デス・オーバチュア
第147話「ファイナルニュークリアウェポン(最終核兵器)」





数分後、天上に穿かれた大穴から、ファージアス唯一人が降り立った。
「待たせたな」
「……クライドはどうしました?」
「さあな? 成層圏まではつき合ったが後は知らん……熱圏で燃え尽きたか、世界の外に弾き出されたか……」
セルの問いに、ファージアスは興味なそうに答える。
「成層圏? 熱圏?」
タナトスには意味の解らない単語だった。
ただ、とてつもない空の彼方にまで、クライドという人物が蹴り上げられたということだけはなんとなく解る。
「まあ、いずれにしろ、すぐには戻っては来られまい」
ファージアスは視線をタナトスの背後のセルに向けた。
「我を阻むか、原初細胞? それならそれで我は一向に構わんぞ」
「さてさて、どうしたものでしょうか?……クロスティーナ程ではありませんが、彼女もまた興味深い観察対象ではある……」
「ほう、では、己が存在をかけて庇ってみせるか?」
「そうですね……おや?」
セルが思案していると、彼女達とファージアスの間に漆黒の死神が割り込む。
『…………』
「えっ?」
真後ろに居たタナトスは、死神の微かな溜息が聞き取れた。
『……冥月(めいげつ)……』
死神がローブの中から、黒いロッド(短い棒)を取り出したかと思うと、棒は彼女の身長よりも長く伸び、先端から血のように赤い宝石でできた刃が生み出されていく。
「死神の大鎌?」
それは、漆黒に骸骨の衣装に相応しい、タナトスの魂殺鎌にも見劣りしない見事な『死神の大鎌』だった。
『冥府魔道流……死走冥落(しそうめいらく)!』
死神は振り下ろした大鎌を床に突き刺す。
刃の突き刺さった場所を始点に、漆黒の影がファージアスの足下へと疾走するように伸びた。
「むっ?」
ファージアスの足下が、影に吸い込まれるように沈んでいく。
「冥府魔道流だと……貴様、本物の死神か!?」
『冥府魔道流、死空狂乱(しくうきょうらん)!』
死神が大鎌を床から引き抜くと同時に振り回すと、無数の『闇の刃』が一斉に解き放たれた。
「死気乱舞?」
その技は、タナトスの死気の刃の乱れ撃ちに酷使している。
だが、一つ一つの刃の大きさと飛来する速度はタナトスの三倍以上だった。
「つっ……」
ファージアスは手首を合わせた両手を突き出す。
「波動砲(はどうほう)!」
目に見えぬ衝撃が奔り、飛来する全ての闇の刃を跡形もなく消し飛ばした。
「ふん!」
そして、ファージアスが左手を己が足下に突き出すと、彼を膝まで呑み込んでいた漆黒の影が闇の刃と同じように消滅する。
「まさか、地上で冥界の住人と殺し合うとは思わなかったぞ」
『……少し違うのう。確かにこれは死界の御技だが……我が身は死神にあらず……』
「ほう? 冥府魔道流とは冥王と死神だけの技だと思ったが……生きた人の身で死界の技を修めたというのか?」
『人間、長く生きていれば色々なことがあろう……死界の技を学ぶ機会もあれば……魔界の皇と屠り合う機会もなっ! 冥府魔道流、死空冥雷(しくうめいらい)!』
死神が大鎌を振り下ろすと、天から闇色の雷がファージアスを狙って落ちた。
闇の雷は、ファージアスを包む限りなく透明な球状の膜に阻まれる。
『冥府魔道流、死走冥刃(しそうめいは)!』
死神が大鎌を床に突き刺すと、死走冥落の時と同じように漆黒の影が地を駈けた。
「ふん、名前が違うだけでまるで同じか、エナジーバリアごと我を呑み込むつも……つっ!?」
迫る影の中から漆黒の巨大な刃が突き出る。
漆黒の刃はスパン!と心地よい音をたててエナジーバリアを切り裂いた。
ファージアスは暗黒闘気を集束させた右手で、漆黒の刃を受け止める。
「散れ」
ファージアスの右手から迸った波動が漆黒の刃を跡形もなく粉砕する。
「ふむ、受けに回ってはいささか面倒なようだ……こちらから攻めさせてもらうぞ」
ファージアスは一歩で死神との間合いを詰めた。
「魔皇暗……」
『死界冥動(しかいめいどう)!』
ファージアスが拳を突き出すより速く、死神は大鎌の柄で床を叩く。
「くっ!?」
直後、死神を中心に全方位に黒き波動が解き放たれ、ファージアスを吹き飛ばした。
『そこの死神もどき……』
「……私か?」
『確と見た? これが真の死神の殺法というものじゃ』
死神は、まるで折りたたみの傘か何かのように、大鎌を元のロッドに戻すと、ローブの中にしまい込む。
『今のままでは至宝の持ち腐れじゃ……』
「むっ……」
文字通りむっとしたタナトスは無視して、死神はこの場から立ち去ろうとした。
「待て、なぜ、矛を……いや、鎌を収める」
体勢を立て直して着地したファージアスが死神を呼び止める。
『……後ろ』
死神は問いに答える代わりに、ファージアスの背後を指差した。
「メルトダウン!」
ファージアスは、振り返るまでもなく、背後から爆発的な高熱と閃光を感じとる。
「アトミックインパクト(核撃)!」
破滅の光を全身で纏ったアンベルは、ファージアスの右頬を、彼の右手ごと、思いっきり殴り飛ばした。



派手に吹き飛ばされたファージアスは、空中で回転し、壁に床のように着地した。
そのまま、天地がずれたかのように、重力を無視して壁に立ち続けている。
「ふむ……魔王より、人間や人形の方が歯応えがあるとは……笑い話にもならぬな」
ファージアスは壁を蹴って跳躍し、こちらに向かってくるアンベルを迎え撃った。
暗黒の拳と核光の拳がぶつかり合い、スパークする。
「んっ!」
アンベルの放った左上段回し蹴りがファージアスの頭部に直撃した。
しかし、ファージアスは今度は吹き飛ばずに踏み止まり、暗黒闘気を集めた左拳をアンベルの右頬に叩き込む。
「ぐっ……」
アンベルは数歩だけ横に体を流されながらも、すかさず右の肘鉄で反撃を放った。
ファージアスは右頬に肘鉄を食らいながらも、右足をアンベルの後頭部に蹴り込む。
相手の攻撃を防ぐことよりも、自分の攻撃を相手に叩き込むことを優先する、一進一退の格闘戦が繰り広げられた。
「なっ……あれが本当にアンベルなのか……?」
タナトスは呆然と魔皇と人形の互角の戦闘を見つめる。
「……そう……あれがアンベルお姉ちゃんの真の力……リミットブレイクした姿なの……」
いつのまにか、ボロボロ、穴だらけになった洋服のスカーレットがタナトスの傍に立っていた。
修復する気がないのか、できないのか、自らのメスで負った怪我は完全に修復(回復)されているのに、洋服だけは蜂の巣にされた無惨な姿のままである。
「リミットブレイク?」
「全開状態……ううん、限界を超えた状態……暴走にも等しい……破滅と引き替えの超パワー……」
「破滅!?」
「あの出力に機体が持たないの……お姉ちゃんは私達の中でもっとも生体部品が多い脆弱な体なのに……私達の中で一番……ううん、桁違いの高出力の……」
「魔皇降臨脚!」
瞬時にアンベルの頭上に移動したファージアスは、暗黒闘気を集束させた右足でアンベルの脳天を蹴り抜いた。
床に叩きつけられたアンベルは、床をぶち抜いて地下へと消えていく。
「楽しかったぞ、人形。我とここまで渡り合えたのは、眷属以外では貴様が初めてだ」
ファージアスは飛翔すると、両手首を合わせて真下に突きだした。
今までになく爆発的に全身から溢れ出した暗黒闘気が、両手の掌だけに集束されていく。
「魔皇暗黒波動砲(まおうあんこくはどうほう)!」
魔皇暗黒拳数発、いや、数十発分の暗黒の波動がアンベルの消えた穴に向かって解き放たれた。



タナトスはセルに背後から抱かれて宙に浮いていた。
部屋の中央当たりにはファージアスも浮いている。
「アンベル……」
広大な部屋の床が全て吹き飛んでいた。
もし、セルが抱き上げてくれなかったら、自分もまた眼下に広がる底の見えない暗黒へと落ちていただろう。
アンベルだけでなく、気を失って床に倒れていた者達の姿が一人も見えない、恐らく全員暗黒に堕ちてしまったに違いなかった。
「滅茶苦茶だね……一見、被害範囲はたかが部屋一つ分に見えるけど……破壊力自体が根本から違う……範囲がこの程度で住んでいるのはあくまで『集束』された一方向への破壊だからであって……破壊力自体は原爆どころか、水爆より遙かに上だよ……」
浮遊するスカーレットの足に掴まっているアズラインが眼下の暗黒を眺めながら呟く。
原爆とか水爆という言葉の意味は解らなかったが、とにかく魔皇暗黒波動砲が凄い破壊力、爆発力だと言ってることはタナトスにも解った。
「むっ……今ので殆ど全てのエナジーを消費してしまったか……これではもう後数分と保たぬな……」
ファージアスは己の掌を見つめながら呟く。
「いささか遊びすぎたか……あやつに……んっ?」
暗黒の底に微かな輝きが生まれた。
輝きはその大きさと強さを急速に増していく。
「……アンベル・ファイナルエリュシオン(琥珀最終核楽園)!!!」
「むっ!?」
暗黒全てを埋め尽くすような破滅(核)の閃光がファージアスを呑み込んだ。



「我が暗黒の波動にも劣らぬ見事な破滅の光だった……おそらく、エナジーバリアでも、暗黒障壁でも耐え切れなかったであろう……」
無限の暗黒の中、今の一撃で浮遊するための力すら残さず使い切り、ゆっくりと落下していくアンベルを、背後に出現したファージアスが抱き締めた。
「うっ……?」
「歪空ですら呑みきれなかったかも知れぬ……咄嗟に回避を選択しなかったら我の負けだっただろう……少なくとも、この仮初めの体は跡形もなく消し飛んでいたに違いない」
「離……っ!?」
暴れて拘束から逃れようとしたアンベルの目を隠す包帯が切り裂かれる。
不可思議で怪しげな輝きを放つ琥珀色の瞳と、闇よりも昏く深い暗黒の瞳の視線が交錯した。
「ほう、実に面白い瞳をしているな」
ファージアスは玩具を見つけた子供のようなとても無邪気な笑みを浮かべる。
初めて見せる、見下しでも、嘲笑いでもない、純粋な笑顔だった。
「……さ、さっさとトドメを刺してください……」
アンベルは瞳に宿る力を先程から行使しているつもなのだが、ファージアスには何の効果もない。
それは、自分の消耗ゆえか、相手の強さゆえか、いや、考えてみればそもそも、実力者なら人間にすら破られた力が、魔の極限とも言える存在に通用しないのは、不思議なことでも何でもなかった。
「……それは貴様を好きにしていいということか?」
「はい?……ええ、そうですね、それが勝者の権利ですね……」
どうやら、この魔皇は自分はあっさりとは破壊してくれなさそうである。
弄ばれる……じわりじわりとゆっくりと苦しめられながら破壊されるのだろうか?
それも仕方ない……自分は負けたのだから……。
「そうか、解った」
「んっ!?」
ファージアスはいきなり、自分の唇でアンベルの唇を塞いだ。
「んんんんっ!? むうううううっ! ぷはっ、いきなり何するんですか!?」
アンベルはやっとのことで、接吻と、抱擁の拘束から逃れる。
「なんだ? 人形なのに息ができなくて苦しいとかあるのか?」
「うっ……」
アンベルは荒い呼吸を整えながら、ファージアスを睨みつけた。
今のアンベルには睨むぐらいしかできることがない。
「どうした、顔が赤いぞ? 口づけ一つでその様では、まるで初心な処女だぞ。男性経験豊富な非処女なお前らしくもあるまい」
「なっ!? 何を勝手に他人のことを淫乱な汚れ穢れまくった使い古し女とか決めつけているんですか!」
「そこまでは言ったつもりはないが……そうそう、面白いことを教えてやろう」
ファージアスは話題を変えるかのように、楽しげな微笑を浮かべて言った。
「我と我が半身、最愛の弟ルーファスでは決定的に違うところがある……どこだか解るか?」
「……別に知りたくもないですよ……」
「そうかそうか、そんなに知りたいか。良かろう、貴様にだけに特別に教えてやろう」
「…………」
「それは女の趣味だ。あやつは、あらゆる意味で汚れていない、純粋な女を好むが……我は、汚れ、穢れて……ひねくれ、歪んだ女が大好きだ、そう、貴様のような」
ファージアスは、宣言するなり、アンベルを抱き寄せる。
「なあっ……だから、何をするんですか!? 離し……」
「無理をするな、もう浮遊する力もろくに残っていまい」
「あっ……」
「やはり、貴様は良いな。その内に秘めた憎悪と絶望、他者に、そして自分自身に対する嫌悪……美しいまでに貴様の心は黒く染まりきっている……それでこそ、我が傍らに侍るに相応しい……」
「何を勝手なことを言っ……」
「我と共に来い。今は、自分にない綺麗なモノに憎悪と共に惹かれてもいるのだろうが……貴様は綺麗なモノとは共には歩めぬ。貴様は真逆の存在、穢れの極地の存在なのだからな……いずれ、汚したく、壊したくなるだけだ。自分と同じように滅茶苦茶にして……」
「黙れ! わたしの何もかも見透かしたように……」
「ああ、見透かしているとも。貴様がどういう過程を得て今のようになったのかは知らんし、興味もない。だが、今、貴様がどれだけ穢れ、歪み、黒く染まっているのかは解る。我は暗黒……無窮の闇にして絶対の悪、この世の穢れは全て我と共にある……」
「わ……訳の解らないことを言わないでください!」
「ふむ、そうだな、確かに余計な言葉が多いかもしれん。では、至極簡潔に言おう。今から貴様は我の『物』だ。我のためだけに生きよ」
「そ、そんな勝手……」
「この我に『求婚』されて受け入れぬ女などおらぬ。いや、断ることなど許されぬのだ」
「…………」
本気だ……この男は揺るぎない自信でそう信じているのだ。
まるでそれこそがこの世の絶対の法則でもあるかのように……。
「……馬鹿だ……最強……最凶の……馬鹿……」
エネルギーが完全に底を尽き、アンベルは最凶の馬鹿の腕の中で意識を手放した。






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一言感想板
一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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