デス・オーバチュア
第117話「LOOK YOU」



地上最強の剣士。
そう言ってまず名の上がるのは、ガルディア大陸一の剣士、ガルディア十三騎の黄金騎士、神剣静寂の夜に選ばれた者、ソードマスター(剣を極めし者)、ガイ・リフレイン。
次いで名が上がるのが、伝説の魔法騎士サウザンド、ホワイトの王子にして最強の神聖騎士であるセイルロット、斬鉄剣のディーン、青い戦慄サーフェイス……といったところだ。
その中の誰が真に地上一なのかは解らない。
だが、所詮、地上一、地上最強など……、井の中の蛙に過ぎないのだ。
世界は果てしなく広く、無限に存在し、地上だけではないのだから……。
そして、上には上があり……その果てはないに等しいのだ……。


「ふむ、決着がつく前に剣が折れたか……興がそがれた、今回はここまでにしておこう」
男は黄金の柄に無数の宝石の埋め込まれた、光り輝く十字架のように見える剣を鞘に収めた。
「待て、決着はまだついていない……」
長身の細身を漆黒のロングコートに隠した、銀髪に青眼の青年は刃の折れた剣を地面に投げ捨てると、男を睨みつける。
「剣が折れた以上仕方があるまい。例え、アンタがオレより強かったとしても、素手になった時点でアンタの負けは決まった」
「……剣の腕は俺のが上だった……剣が俺についてこれなかっただけだ……」
事実でありながら、負け惜しみにしかならない言葉だった。
「かもな? だから、ここでやめておく。アンタとはまた心ゆくまで殺し合いたい……今度会う時までに、アンタの腕に相応しい剣を用意しておけ。少なくとも、このオレのベイリンと互角に打ち合える程度の剣をな」
男は青年に背中を向ける。
青年が剣を失ったとはいえ、その背中はあまりにも無防備だった。
男はゆっくりと歩き出す。
「くっ……」
青年は口惜しげに、夜の闇の中へと遠ざかっていく男の背中を見つめることしかできなかった。


生涯たった一度だけの引き分け……いや、敗北の記憶だ。
武器、剣などに興味も拘りもなかった自分が、強い剣を欲することになった理由。
全力で使っても壊れない剣が欲しい。
あの男と決着がつけられるまで決して折れることのない剣が必要なのだ。
そして、剣を求めて彷徨った果てに辿り着いたのは極寒の地、北方の雪と氷に支配された大陸を支配する神人の皇国の秘宝。
怨霊の剣にして災厄の剣、千の禍を招く因禍の剣にして、この世で最強の十神剣の一振り……静寂の夜と巡り会ったのだ。


「……ガイ? どうしたの?」
青銀色の髪の幼い少女は、突然苦笑を浮かべた伴侶たる青年に尋ねる。
「いや、なんでもない。つまらないことを思い出しただけだ」
青年は雪原を歩む足を止めることなく、答えた。
「思い出し笑い?」
青銀色の少女アルテミスは置いて行かれないように、青年ガイのコートの裾を掴む。
「そんなところだ。それよりも……雑魚にはもう飽きてきたな」
時折出現する雪だるまや雪ウサギは『リハビリ』の相手には丁度良かった。
だが、リーヴの所を出てから一日が経過し、『カン』をほぼ取り戻した今となっては、少々物足りなくも感じる。
「できれば、自分と互角ぐらいの剣士と殺り合いたいものだな」
「ガイと互角の相手なんているわけないよ。ガイは地上最強の剣士だもん」
「俺はそこまで自惚れていない。少なくともまだ決着がついていない相手が二人居る……」
「一人はあの炎の悪魔だよね……じゃあ、もう一人は……わたしと初めて会った時に言っていた人?」
「ああ、そうだ。奴を倒すまで、俺はたかが地上一、人間最強すら名乗れない……」
別に最強や一番などという名誉や称号に興味も拘りもはなかった。
ただ自分より強い者が居ることや、自分が負けたままでいることが許せない。
「……その人、なんて名前なの?」
「ああ、あいつの名は……」
ガイは一時たりとも忘れたことのない男の名前を口にした。



光輝の矢が天を貫く。
「……核の光か……厄介だね……」
マハは裸身に唯一身に纏った真紅のコートを翼のようにはためかせて、光輝の矢をかわした。
「あははっ、だったらさっさと答えてくださいよ。わたしのタナトス様をどこに隠したんですか、小鳥さん?」
マハは休むことなく射られる光輝の矢を、真紅の十字架の墓から墓に飛び移るようにして回避し続ける。
「……なぜ、君は私が知っていると……いや、私の仕業と確信しているんだい……?」
「なるほど、確かに、タナトス様が消えた場所にあった怪しげな封鎖空間にたまたま居ただけの無関係な人という可能性もある……わけないじゃないですか!」
三本の光輝の矢がまったく同時に、マハに向かって解き放たれた。
「っ、主神の纏う雷雲(アイギス)!」
マハの左手がかざしたカードが消滅すると、マハの前方に激しい雷を放射する雲が出現する。
光輝の矢が雷雲の中に消えたかと思うと、次の瞬間、雷雲が激し過ぎる閃光と爆音と共に跡形もなく消滅した。
「……剣や槍と違って……聖や魔の盾というのは少ない……困ったものだ……」
マハは十字架の墓の上で嘆息する。
「なるほど、盾の代わりに雷を全身に纏うわけですか……それじゃ、普通の剣や槍じゃ怖くて近づけませんね。まあ、射撃武器であるわたしには感電の心配はありませんけどね」
それ以前に、アンベルの使う弓と矢は光であって、金属ではないのだ。
「さあ、次々行きますよ〜っ!」
光輝の矢が矢継ぎ早に撃ちだされる。
「……剣には剣を……弓矢には弓矢を…無駄無しの弓(フェイルノート)!」
マハはカードを弓矢に変えると、矢を次々に射った。
放たれた矢は全て、アンベルの射た光輝の矢に命中するが、光輝の矢はそのままマハの矢を呑み込み突き抜けていく。
「あははっ、お馬鹿さんですね〜! 核爆の光の塊であるわたしの矢が、普通の矢で迎撃できるわけないでしょう」
光輝の矢達は全弾、マハに命中し、マハを跡形もなく光輝の中に消し飛ばした。
「……まったく、君の言うとおりだ……」
声はアンベルの背後からした。
「……弓矢のカードは私のデッキに三、四種入っているが……必ず当たる弓とか、一度に十の矢を射れる弓とか……そんなのばかりで、君のように『威力』のある弓矢は存在しない……盾に次いで弓矢もマイナーなんだよ……」
声に遅れるようにして発生する気配。
「……ばいばい」
マハの赤く塗れた左手が一閃した。
赤い血が数滴、アンベルに降りかかる。
次の瞬間、赤い閃光の爆発がアンベルの姿を覆い隠した。




赤い爆発は、ダインスレイフの自爆すら凌駕する威力だった。
マハはかなり離れた上空に浮遊している。
もし、頭上に飛び出すのが一瞬でも爆発の後だったら、巻き添えでマハ本人すら消し飛んでいるところだった。
「……タイミングは完璧だった……バリアの類を貼る時間も無い……これで生きていたら……」
爆煙がゆっくりと晴れていく。
「げほっ……なるほど、血が劇薬どころか爆薬になるんですか……」
咳き込むような声が聞こえてきた。
「……化け物……」
煙が晴れると、ボロボロになって煤汚れた桜色のローブ……いや、布切れを被った女が姿を現す。
「ああ〜、ローブが原型留めてないじゃないですか……」
アンベルは体のあちらこちらに付着していた桜色の布切れを煤と共に払い落とした。
布切れと煤が全て払われ、姿を見せたのは黒い簡素なシャツとスカート。
アンベルの髪はピンク……消し飛んだローブと同じ桜色(淡紅色)だった。
長い前髪は顔を、瞳を隠すかのようである。
「あなたの能力はだいたい解りました。他人の武器(力)をカード(札)に封じ込めて盗む能力ですね? つまり、全ての武器(力)は借り物……あなた本来の力じゃないので、オリジナルの武器(力)の持ち主に比べて数段威力が落ちる……」
「……凄い洞察力だね……いや、推理力かな?……ああ、でも一つだけ訂正させてもらうと……盗んだり奪ったりというのは正確じゃない……どちらかというと模倣……コピー……相手も別に武器(力)を失うわけじゃない……」
「別に大差ないじゃないですか?」
「人聞きの問題……相手から盗ってはいない……ただ、自分が味わった……血を流した力を……再現しているだけ……」
「なるほど、一度喰らった技や武器をカードに記録して好きな時に再現できる能力ですか。覚える……記録する際にリスクが高すぎる能力ですね」
「……そうなの……一撃で跡形もなく吹き飛んでしまったら記録することはできないで無駄死にになる……」
「いいんですか? そんなにネタバレをして」
「別に構わないよ……どのみち君の『矢』は武器じゃなくて特種能力扱いだったから、どれだけ喰らっても覚えることができないしね」
「まあ、そうでしょうね。これはアンベル(わたし)という人形に搭載された『機能』、単体の物質として存在する武器じゃありませんから」
「……だから、君の攻撃を喰らって血を流しても損なだけ……だから、もう一つの覚え方を試すことにする……もしかしたら、それも君に対しては無効な可能性が高い気がするけど……」
「もう一つの方法ですか?」
「…………」
マハは答えずに、左手に五枚のカードを出現させた。
「……名も無き聖槍……」
右手が一枚のカードを引き抜いたかと思うと、すぐさま消滅し、代わりに何の変哲もない無味乾燥な長い槍が出現する。
「申し訳ありませんが、あなたの武器コレクションの自慢にこれ以上つき合う気はないんですよ」
「なら、素直にこの一撃で死ぬといい……生き汚いほど多くの武具を見ることになる……」
マハは聖槍を引き絞るようにして構えた。
「破滅の一撃!」
マハは槍を突き出すと、自らが聖なる光の槍となってアンベルに向かって降下する。
「まったく、仕方ありませんね……あなたはちゃんと視て相手をしてあげます」
アンベルはゆっくりと頭上を見上げた。
「……LOOK YOU……」
アンベルは前髪を掻き上げる。
不可思議な琥珀色の瞳が妖しい輝きを放っていた。
「……なっ!?……」
マハが槍を突きだした姿のまま空中で『停止』している。
「とてもとてもささやかな力です……視たモノを破壊するわけでも、幻影を視せるわけでもない。魔眼だとか邪眼とか名乗るにはおこがましいせこい能力……弓兵(ハンター)としての副次的な機能……」
「……ぐっ……うっ……」
マハは指一本動かせず、空中でいまだに停止していた。
「矢を放つ時、普通は標的に標準を合わせて『固定』する。つまり、よく視て狙うということですね。でも、わたしの場合……標的そのものを『固定』する事ができるんですよ。つまり、動く的を制止した的にできる。ゆえに我が矢は百発百中! 『狙った』獲物は絶対に外さない!」
アンベルは光輝の弓矢を出現させると、ゆっくりと空中のマハに向けて引き絞る。
「これでも弓兵の端くれ、いくらなんでも止まった的に当てることぐらい簡単です。フードと髪でわざと良く視ないで射ている時ならともかく、いままで一度だって『狙って』外したことはありません」
光輝の矢の輝き……力の密度が再現なく増していった。
一撃で確実に標的を消し飛ばすために。
「では、さよならです……終末の滅光(ラグナレク)!」
普段の光輝の矢の数十発分の輝きと威力を圧縮した最強の光輝の矢が解き放たれた。



それは突然、現れた。
血のような赤い十字架の描かれた白い長盾。
マハと光輝の矢の間に現れたその長盾は、光輝の矢の全ての力を遮っていた。
光輝の矢のサイズは盾の大きさなど遙かに上回っている。
にも関わらず、盾を中心に見えない障壁でも張り巡らされているかののように、全ての光輝……破滅の光を防ぎきっていた。
「まったく、何予定外の相手と遊んでいるんだ?」
白き長盾は自ら凄まじい白光を放ち、破滅の光を掻き消す。
「なっ……」
「破滅の光か……威力的には良い線いっていたんだが、相性が悪かったな。オレの聖盾(せいじゅん)はそういった力には特に強い抵抗力を発揮する」
白い長盾は、白いコートに転じると、風に揺れながら地に落ちていった。
白いコートは、その場に待ち構えたように立っていた男に羽織われる。
そう、アンベルとマハしかいなかったはずの世界に、その男は当然のように存在していた。
「……一応……例は言っておくよ……」
アンベルの視線が、男に移ったせいか、自由を取り戻したマハが不機嫌そうな表情で言う。
「礼なんかいいからさっさと失せろ。アンタはまだ他にも仕事があるんだろう?」
「……そうさせてもらうとするよ……」
マハは赤く塗れた右手を振るうと、空間に赤い切り口が生まれた。
マハはその切り口の中に迷わず飛び込み、姿を消し去る。
「あっちゃ〜、逃がしちゃいましたね。聞き出さなきゃいけないことがあったのに」
アンベルは失敗しちゃいましたといった感じで可愛く笑った。
「良く言う……オレが間に入らなきゃ、マハの奴は羽一つ残さず消し飛んでいたぞ。消滅させた相手から、どうやって聞き出すつもりだったんだ?」
「ああ、言われてみればそうですね。久しぶりに本気で狙ったせいでつい手加減を綺麗さっぱり忘れてましたよ〜」
「ふざけた奴だな。まあ、アンタみたいな奴もオレは嫌いじゃないけどな。気を許せない……猛毒みたいな女……刺激的でいい……」
「あははっ、あんまり誉められている気がしませんね」
「これでも最高の賛辞のつもりなんだがな」
「毒物扱いされて喜ぶ女の子もあんまりいないと思いますよ〜」
アンベルは男の姿を改めて観察する。
具足、籠手、胸甲といった最低限の漆黒の鎧、その上に背に赤い十字架の刻まれた白いコートを羽織った黒髪黒目の二十代ぐらいの青年だった。
左右の腰に一振りずつ、合わせてニ振りの剣を腰に差している。
「お名前聞いていいですか?」
「サウザンド、ただの血に飢えた騎士だよ」
サウザンドと名乗った男は、左腰に差した黄金の柄に無数の宝石の埋め込まれた光り輝く十字架のような剣を抜刀した。










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一言感想板
一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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