 刀身も鍔も柄も全てが同じ物質できているかのように、同じ黒い輝きを放っていた。 鍔の中心に埋め込まれた巨大な宝石は、黒曜石でも黒玉でもなく、至高の黒金剛石(ブラックダイヤモンド)。 刀身は良く見ると、いくつかの線……紋様が描かれているようだが、それもまた刀身と微妙に濃さの違う黒で描かれており、遠目では何も描かれていないようにしか見えない細工だった。 「四暗刻だと!? あの馬鹿魔皇……!」 アンブレラは右手で柄を掴むと、暗黒の剣を一気に大地から引き抜き、そのまま片手で上段に振りかぶる。 「ちっ! 封印を解いてる暇はねえっ! この形態で足りるのか……!?」 ルーファスはライトヴェスタにさらに限界を超えて光輝を集束させ続けた。 「魔皇……」 暗黒剣の黒金剛石がまるで紅玉に入れ代わったかのように、赤い輝きを放ちだす。 次いで、刀身に赤い模様が浮かび上がっていった。 「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」 空高く跳躍するアンブレラの絶叫と共に、暗黒剣の刀身から、この世でもっとも冥い暗黒の炎が噴き出し、激しく絡み付くように燃え狂う。 「堪えろよ、ライトヴェスタ!」 「暗黒炎(あんこくえん)!」 ルーファスとアンブレラはまったく同時に剣を振り下ろした。 もし、今が夜ではなく昼間だったのなら、空一面を暗黒の炎が埋め尽くす光景が視られたことだろう。 クリアという島(大地)を一呑みにしよとした暗黒の炎の大波は、地上から放たれた黄金の光輝の大波と激突し、互いを打ち消そうと激しくせめぎ合った。 永遠のような一瞬の闘争の結果、大波は二つとも消滅し、世界に静寂が戻る。 クリアという浮遊島の存亡を欠けた闘争はこうして人知れず開戦され、人知れず終結したのだった。 白銀の剣が弾かれるようにして大地に突き刺さった。 その刀身の真ん中に、微かな亀裂が走る。 「……逃げたか……流石に一振り以上は使えないみたいだな……」 ルーファスは、元の静寂を取り戻した夜空を見上げながら呟いた。 アンブレラの姿はこの場からすでに消え去っている。 魔皇剣とライトヴェスタ、二つの力の激突の終焉の瞬間に、逃走したようだった。 「にしても……あの馬鹿……てめえの魔剣の管理も満足にできねえのか……!?」 『魔皇剣・四暗刻』……その名が示す通り、魔皇……魔眼王ファージアスが自分のためだけに創った、最強最悪の魔剣である。 ファージアスが己の体内に貯蓄し切れなかった余剰の暗黒闘気を材料に創った、いわばファージアスの分身とも呼べる暗黒剣だった。 元々は所詮、余った力の塊……それ程たいした魔剣でもなかった(それでも普通の魔剣クラスの力はあった)のだが、魔皇剣は何万、何十万年といった長い間、ファージアスの余剰闘気を主人にすら気づかれずに勝手に喰らい続けていたのである。 その結果、ファージアスがそのことに気づいた時には、星をも斬る星斬剣や、魔界最強の剣『魔極黒絶剣』にすら匹敵する最強最悪の魔剣に成長を果たしていたのだった。 星斬剣、魔極黒絶剣、異界竜皇剣といった能力に多様性はないが単純な破壊力なら十神剣すら凌駕する『幻の剣』達。 魔皇剣はその幻の剣達と同等の破壊力を持ち、同時に十神剣のような多用な特殊能力を有する……ある意味この世で最強の魔剣だった。 しかし、この魔剣には伝説も何もない。 なぜなら、実際に使われることが殆ど皆無だったからだ。 ファージアスは剣士ではなく、剣より拳を使うことを好んだし……それ以前に、こんな強大な力を持つ魔剣を使う必要がある相手が、使える場所があるわけがない。 魔剣を使える可能性としてあるのは、相手ならファージアスと同等の力を持つルーファス、場所なら広大な死の大地である魔界だけだった。 つまり、兄弟喧嘩以外に使い道がない剣なのである。 さらに哀れなことに、魔皇剣の真価をファージアスが知った時には、ルーファスはすでに魔界を去った後だった。 こうして、魔皇剣は一度も振るわれることもなく、魔眼城の倉庫の中で眠り続ける(封印される)こととなる。 「……いや、まさか……くれてやったのか……?」 それは最も有り得ないことで、同時にもっともあり得ることだった。 ファージアスが他人の喜ぶこと、利のあることをしてやる可能性は皆無。 だが、自分が楽しめる理由があるのなら……その限りではなかった。 あの訳の解らない傘女に不要な魔剣をくれてやるのも、使わせてみるのも、一興と思ったのかもしれない。 「ありえる……あの馬鹿なら……なんて傍迷惑な奴だ……」 ルーファスは、自分のことは完全に棚に上げていた。 「つっ……」 アンブレラは空を一人飛行していた。 その飛行は安定性に欠けており、ついには飛行とは呼べない浮遊がいいところの速度にまで落ち込んでしまう。 「たった一振り……暗黒炎を一撃放っただけで……この様とはね……」 アンブレラの右腕は、肘から指先まで見るも無惨に焼け焦げていた。 「流石は、魔皇のための魔剣……私ではまだまだ使いこなせないということね……」 アンブレラはゆっくりと地上に着陸する。 そこは森だった。 ルーファスの仕事場のある山でも、クリスタルレイクのある森とも違う……そもそもここはもうクリアの浮遊島ではない。 地上のどこかの国のどこかの森だった。 「……流石に限界ね……」 アンブレラは、首のチョーカー(ぴったりとした首飾り)に埋め込まれている赤い宝石を右手で撫でる。 『AVATAR』 機械的な起伏のない声が聞こえた瞬間、宝石から放たれた赤い閃光がアンブレラの姿を掻き消すように呑み込んだ。 「……ふう」 赤い閃光が晴れると、そこにはアンブレラの代わりに、茶髪に赤目の美人『紫月久遠』が立っている。 「くぅ……っ」 久遠は、左手で右手首を掴むと、顔をしかめた。 姿が変わった際に、火傷は完全に消えさっているが、痛みは、ダメージは消えてはいない。 「……しばらくはまともに動かせないか……」 久遠は崩れ落ちるようにして、大木にもたれかかった。 「……んっ……とりあえず、ここが何処か確認しないと……」 座標を関知しようにも、頭が働かない、瞼が勝手に閉じてくる。 「……しまった、もう朝に……それにエナジーを使いすぎて……こんな所で無防備に……くっ……んっ……」 久遠は激しい睡魔に逆らうことができず、深い眠りへと落ちていった。 一言感想板 一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。 |