デス・オーバチュア
第157話「ハードボイルド・ゴッドスレイヤー」




「……誰、あなた?」
リューディアがシンとイヴを従えて、至高天の心臓部に辿り着くと、そこには先客が居た。
黒い衣に髑髏の顔……人がイメージする死神そのもの存在が、至高天の動力炉の前に座り込んでいる。
「……なるほど、光輝を喰らい城を動かす出力に変える生きた動力炉(エンジン)か……さしずめ光輝炉(こうきろ)といったところか……つまり、この城は光皇か、聖魔王にしか動かせない……今は貯蓄されている分の光輝で動いているに過ぎない……」
髑髏から若い男の声が聞こえてきた。
「エネルギー源ともいえる聖魔王無き今、主砲は撃てて一発といったところか?」
「その通りよ……やけに察しがいいじゃない?」
ただ浮遊、飛行しているだけなら『主』無しでも何の問題もない。
だが、城に設置されている無数の魔導砲、特にその主砲や、城の巨体を全て包み込むバリアを使用すれば話は別だ。
ホワイトの街より巨大な口径の主砲はその威力ゆえに、バリアは守るべき城の巨体さゆえにその消耗は凄まじい。
「そうたった一発……だが、その一発を撃たれては困るのだよ……」
死神はゆっくりと立ち上がった。
その左手には鞘に入った極東刀が握られている。
「そもそも、あなた、いったいどうやって入ってきたのよ? この至高天内には主に許可を貰った者しか転移はできないはずだし、魔導砲を始め無数の迎撃装備があるから空から近づくことだってできるはずが……えっ!?」
「姉さん!」
リューディアは突然、シンに真横に突き飛ばされた。
彼女の真横に発生する爆音と爆風。
「……シン?」
死神の極東刀で心臓を貫かれたシンが壁にめり込むように叩きつけられていた。
「身を挺して庇ったのは立派だが……剣を抜くのが遅すぎるぞ、雑魚が……」
死神はシンの腹部に蹴りを放つと同時に極東刀を勢いよく引き抜く。
「……あなた、今何をしたのよ……?」
「何をした? ただの『突き』だが?」
「突きって……」
「姫様、離れて!」
リューディアの前にイヴが飛び出してきたかと思うと、爆風と爆音が、イヴごしにリューディアを襲った。
「くっ……イヴ!?」
壁際に居たはずの死神がイヴと向き合っている。
死神の右手が突きだした極東刀が、イヴの突きだした左掌を刺し貫いていた。
「ほう、加減したとはいえ……俺の突きを止めたか……」
「聖なる爆弾(セイントボム)!」
イヴは突き刺された左手を引き抜くと同時に右手を突き出す。
銀色の閃光の爆発が死神の姿を覆い隠した。
「悪くない……お前は合格だ……」
爆発が晴れると、そこに死神の姿はない。
黒い衣の破片だけが風に舞っていた。
「し……姫様!?」
イヴが悲鳴のような声を上げながら振り返る。
イヴの瞳に映ったのは、背後から斜め一文字に両断されるリューディアの姿だった。



「凄い……」
タナトスは、真っ二つに両断され、分かれていく至高天を呆然と見つめていた。
「いや、駄目だ……」
「えっ?」
「ああ、駄目だな、綺麗に斬りすぎだ」
ゼノンの否定の発言にルーファスが同意する。
「ルーファス、何が駄目なんだ……?」
「斬りどころが『良かった』のか、爆発しないんだよ」
「それって……」
「二つに分かれたとはいえ、充分すぎるデカブツだ、あんなのが地上に落ちたらどうなるかな?」
「あっ……」
タナトスはようやく理解した。
ホワイトの国の全領土と同じぐらいの大きさの城が、二つに分かれて空から落ちてくる。
それは、少なく考えても、巨大隕石が二つ空から降ってくるようなものだ。
「ふ、不覚……でした……」
聖光の刃の消えた黄金の柄を握りしめたまま、セイルロットがバタリと前のめりに倒れ込む。
「ちっ、この役立たず『勇者』が」
ルーファスが唾でも吐きつけんばかりに毒づいた。
「……勇者? 勇者ってあの魔王とかを倒す英雄のことか? お伽噺の?」
「正確には少し違う。俺達(魔族)の言う勇者ってのは、人間の中に時おり生まれる突然変異体(ミュータント)のことだ」
「ミュー……太?」
「突然変異体(とつぜんへんいたい)のことだよ。解りやすく言うなら対魔族に特化した人間てところだ」
「ふむ?」
「異常に丈夫な肉体、限界の無い才能、天使や神族並の神聖力と魔性の力への耐性……まあ、理論上は魔王すら倒せる可能性を持つ人間……魔族の天敵みたいな珍獣だよ」
「限界の無い才能?」
「そのままの意味だよ。こいつらは経験を積めば積むだけいくらでも強くなる……レベルに限界がないんだ。それこそ、いつかは魔王や神のレベルにすら達するさ」
「それだけならたいした問題ではありません。問題は……魔族、特に魔王との相性が最悪だということです。そのことは本能レベルで刻まれています……そこのフィノーラがいい例ですね」
口を挟んだセルは、フィノーラに視線を向ける。
「この鳥肌ってそういうこと? 凄く嫌な感じ……初めて見たは勇者なんて珍獣……」
フィノーラはセイルロットを見ているだけで鳥肌が立つといった感じだ。
「本能的ではなく理屈的に言うなら、さっきの力だ。見ただろう、こいつがあっさりと至高天をバリアごと真っ二つにするのを……あのバリアは魔王クラスの使うエナジーバリアと似たようなモノだ……それをあんなにあっさりと斬れるのがこいつが勇者だって証だ。魔王の力に強い耐性と有効性を持つ人間……まさに天敵以外の何者でもない」
「今はまだレベルもエナジー量もそれ程の驚異ではありませんが……芽のうちに一応摘んでおきますか?」
セルの右掌に翠色の風が集まりだす。
「フッ、それは野暮というものだ。果実は熟すだけ熟させて狩るべきだ」
セルを止めたのはミッドナイトだった。
「フフフッ、それもそうですね。生かしておいた方がいろいろと面白い可能性を生み出してくれるでしょうしね……」
セルは掌の上に集めた風を掻き消した。
「どうでもいいけどよ。あれは放っておいていいのかよ?」
魔王達に割り込んで、ラッセルは空を指差す。
「たわけ共がっ! あの城はもう今にも落ちるぞ!」
アニスの言うとおり、二つに分かれた至高天の残骸はゆっくりと降下しだしていた。
「そうだった……ルーファス!」
「ああ、俺は駄目だよ。さっき超竜波撃ったばかりでお疲れなんだよ、これでもね。今の状態で撃てる光輝天舞なんかじゃ殆ど至高天にはダメージを与えられないだろうね……なあ、ゼノン?」
「ああ、そうだな……オレも今日はもう天破剣は使えない……無理して四天奥義が一回といったところか……」
「あ、私に期待しないでよ。あなたとの戦闘でエナジーを殆ど使い切っているんだから……もう、武器一つ作る力も残っていないわ……」
「私は傍観者ですので、積極的に自分が前に出るつもりはありません……」
「フッ、今は魔夜(飛び道具)が手元にない……」
順にルーファス、ゼノン、フィノーラ、セル、ミッドナイト。
タナトスは心の底から思った。
こいつ(魔王)ら全員役立たずだ!……と。
「さてと、じゃあ、タナトス、また今度ゆっくりと話しましょう〜」
「ふっふっふっ、何だかんだで、結構楽しかったよ……じゃあ、またいつか……」
「……魔王揃いて、国一つの滅亡で済むなら易いものですね……」
羽ばたきの音と共に、黒、赤、灰色の三匹の鴉がこの場から飛び去っていった。
「あっ……」
何て無責任な鴉達だろう。
いや、そもそも気まぐれな鴉達に縋ろうとすること自体間違っていたのだ。
「私が自分でなんとか……」
「いや、無理だってタナトス。お前、飛び道具というか光線系の技ないだろう? 死気の風とかぶつけたってサイズ的に無駄だし、竜巻を起こす程にはまだ回復しきっていないだろう? まあ、例え起こせても竜巻程度じゃね……」
「うっ……」
確かにルーファスの言うとおりである。
至高天がバリアを張れなくなったとはいえ、あのサイズの物体を遠距離から一撃で吹き飛ばせるような技はタナトスにはなかった。
「ええい、お主、ライト機能で撃ち落とさぬか!」
「ああ? なんだよ、それ?」
「決まっておろう、その魔導機に搭載されている破壊兵器じゃ! 制御が難しいスカイ機能は駄目でも、ライト機能くらいならお主でも使えるはずじゃ!」
アニスとラッセルの会話がタナトスの耳に聞こえてくる。
「……お前達、何とかできるのか?」
「被害を半分にすることぐらいならできるはずじゃ」
「……私に手伝えることはあるか?」
「ふむ、そうじゃな……よし! お主、台座になれ!」
「台座?」
「よいか、お主ら、まずはじゃな……」
アニスは、タナトスの疑問には答えず、これから行うことの説明を始めた。



「ほう……この城を真っ二つに斬ったか……これが、伝説の魔法騎士サウザンドに匹敵するという神聖騎士セイルロットの力か……どうやら、テストの必要はないようだな……」
白髪に赤い瞳の青年は極東刀を鞘に戻しながら呟いた。
身に纏っているのは赤いシャツと黒いズボン。
男は黒いコートをラフに羽織ると、さらに、短い白髪の上に黒い帽子を被り、黒一色の眼鏡(サングラス)で血のように赤い瞳を隠した。
「待ちなさい! あなたは何者ですか?」
斜めに両断されたリューディアの体を崩壊しないように抱き支えながら、イヴが青年の背中に声をかける。
「フッ、そうだな通りすがりな正義の味方さ」
男は皮ベルトの左腰に極東刀を差し込む、反対側の右腰には拳銃が固定されていた。
「ふざけないでください! 姫……リューディア様とシン様をこんな風にしておいて……」
「だから、試しただけで滅してない……俺がその気なら簡単に滅することができたのに、わざと手を抜いてやった……感謝してもらってもいいくらいだ」
「…………」
イヴは無言で男の背中を激しく睨みつける。
「まあ、精々養生させてやるんだな」
男は話すことはもう何もないとばかりに歩き出した。
「……名乗りもせずに消えるつもりですか?」
「そうだな……その辺に転がっている布切れに数字が刻まれていないか?」
イヴは言われたとおり、床に散らばっている布切れ達に視線を向ける。
「……弐?」
「そう、ガルディア十三騎が弐……神殺しのギルボーニ・ラン……それが俺の名だ」
「神殺し……そういうことですか……」
「その二人神族の血が濃かったみたいだな……俺につけられた傷は簡単には癒えまい……三ヶ月ぐらいは安静にしていることだ、滅びたくなければな……」
「……忘れませんよ、あなたの名前と顔……」
「そいつはいい、主人の仇が討ちたいならガルディアに来い……後で招待状も送ってやる……お前は合格者だからな」
「合格者?」
「じゃあな、女装好きな怪物王子(モンスタープリンス)……次は本気で殺り合おうぜ」
背中を向けたまま指二本で別れ告げると、ギルボーニ・ランは姿を掻き消した。




ラッセルとアニスを乗せた馬威駆が、タナトスの背後からジャンプしてきた。
タナトスは落下してきた馬威駆を、大砲のように受け止め支える。
「ぐっっ……がああっ……」
「そう、そのまま……いや、角度をもう少し上じゃ……」
「ご……こうかぁ……?」
馬威駆とラッセルとアニスの重量を支えるタナトスの肩、膝、そして腰に凄まじい負荷がかかった。
「照準良し! 撃て、小僧!」
「命令するんじゃねえ!」
馬威駆の前面のライトに普段とは違う輝きが宿る。
「ナーサリーライト!」
ライトから発射された光弾が、二つに分かれた至高天の一つに命中した。
次の瞬間、凄まじい爆発が至高天の一つを呑み尽くす。
爆発が晴れると、至高天の一つは文字通り跡形もなく消え去っていた。
「ぐっ……はあはあ……」
タナトスは馬威駆を地に降ろすと、呼吸を整える。
「大丈夫か、タナトス? 腰は大事にしてくれないと……」
「うるさい、黙れ! そ、それより……もう片方を……二発目を……」
「いや、それは無理じゃ。チャージというか、反陽子の生成に時間がかかる……連射は不可能じゃ」
「半酔う死?」
「反陽子(はんようし)、アンチプロトンのことじゃ……まあ、要するに弾切れじゃ」
アニスはピョンと、ラッセルの背中こと馬威駆の上から飛び降りた。
「おいおい、弾として何個か貯蓄してあるんじゃなくて、いちいち生成させてから撃っているのか?」
「仕方あるまい、反陽子……反物質なんて危険で得体の知れないモノを常に大量に内臓していられるか? いや、ただ単に設計上のスペース問題かもしれぬが……」
「半武士痛?」
アニスの口にする単語はタナトスには未知のモノばかりである。
「訳が解らない……て、そんなことより、もう一つの方を……」
『ライトニングパニッシャー(電光神罰砲)!』
タナトスの声を遮るような轟音と共に、巨大な電光が空を駆け抜け、至高天に直撃した。
電光に中心を貫かれた至高天は崩壊し、数個の巨大な残骸と無数の小さな破片と化し大地に落下していく。
「いくら、射撃が下手なわたしだって、あんなでかい的は外さないわよ」
タナトスが背後を振り返ると、大地に突き立った巨大な十字架に寄りかかっている幼い修道女の姿が見えた。



セレスティナは大地の刃(アースブレイド)の背に乗って空を駈けていた。
「アースクラッシャー(大地の圧壊機)!」
セレスティナは両足でアースブレイドの唾を蹴りだし、剣と己の体を一つにして、至高天の巨大な残骸を打ち貫く。
そして、再び空中でアースブレイドの背に乗りながら軌道を反転し、次の残骸に挑みかかった。
残骸を貫く、方向転回、残骸を貫く、方向転換、その繰り返し。
セレスティナが全ての残骸を粉砕し終えるまでたいして時間は必要としなかった。
「はい、お仕事終了〜」
作業を終えたセレスティナは、誰も居ない大地に降り立つ。
「お嬢様〜! クロスティーナお嬢様〜!」
しばらくすると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
声は段々とこちらに近づいてくる。
「姿が見えないと思えば……ずっと一人で『お嬢様』を捜していたのね……そうね、そろそろ返してあげないとね……じゃあ、クロスティーナをお願いね、ファーシュ」
セレスティナは、体の支配権をもう一人の自分……クロスティーナに明け渡すことにした。





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一言感想板
一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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