デス・オーバチュア
第123話「世界を灼き尽くした業火の剣」




不敗の剣クラウ・ソラス。
光の剣とも炎の剣とも呼ばれる魔剣。
とある世界において、光槍ブリューナクと並び至高の四宝の一つとして奉戴されていた魔法の宝剣だ。
刀身には複雑な呪文が刻み込まれたその剣は、炎と光を放って敵を眩惑し、ひとたび鞘から抜かれると、どんな敵でもその一撃から逃れることはできなかったという。
ゆえに不敗、最初で最後の唯一度の敗北、絶命の瞬間まで、持ち主を常勝不敗たらしめたのだ……。



振り下ろされたライトヴェスタが、僅かに鞘から覗く刀身で受け止められていた。
「ふっふっふっ……懐かしいかい? 君がよく知る……君と縁深い魔剣……だよ……」
鞘の中から溢れるのは不可思議な輝き。
例えるならその輝きは、星虹(スターボウ)のようだった。
周囲に無数に存在する星々とは明らかに異なる見た者を幻惑するような美しい煌めき。
「ほざけ、それは俺の剣じゃない。俺のフラガラッハには遠く及ばない二流の剣だ!」
ライトヴェスタの放つ黄金の輝きが、星虹の輝きを呑み込むように掻き消した。
「二流は酷いね……これは正真正銘一流の中の一流……トップクラスの魔剣だよ……ランクで言えばA+といったところかな? まあ、光の十字剣フラガラッハには確かに劣るけどね……あれはS級……あれに優る剣のカードは私のデッキにも一枚しかない……」
「あん? フラガラッハ以上の剣のカードだと? そんなものあるわけ……」
「幻惑の星虹(クラウ・ソラス)!」
マハが一気にクラウ・ソラスを鞘から抜き放つ。
瞬間、星虹が爆発するように拡がり、世界を支配した。
夜空に浮かぶ星々の輝きを全て呑み込み、星虹の不可思議な無数の輝きが夜空を幻想的に彩る。
「クラウ・ソラスの放つ光と炎……その輝きを見た者は例外なく、魂を抜かれたように心を奪われる……ゆえに、誰もこの剣と打ち合うことすらなく、まるで自ら首を差し出すかのようにして……一閃される!」
マハは星虹の川を叩きつけるかのごとく、クラウ・ソラスを振り下ろした。
この世の何者もその一撃を受け止めることはできない。
強さでも、速さでもなく、その美しさ、幻惑の煌めきゆえにだ。
「……くっ?」
絶対の一撃があっさりと受け止められる。
「馬鹿か、お前? 誰を幻惑……魅惑するつもりだ?」
ここに居たのは唯一とも言える例外の存在だ。
クラウ・ソラスの星虹の輝きすら凌駕する黄金の輝きを持つ美貌の青年。
数多の世界で光の神と崇められる、魔界で唯一の光輝を操る魔族の皇だ。
「いいか、良く覚えておけ。物だろうが、者だろうが、この俺を魅惑、魅了できた存在など後にも先にもこの世で唯一つだけだ」
ルーファスはこの世の誰もが虜にならずにはいられない、恐ろしいまでに魅力的な笑みを浮かべる。
「ふっふっふっ……君を虜にする存在か……そんなものが存在するなら見てみたいよ……」
マハは苦笑を浮かべると、クラウ・ソラスをゆっくりと鞘に収めた。
鞘に完全に刃がしまわれた瞬間、クラウ・ソラスは最初から存在していなかったのように綺麗に消滅する。
「ん? 打ち合わないでしまうのか?」
「ふっふっふっ……身の程を知っているんだけだよ……君と剣術で勝負など剣士どころか戦士ですらない私には不可能……勝利の剣(スキールニル)とか、勝手に戦ってくれる剣なら少しは勝負になるだろうけど……それで、君に勝てる可能性は限りなく零……試すだけ時間の無駄だよ……」
「ふん、それで次はどうする気だ? フラガラッハ、ブリューナク……俺からパクッた武器でも使うのか?」
ルーファスはやりたかったらやってみろ……といった感じの自信と余裕に溢れた表情をしていた。
「確かに、その二つなら君にもダメージは与えられる可能性はある……でも……君に従属する……君の眷属の力で君を倒せるわけがない……」
「解ってるじゃねえか。で、どうする? 降参か?」
ルーファスは意地悪げな表情で尋ねる。
「うん、降参(サレンダー)するよ……私の負け……ゲームは終了だよ……」
マハは左手で持っていた数枚の真紅のカードを掻き消した。
「ほう、随分と潔いじゃねえか?」
「……ここからはゲーム性……遊びは抜きだよ……」
「あん?」
マハの右手に真紅のカードが一枚だけ出現する。
「出ろ! ソウルスレイヤー(魂を殺す鎌 )!」
「なんだと!?」
マハの右手にカードと引き替えに出現したのは、漆黒の大鎌……この世でタナトス唯一人だけが持つはずの死の神剣『魂殺鎌』だった。
「ゲームじゃないからランダム性は廃止、必要な武器だけを召喚させてもらうよ」
マハが大鎌を横に一閃させると、灰色の死気の刃が撃ちだされる。
「てめえ、タナトスに……」
ルーファスは自分に向かってきた死気の刃を、光輝を宿らせた左手の裏拳であっさりと粉砕した。
「うん、会った……それでどうしたと思う?……三女神の中で最も破壊、残酷、残忍、復讐、死、暴力を好む私が…」
マハがルーファスにも負けない意地悪で、妖しげな笑みを浮かべる。
「…………」
ルーファスは無言でライトヴェスタを振り下ろした。
ライトヴェスタから今までにない、マハを一撃で呑み込むほどの強大な光輝が解き放たれる。
しかし、マハは魂殺鎌を前方に突き出すと、車輪か何かのように大回転させ、それを盾として光輝を掻き消すように受けきった。
「へぇ……怒ったんだ?……動揺もしている?……話には聞いていたけど……信じられないな……君が他人のことでこんなに心を乱すなんて……」
マハは興味深そうな表情でルーファスを見つめる。
「うるせえ、タナトスはどこだ? タナトスをどうした? 肉片になる前に……いや、肉片だけでも残っているうちに答えろ!」
ルーファスは突然マハの目の前に出現すると、迷わず光速の剣をマハに叩きつけた。
「とっ……」
マハの姿が後方に弾け飛ぶ。
「確かに本物みたいだな、少なくとも外面だけはな!」
ルーファスがライトヴェスタを突き出すと、無数の細く鋭い光輝が矢の雨のように撃ちだされる。
マハは避けるように後退しながら、かわしきれない光輝は回転させた魂殺鎌で掻き消した。
「……ふっふっふっ、流石に解るかい? 死ぬほど痛い思いまでしてゲットしたのに……この神剣はA級の能力しかない……この世界最強の十神剣ならSS級……もしかしたら初のSSS級な力を持つかと期待していたのにね……」
マハが魂殺鎌を大上段から振り下ろすと、死気の風がルーファスを目指して大地を疾走する。
「ふん、その程度か」
ルーファスは足下にライトヴェスタを突き刺すようにして、死気の疾風を拡散させた。
「そう、この程度なんだよ……きっとソウルスレイヤーの真の力の十分の一をも再現できていない……理由を知っていたら教えて欲しいな?」
「簡単な話だ、ソウルスレイヤーはタナトスだけの神剣、他の奴が持ってもただの神柱石でできただけの……硬いだけが売りの剣でしかない」
「ん? もう少し具体的に言ってくれないか?」
「つまり、そいつは変換機能に欠陥があるんだよ。神剣は本来、契約者の闘気や魔力といった、あらゆるエナジーをそれぞれの属性の力に変換するのが基本機能だ。そいつにはその基本の段階にバグがあり、死気を増幅、集束する機能しか正常に働いていない……解るか、この意味が?」
マハは数秒ほど考え込むように沈黙した後、口を開く。
「ということは私では元から神剣に蓄積されているだけの少量で微弱の死気しか使えない……つまり、この神剣を活かせるのは……自らで死気を生み出せる者だけ……と?」
「ああ、そうだ。俺が知る限り、お前みたいに死霊を使う奴やあの馬鹿魔皇みたいに瘴気を使う奴は居ても、純粋な『死気』を使える生物は死神や冥王を除けば、この世であいつ唯一人だけだ」
「…………なるほど、この神剣の真価を発揮できるのは……この世であの少女唯一人……まさに彼女のためだけに存在する神剣なわけか……それなら仕方ないな……」
マハはあっさりと魂殺鎌を消滅させた。
「ただのコレクションとして眺め、愛でるだけにしよう……」
マハはゆっくりと上空に移動していく。
「逃げるのか?」
「それにしても、冥界……死界の住人以外で死の気を使えるなんて……彼女は何者なんだい……?」
「…………」
「君も知らないの? いや、教えたくない? それも独占欲?……君だけが知っていればいい?」
「……てめえが知る必要はねえよ」
「うん、そうだね……興味はあるけど……深入りはやめておくよ……あの少女は私の手には余りそうだから……」
「ああ、それが利口だ。あれは俺だけの物だ。俺だけの……玩具だ……」
「玩具……自分自身より大切な玩具……?」
マハとルーファスとの距離はかなり拡がっており、マハの呟きはルーファスの耳には届かなかった。
「あん? 何か言ったか?」
「いいや……やはり、君を滅ぼすには私の所有する最強のカード……切り札を使うしかないと言ったんだよ……」
「切り札だ? さっき言っていたフラガラッハ以上の剣ってやつか? そんなものが……」
「唯一枚(唯一種)だけのSS級……恐らくこの世で最強の魔剣……十神剣と星斬剣を除けば匹敵するものはない……いや、ある意味では明らかに十神剣と星斬剣をも凌駕する……」
「はっ! そいつは面白い! お前の持っている魔剣聖剣は所詮、小世界の神の武具や伝説の武具だろう? それが『この世界』最強の十神剣や星界最強の星斬剣を凌駕するだと?」
無数に存在する小世界。
その中にはルーファス本人や分身や化身が神として、あるいは人間として滞在していた世界もいくつかあった。
マハを始めとしたこの殺戮の三女神との縁は、その小世界の一つでのことである。
ブリューナクやフラガラッハの故郷でもある異世界、そこでルーファスは光の神として崇められ、一時期存在していた。
無論、それは全て彼にとって遊びであり、暇潰しである。
「『あの世界』最強の剣はおそらく君の愛剣フラガラッハ……でも、その『隣の世界』には世界を文字通り灰燼と化した最強無敵の炎の剣が存在した……」
「炎の剣だと?」
炎の剣と呼ばれてルーファスの脳裏に浮かんだのは、まずはバイオレントドーン(凶暴なる黎明)だった。
もっとも、あれは復讐、最強の攻撃力という面が強すぎて、炎という力、属性要素、イメージは薄い。
次に脳裏に浮かんだのは、悪魔王エリカ・サタネルが自らの力を一時的に具現化させた文字通り『炎の剣』だ。
だが、あれは剣と言っても、手刀に炎や熱を宿らせたり、炎を剣のように掴み振り回すだけで、厳密に物質的に存在し、名や銘を持つ物ではない。
「見るがいい……レーギャルン! 九つの鍵で封じられし絶望の大箱をっ!」
マハが真紅のカードを天空に放り投げると、厳重に九つの鍵と鎖で封印された漆黒の大箱が天空から降臨した。
「レーギャルン?」
ルーファスにはまったく聞き覚えがない名である。
「氷室なる死の国で生まれし……終末のルーン……世界を滅ぼす呪いの集大成……炎の民すら恐れる……全てを灼き払う終焉の炎よ……哀しみをもたらすモノよ……」
マハが呪歌のような言葉を口にすると、九つの鍵は次々に独りでに外れていた。
「開封! 害なす魔の杖!」
最後の鍵が外れた瞬間、鎖が全て砕け散り、大箱の蓋が独りでに開かれる。
箱の中から姿を現したのは、赤い宝石を漆黒の手が鷲掴みにしたかのような、どこまでも禍々しい『杖』だった。
両手で掴むのがやっとといった感じの短い杖、スティックである。
「それのどこが火炎の剣だ?」
「……斬り合うつもりはない……一太刀で終わりにさせてもらうよ……」
「ほう、言うじゃねえか……」
マハは杖を剣の柄のように強く握り込むと、肩に担ぐように振りかぶった。
「で、そんな杖でどうやって一太刀……」
「……世界を灼き尽くした業火の剣(レーヴァテイン)!」
杖の先端の宝石から業火が……いや、業火のようにどこまでも激しく赤い光が高出力で吐き出される。
「馬鹿な!? 一瞬でこの世界の許容量を超えたエナジー量を発生させるだと!?」
ルーファスは瞬時に理解した。
害なす魔の杖から吐き出されているエナジーの量は、モリガンに邪魔される直前にルーファスがこの世界を破壊するために解き放とうとした光輝の量に匹敵、あるいは凌駕している。
ルーファスですら、今の姿では長時間の溜めや練りを必要とする量の破壊エネルギーを文字通り一瞬で発生させたのだ。
ルーファスの驚きも当然である。
「一太刀で世界を灼き払う業火の剣……その本質は、全力で振るえばそれだけで世界を崩壊させるワールドブレイカー(世界破砕機)……地上では絶対に使うわけにはいかない禁忌の力……でも、ここはモリガンが作った『使い捨て』にしていい世界……」
「てめえ、この世界ごと、俺と心中する気か!?」
「今度はモリガンの時のように光輝……エネルギー体になって逃れることはできない……この世界自体が消滅するのだから……拡散された光輝ネネルギー(君)もこの世界と共に全て消滅する……」
「ちっ! この馬鹿がっ!」
ルーファスは両手にされた腕輪……封印を外した。
直後、この世界を埋め尽くすような莫大な光輝の奔流が、ルーファスの背中から翼のように噴き出す。
「まったく同等の威力のエネルギーによる対消滅狙い?……でも、それは本当に僅かでも威力がズレれば……消滅どころか、単体の時とは桁違いの爆発を起こすだけ…それに、それでは足りない!」
宝石から噴き出される赤い光の炎がその出力を瞬時に倍加させた。
「ざけんなっ! 世界をいくつ吹き飛ばす気だ!?」
両手の封印を解いたルーファスの体から溢れる光輝すら凌駕する赤きエナジーの奔流。
「流石に全部の封印を解かれたら……レーヴァテインを凌駕されるかもしれないから……これ以上は待たない……ばいばい、光の皇」
地上を消し去るなどといった生易しいものではない、いくつもの時空間自体を完全に消し去って余りあるという、高次元すぎて一つの世界に生きる小さな存在達には理解不能な一撃が迷うことなく振り下ろされた。



静謐の世界に錫杖の音が響いた。
「全力で使えば世界をも吹き飛ばす剣……そんな物を自分達が存在する世界で使えるわけがない……」
星々と夜の世界。
先程までモリガンが居た世界とまったく同じ場所に見えるが、、ここはモリガンがルーファスと戦った世界ではなく、バウヴ・カハ……占いの館の中にあるモリガンの仕事場兼私室だった。
モリガンの恒星天(星空の戦場)、マハの十字界(黄昏の戦場、真紅の墓場)とは、自分専用の一つの閉鎖、隔離された世界、一種のプライベート空間である。
世界の主たる彼女達が招いた者以外何者も侵入できず、一度入ってしまったら許可なく出ることもできないのだ。
まあ、物事には必ず例外(ゼノン等)は存在するが……。
「けれど、マハなら別……彼女にとって死の瞬間とは誕生の瞬間に過ぎない……」
恒星天で肉体が消滅した瞬間、彼女はこちらの世界に予め用意してある体に『転生』するのだ。
世界が吹き飛ぼうと、肉体と違って、魂……意識は世界を超越し瞬時に次の体に移動することができる。
それが彼女の転生……不滅の秘密だった。
「もっとも、だからといって簡単に死ぬのはあの子の悪いくせ……」
相手に自分の体を殺させ、相手が勝利を確信した瞬間、次の体で不意打ち……というのが彼女の得意技だったりする。
「……でも、遅い。切り札を使わずに、他のカードで遊んでいるのかしら?」
どういう戦闘展開になろうと、最終的には切り札を使うことになるはずだ。
他のカードでは絶対にあの存在を『滅ぼす』ことは不可能だからである。
あの存在には肉体などたいして意味を持たないのだ。
意志を持つ無限の光輝(光のエナジー)こそあの存在の正体。
光輝というエネルギーを消費し尽くさせでもしない限り、何度肉体を破壊しようと、瞬時に肉体など再構築させて蘇ってしまうのだ。
滅ぼす方法は限られている。
その一つが、あの存在が現時点で滞在している世界ごと、その世界を跡形もなく消し飛ばすことだ。
「……まあ好きにするといい。あれと契約したのはあくまでマハであり……わたくしではない」
これ以上手を貸してやる義理はない。
あの存在と関わるなど、本来姉妹の義理などではとても割に合わないのだ。
「影を一体失ったぐらいで済んだのは幸運だった……」
『影』とは自らの肉体の一部(髪の毛や爪等)から作った分身である。
マハのような不滅でない以上、とてもあの存在の前に本体で会う愚かな勇気……無謀さなどモリガンは持ち合わせてはいなかった。
「あの存在は占えない……ゆえに、あの存在に関わることはわたくし達の運命も不確かにしてしまう……」
だから、これ以上関わり合いにはなりたくない。
「少し疲れました……久しぶりに少し眠るとしますか……」
モリガンは、星々の世界に立ったまま瞳を閉ざし、深い眠りへと落ちていった。


















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一言感想板
一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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