デス・オーバチュア
第108話「黒の前奏曲(プロローグ)」



二つの存在の衝突に魔界の大地が震撼する。
一つは、金色の長髪、裸の上半身に純白のコートを羽織っただけの背に光輝の天使の翼を持つ青年。
ラフな格好をしているにも関わらず、青く透き通るアイスブルーの瞳、どこまでも白くきめ細やかな象牙の肌、中性的を通り越し女性的と言える程の美貌をしていた。
もう一つは、輝く黒、黒のメタリックな全身鎧。
黒い甲冑の人物が、巨大すぎる黒い大剣を振り回していた。
「はっ!」
光輝の天使は左手に無数の光輝の束を集めると、鞭のように遙か眼下の黒い甲冑に叩きつける。
「……!」
黒い甲冑は大剣の一薙ぎで迫り来る全ての光の束を斬り払った。
「消えろ」
天使の突きだした右手から、天使の何百倍も巨大な黄金の光輝が瞬時に撃ちだされる。
甲冑は全て呑み尽くされ跡形もなく消え去る……はずだ。
光輝が甲冑に届く寸前、何かが甲冑と光輝の間に割り込む。
割り込んだ『壁』は、尋常でない光輝の奔流に耐え続けた。
数秒後、光輝が消滅する。
光輝が消滅すると、そこには一本の巨大な剣の刃が大地から障壁のように突き出でていた。
「ちっ!」
天使は舌打ちすると同時に急降下し、左手に再び出現させた光輝の束を剣のように甲冑に斬りつける。
甲冑は大剣を斬り上げて、光輝を束ねて生み出された『剣』を受け止めた。
「はっ! この距離じゃ天剣絶淘(てんけんぜっとう)は出せないよなっ!」
天使は光輝の柱のような剣で甲冑の大剣と押し合いながら、残った右手を突き出す。
右掌から先程以上の膨大な光輝が撃ちだされ、光輝の柱剣と黒の大剣ごと黒い甲冑を全て呑み込んだ。
甲冑を呑み尽くした光輝はそのまま、何もない魔界の荒野を駆け抜け、遙か彼方に見えていた巨大な岩山を跡形もなく消し飛ばす。
「たく、直撃だってのに……」
光輝の直進によって剔られた大地の傷跡は遙か彼方のかって岩山があった場所まで一直線に繋がっていたが、黒い甲冑は何事もなかったかのように元の場所に立ち続けていた。


彼らは理由もなく何度も何度も殺し合った。
回数どころか、年数すら意味を成さない程、出会って以来、暇さえあれば魔界の地形を変える程の激しい殺し合いを繰り広げる。
互いの存在をかけた殺し合いは、彼らにとって、組み手であり、遊びであり、唯一のコミニュケーションの取り方だった。



何もない海のど真ん中に、一人の少女が降り立つ。
四方に陸地は一切なく、まるで少女は空の彼方から振ってきたかのようだった。
「このあたし、皇牙(おうが)ちゃんを呼んだのは誰かな? さっさと姿を見せなさいな」
少女が前方に左手を差し出すと、海面から何かが飛び出す。
その正体は無骨な一振りの剣……異界竜の牙が少女の目の前に浮いていた。
「ああ、なるほどね。どおりで懐かしい感じだと思った……でもね……」
少女は小さな掌で迷わず異界竜の牙の刀身を握る。
「たかが一般兵の牙一本がこのあたしを気安く呼びつけてるんじゃないわよ!」
少女が僅かに力を込めたかと思うと、神剣と互角以上に渡り合い、大陸を跡形もなく吹き飛ばす魔導砲の一撃にも耐えた異界竜の牙の刀身に亀裂が走った。
「疾く消えよ!」
「待って、お姉ちゃん」
少女がさらに力を込めようとした瞬間、少女の背後から、もう一人少女が姿を現す。
「何よ、皇鱗(おうりん)…… 何で止めるのよ?」
少女は、自分とよく似た容姿をした背後の少女を振り返った。
「可哀想だよ、お姉ちゃん。ね、許してあげようよ」
もう一人の少女は甘えるように『姉』にお願いする。
「うっ……解ったわよ。その代わり、あんたが面倒見なさいよ」
少女は、異界竜の牙を『妹』に投げ与えた。
「わ〜い、だからお姉ちゃん大好き〜」
少女は天使のような無邪気な笑顔を浮かべると、与えられた異界竜の牙を抱き締める。
異界竜の牙は嬉しいのか、安堵したのか、気持ちを現すように独りでに振動した。
「あのね、牙ちゃん。助けてあげたんだから、わたしのお願い何でも聞いてくれるよね」
天使の笑顔を浮かべながら少女は、胸の中の異界竜の牙に囁く。
「あ〜あ、あたしに握り潰されてた方が幸せだったわよ、あんた……その子は悪魔の中の悪魔なんだから」
「酷い、お姉ちゃん〜。わたしはあんな悪い種族じゃないよ〜」
「例えよ、例え。まあ、あんたと一緒にしたら悪魔が可哀想だけどね……あんた悪魔の百億倍質悪いもの……」
「ひ……酷いよ、お姉ちゃん……いくら何でもあんまりよ……」
「ああ、もう泣き出さないでよ! 芝居と解ってても、あんたに泣かれると駄目なのよ……もう、先に行ってるわよ!」
「あ、待って、お姉ちゃん〜」
皇牙という少女が姿を消すと、後を追うように皇鱗という少女も海上から姿を掻き消した。



「まさか、お前が真っ先に来るとは思わなかったな」
仕事場である庵で、ルーファスはその人物を迎え入れるなり言った。
王宮に出向いた昨日も、結局、タナトスの屋敷の隣にある自分の屋敷には戻らず、この庵に戻ってきたのである。
ネツァク達ファントム残党組は一昨日に旅立っており、武器の注文も別になく、わざわざここに戻ってくる理由はなかったのにだ。
それ程までにタナトスと顔を会わたくないのだろうか?
「…………」
ルーファスと向き合っているのは、美しい黒髪を腰まで無造作に流した美少女だった。
いや、美少女という表現は正しくないかもしれない。
彼女の漆黒の瞳は怖いほどに鋭く凛々しく、美少女というよりも美人という言葉が相応しく思えた。
歳自体はそれ程でもなく、クロスと同じくらいにも見えるのだが、桁違いの大人びた雰囲気をしている。
「そういえば、お前の飼ってたチビ二人はどうした? 置いてきたのか?」
「いや、ここに来る途中ではぐれた」
少女は外見に相応しい凛々しい声で答えた。
「げっ……あんな物騒なモノを野放しにしておくなよな」
「解っている。ちゃんと後で探しに行く」
「そうしてくれ」
「まあ、だが、その前に。お前と旧交を温めようと思ってな」
黒髪の美人は口元に爽やかな微笑を浮かべる。
「へっ、旧交を温めるね……」
ルーファスは相手と同じような微笑を口元に浮かべて応えた。



「浮気ですの! 浮気ですの!」
昼下がり、クロスと紅茶を飲みながらも、そろそろルーファスの庵に出向こうかどうしようかと思っていたタナトスの元に、フローラが駆け込んできた。
「落ち着きなさいよ、フローラ。誰が、誰と、どこで、浮気してたのよ?」
クロスがフローラを落ち着かせようとする。
普段は落ち着きのないクロスだが、他人が慌てていると、冷静になるようだ。
「ルーファスお兄様が! 真っ黒なセーラー服の美少女と! 人気のない密林でっ! ですの!」
「ぶっ!?」
タナトスは飲み込もうとした紅茶を思わず吹き出してしまう。
「うわ、ちょっと、姉様……大丈夫?」
クロスは、紅茶を噴き出した後、そのまま咳き込んでいる姉の背後に回ると、背中を優しくさすった。
「……だ……大丈夫……だ……それより、セーラー服というのはなんだ……?」
初めて聞く単語である。
「ふぇ? セーラー服はセーラー服ですの?」
フローラには質問の意味が解らないのか、キョトンとした表情を浮かべた。
「ああ、要は女物の学生服のことよ。あたしの通ってた魔術学園はブレザーというかローブだったけどね。普通の学問の学園はセーラー服なところも結構あるわね……まあ、黒一色なんて地味なデザインのは制服は知らないけど……」
「学生服……」
「で、フローラ、密林ってのは、ルーファスの庵のある山のことよね?」
「そうですの!」
「密林ね……そもそも、なんであなた、ルーファスの所なんか行ったのよ?」
「それは乙女の秘密ですの」
フローラは唇に人差し指を当ててポーズを取る。
「なっ……あなた、まさかあたしの知らない所であいつと懇意にしてるんじゃ……」
「お兄様は良く一緒に遊んでくれますの」
「なにっ!?」
あのルーファスが、フローラの面倒を見ている姿などクロスには想像もつかなかった。
もし、タナトスの妹だから優しくするというのなら、自分に対するあの非道な扱いはなんだ?
「フローラは、クロスお姉様と違って、可愛くて良い子だからですの」
クロスの心を読んだかのように、フローラが自信満々に宣言した。
「自分で言ってるんじゃないわよ……あいつ……姉様だけに優しいんじゃなくて、まさか、あたしに『だけ』あの態度なわけ……?」
だとしたら、物凄く腹が立つ……。
「それは違う、クロス。あの男は基本的に誰に対しても『酷い』態度だ」
タナトスがフォローのつもりなのか、そう言った。
「そ……そうよね、姉様! 間違っても、あたしに『だけ』酷い態度なわけじゃないわよね!?」
「……勿論だ……」
「姉様、今なんか『間』がなかった……?」
「……気のせいだ」
そう言いながらも、あの男のクロスに対する態度は少し特別だったかなと、タナトスは思う。
喧嘩友達というかなんというか、対等な感じであの男が口喧嘩や討論するのはクロスだけのような気がした。
他の者に対するあの男の態度はもっと傲慢というか冷淡というか、相手を対等どころか、個人として見ておらず、目障りな塵か障害のように認識して扱っているかのようだった気がする。
「……話を戻そう。フローラ、お前が見たものをもう少し詳しく話してくれないか?」
タナトスは、努めて冷静な態度をとりながら、フローラに所載を尋ねた。



「……ん?」
山を登りながら、タナトスは何か違和感を感じた。
けれど、その違和感の正体が解らない。
山の形が変わった? いや、そんなわけはない……では、変わったのは空気、雰囲気?
「あれ、なんか空気が前より少し美味しくなった?」
「何言ってますの、クロスお姉様? これは不味くなったて言うんですの!」
「美味い? 不味い? そうだ……」
妹達の会話を聞いて、タナトスはやっと違和感の正体が解った。
瘴気というか、魔の気というか、魔界で感じた感覚に空気、大気の組成が僅かだが近くなっているのである。
そのせいで、魔界で地上より体調が良くなるクロスは空気が美味しく感じ、地上の自然を愛するフローラには空気が不味くなったように感じたのだ。
「魔属に具合が良く、神属に具合の悪い大気組成か……」
そんな現象が起きた理由として考えられるのは、ここが魔界と僅かでも繋がったか、ここに魔族が増えたか、そのどちらかぐらいである。
魔界から瘴気が吹き込んだか、ここに来た魔族の纏い放出する瘴気や暗黒闘気が空気を汚したか……いずれにしろ、何らかの魔の変化がこの地に起きているのだ。
タナトスは歩みを僅かに速める。
山頂、当初の目的であるそこに辿り着けば、この変化の原因も解るような気がした。
「あ、姉様、あれっ!」
クロスが山頂を指差す。
そこには、ルーファスと黒一色の制服の美人が立っていた。










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一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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