デス・オーバチュア
第134話「千夜一夜の夢の跡」




「千夜の安らぎよりも、熱く激しく燃える一夜こそを望む……どうやってもオレは利口には生きられないらしい……いや、そもそもオレには生死などどうでもいい……ただひたすら、より極上なモノに惹かれてしまう……例えそれが我が身を滅ぼすと解っていても飛び込むことを止められない……自殺願望に等しき殺戮欲求……」
サウザンドはゆっくりとした足通りで部屋の中に入ってきた。
「ああ、アンタという極上の存在を知ってしまった今……他の雑魚には食指が動かない……さっきの悪魔なんかも昔なら最高のご馳走に思えただろうに……アンタらの輝きの前には霞んでしまう……」
最初は、勝っても負けても自分を滅ぼすことになる雪の魔王と、今はまだ絶対に勝てない剣の魔王は避けて、他の者と殺し合いを楽しむ予定だったのである。
だが、サウザンドにはそういった利口な……普通の人間なら迷わず選ぶ、自らの生存率を上げる選択肢を選べなかった。
破滅しか待っていない選択肢を迷わず選んでしまう、愚か者。
「まるで、より強い明かりに飛びついてくる虫だな。例え、その明かりが自らの身を焼き尽くすと解っていても本能には逆らえないか? 良かろう、本懐を遂げさせてやる」
ゼノンはゆっくりとした足取りで、フィノーラの前に出ようとした。
「待てよ、ゼノン。オレはアンタより先に、そっちの白い女と殺し合いたい」
サウザンドの視線はフィノーラ唯一人だけに向けられている。
「あなた正気なの!? あなたは私が作った雪像に魂を宿らせただけの仮初めの存在なのよ! 私を殺せば、あなたは存在を保てなくなるの! 再び死にたいの!?」
フィノーラにはサウザンドの行動がまったく理解できなかった。
逆らうだけならまだしも、創造主である自分を殺そうとする? 
それも、おそらく創造主を殺せば、自らどうなるか知っていながら……どちらに転んでも自殺にしかならないことをこの騎士は行うとしているのだ。
「別に生も死もオレには大差ない。地上だろうが、冥界(死界)だろうが、やることは何も変わらない……ただひたすら殺し合いを繰り返すだけだ……永久にな……」
「……理解できないわ。あなた、この世に未練の一つもないの……?」
「未練……未練か……そうだな、できればアンタらみたいな化け物が他にもいる魔界って所に行ってみたかったな……だが、アンタらとここで殺り合えるなら別にそれだけでいいさ。勝っても負けても、満足して死界へと帰ろう……」
サウザンドは腰の双剣にそれぞれ手を添える。
「そう……つまり、あなたは……闘うこと、殺すことにしか興味がないのね……自らの命にすら欠片の執着もなく、ただ、より強き者と殺し合いたい……それだけがあなたの全てなわけね……」
「然り。納得頂けたのなら、お相手願えるかな、雪のごとく白き女よ?」
「ええ、解ったわ……小娘の前の前菜として嬲り殺して、冥界に送り返してあげるわ、この世で一番の愚かな騎士」
フィノーラが指を鳴らした瞬間、世界が一変した。



氷結夜(ひょうけつや)。
凍りついた夜の世界。
遺跡か迷宮の一室だったはずの場所が、冷たく物悲しい深夜の銀世界(白雪に覆われた山野)へと変貌していた。
この果ての無い銀世界には、フィノーラとサウザンドの二人しかいない。
すぐ傍に居たはずのゼノンの姿すら何処にもなかった。
「ふん……マハ……あの血色の鴉の世界と似たようなものか?」
サウザンドはすぐに全てを理解したのか、欠片も動揺していない。
「ええ、高位の魔属や神属ならこういった自分だけの『世界』を持っているわ。プライベートワールド……まあ、別荘というか秘密基地というか……隠れ家以外の主な使われ方としてはバトルフィールドね。ここなら邪魔は絶対に入らないし、世界に与える被害も気にしないで、思いっきり心ゆくまで戦える……どう素敵でしょう?」
フィノーラは無邪気でありながら妖艶な笑みを浮かべた。
「ああ、最高だ……やっぱり、アンタならオレを満足させてくれそうだ」
サウザンドは双剣を迷わず抜刀する。
自分の方が格下なのだ、力を勿体ぶる必要は何もなかった。
「もっとも、この世界は元々、あの人のお古だったんだけどね……」
だからこそ、『氷』結夜という名なのである、この『雪』の世界は。
「では、殺し合おうか」
「ええ、いつでも、どこからでもどうぞ」
フィノーラの自信溢れた言葉に、満足げな微笑を浮かべると、サウザンドは一足で彼女との間合いを零にした。
「双手千斬(そうしゅせんざん)!」
双剣がそれぞれ千の斬撃、計二千の斬撃を一瞬で放つ。
フィノーラは爆発するように跡形もなく弾け飛んだ。
「ちっ、雪で作った虚像か」
「九尾の白鞭(ナインティルホワイトウィップ)!」
サウザンドの背後から九つの鞭が同時に襲いかかる。
「ぬるい!」
サウザンドは振り向き様に左手の千手斬(せんしゅざん)で九つの鞭を全て弾き返した。
「ぬるすぎる、たった九発の同時攻撃? そんなものがオレに通じると思うのか?」
フィノーラが九つの又を持つ鞭を振るう間に、サウザンドは余裕で千回は剣を振るえるのである。
例え、フィノーラの鞭の一つずつがサウザンドの一太刀の百倍の威力を持っていようと、余裕で打ち消すことが可能だった。
「やっぱ試すまでもないわね……うん、あなたいい線いってるわよ、剣士として。接近戦……武器での打ち合いじゃ私なんて相手にもならないわね」
フィノーラは雪の大地を鞭でビシッと叩く。
次の瞬間、鞭で叩かれた場所から、大鎌を持った雪だるま(二つの大きな雪玉が合体した雪像)が全部で九体飛び出した。
「先程の偽者といい、雪で傀儡(くぐつ)を作るのがアンタの能力か?」
「別に傀儡だけじゃないけどね、雪を自在に操るのが私の能力よ。雪姫(せっき)、スノープリンセスの名は伊達じゃないわ」
「なるほどな、それでこのバトルフィールドなわけか……」
いちいち雪を無から生み出すまでもなく、雪はこの世界中を埋め尽くしている。
これ程、フィノーラにとって有利な地形もなかった。
「行け行け、デススノーマン! 私の忠実な下僕達!」
九体の雪だるまが一斉にサウザンドに斬りかかった。
「雑魚に用は無い、千切れて消えよ……千手千斬(せんしゅせんざん)!」、」
サウザンドの右手の剣が閃光を放つ。
次の瞬間、全ての雪だるまが跡形もなく切り刻まれて消滅していた。
「嘘? デススノーマンを片手だけで瞬殺……一体一体に高位魔族クラスの戦闘能力を与えたのに……」
「まさか、この程度で終わりじゃないだろう? もっともっと、オレを楽しませてくれ!」
サウザンドは双剣を交差させて、フィノーラに今度はこちらの番だとばかりに斬りかかる。
「双手……」
「アブソリュート・フリーズワールド」
フィノーラを中心に絶対零度の凍気が全方位に放出された。
「……千斬!」
しかし、サウザンドは凍ることもなく、二千の斬撃を解き放つ。
「えっ?」
フィノーラは二千の斬撃を全てその身で受けて、吹き飛んだ。
吹き飛ばされたフィノーラは、空中で回転して、優雅に着地する。
「……へぇ〜、絶対零度(アブソリュートゼロ)の世界で動けるんだ?」
絶対零度は全ての物が凍結する温度であり、それは同時に全ての物質が原子や分子といったレベルで崩壊する温度だった。
その絶対零度の中で、サウザンドは何事もなかったように動いたのである。
「言い忘れていたが、オレの着ている『赤十字の聖盾(せいじゅん)』は、あらゆる魔の力を無効にする聖なる盾だ」
「……そう言うことは早く言いなさいよね。さて、ということは私の能力は一切通じないのかしら?」
フィノーラの周りを取り巻いている微かな輝きがあった。
細氷(さいひょう)ことダイヤモンドダスト。
空気中の水蒸気を細かい氷の結晶と化した物だ。
サウザンドの双手千斬でフィノーラが切り刻まれずに済んだのは、このダイヤモンドダストが双手千斬の威力を奪っていたからである。
「その粒といい、凍気といい、雪といいながら、氷もありか?」
「雪と氷は明確に分けられぬもの……同じものと言っても間違いではないわ」
フィノーラを取り巻くダイヤモンドダストの量が急激に増えていった。
「何をする気か解らぬが、オレにお前の凍気、冷気は通用しない」
「さて、それはどうかしらね」
フィノーラを取り巻いていたダイヤモンドダストが渦巻き始める。
「別に凍らせるだけが能じゃないのよ……要は私達は闘気が凍気(冷気)にあたるだけの話……受けよ、攻防一体な我がダイヤモンドダスト! フリジットファランクス!」
氷の粒、一粒一粒が氷の槍と化し、サウザンドに降りかかった。
「くっ、双手千斬!」
二千の斬撃が降り注ぐ氷槍の雨を迎撃する。
「……二千では足りなかったか……」
サウザンドの体に五本の氷の槍が突き刺さっていた。
「氷結夜もダイヤモンドダストも母から受け継いだモノ……だが、ここからは私だけの技だ! ブリザードディザスター!」
「ぐっ!?」
猛吹雪を伴う強風が突然発生し、サウザンドに直撃した。
「勘違いしないでね、災禍の騎士。雪のディザスター(災害)はまだ始まったばかり……」
吹雪は渦巻き、竜巻と化し、サウザンドの姿を完全に呑み尽くす。
フィノーラは九尾の白鞭の先端を雪原に突き刺した。
フィノーラの体中から凄まじい凍気が溢れ出す。
「我が召喚に応えよ! 雄々しき雪の覇者! ナインヘッドスノードラゴン!!! 」
白鞭の突き刺さった場所から、雪でできた巨大な龍の頭部と首だけが九つ飛び出した。
『竜』ではなく『龍』、蜥蜴というより蛇に近い、東方系のドラゴンである。
目玉一つがフィノーラよりも遙かに大きい……恐ろしく巨大なドラゴンだった。
九つの龍頭が同時に獰猛なその口を開く。
「ブリザードごと跡形もなく消し飛ぶがいい! セイクリッドブレス×9!!!」
九龍の口から同時に、荒れ狂う白い閃光が吐き出され、竜巻を跡形もなく消し飛ばした。







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