デス・オーバチュア
第104話「立つ鳥跡形も残さず




兵器極めし者(ウェポンマスター)。
かってそう呼ばれた魔王が存在した。
魔導王『煌(ファン)』。
彼女の主な兵器は基本的に地上で魔導時代に少数生み出された重火器に酷使していた。
ただの火器ではなく魔力と連動することで、数十から数百倍の威力を有してはいたが基本は同じ物である。
そんな物騒な兵器で重装備していた彼女だが、その彼女ですら、使うのを躊躇い、生涯に殆ど使うことがなかった兵器が二つだけ存在した。
魔力改造された重火器達とは根本から異なる兵器……いや、武器。
重火器に比べて、あまりに原始的な二つの武器が存在した。
対を成すその二つの武器は、彼女亡き後は、彼女の友人だった二人の高位魔族の手にそれぞれ遺産として託されたという……。



ランチェスタは、何かに引き寄せられるかのように、一人とてとてと通路を歩いていた。
クロスとルーファスは口喧嘩に夢中であり、タナトスとリセットは鎖網にしがみつくように二人の口喧嘩を凝視しており、リンネはそんなタナトスを眺めており、エランは思索に耽り、誰も室内から出ていくランチェスタに気を止めなかったのである。
ランチェスタはポケットに手を突っ込むと、白銀のロザリオを取り出した。
ロザリオは自ら聖光……白く気高い光を放っている。
そして、何かに共鳴するように小刻みに震えていた。
「…………」
ランチェスタは場の空気が変わったのを肌で感じ取る。
次の瞬間、無数の黒い光の羽が出現し旋風のように渦巻いた。
黒い羽の旋風が晴れると、フリルやドレープが多用された黒一色の洋服、一般的にゴスロリと呼ばれる格好の少女が姿を現す。
「ごきげんよう、ランチェスタ」
ゴスロリの少女Dの右手には黒水晶が握られていた。
黒水晶の中にはランチェスタの持つのとそっくりなロザリオが封じ込められており、聖光を放っている。
「…………」
ランチェスタは何の感情も浮かんでいないような無垢な瞳でDをじっと見つめていた。
「フフフッ、わたくしのことなどもう覚えてもいないようですわね……寂しいこと……」
「…………」
「…………」
黒曜石の瞳と石榴石の瞳が互いを無言で見つめ合う。
「……あんなに荒々しかったあなたが……そんな幼子のような無垢な瞳をするようになるとは夢にも……いえ、考えてみれば、確かにあなたは昔から子供のように純粋でしたね」
Dは苦笑を浮かべた。
「まあいいでしょう。本当はあなたが戒めから解放された瞬間、あなたと雌雄を決せられるかと思って期待したのですけどね……子供を虐める趣味はありませんし……」
Dはランチェスタの頭にポンと右手を置くと、優しく撫でる。
「むぅ……」
常時無言だったランチェスタが初めて声というか、意思表示を見せた。
「フフフッ……ごめんなさい、子供扱いは嫌なのですね?」
Dは右手を頭から、妖しげな輝きを放つ薄紫の髪へと移し、愛おしげに髪を梳く。
「これから一度魔界へ帰ろうと思うのですが……御一緒しませんか?」
「…………」
ランチェスタはぷるぷると首を横に振って、はっきりと拒絶の意思表示をした。
「そうですか、余程タナトス様が気に入ったのですね。気持ちは解らなくもありません……では、一人で寂しく帰るとしましょう」
Dはランチェスタの髪を一房引き寄せると、そっと接吻する。
「あなたが完全に復活を果たした時こそ、お預けになっていた決着をつけましょう……わたくしとあなた、どちらか強いか……煌(ファン)の遺産の継承者としてどちらが相応しいかを決めるために……」
Dはそれだけ告げると、後方に跳ぶようにランチェスタから離れた。
そして、そのまま空中に浮遊する。
「では、ごきげんよう、我が盟友……愛しきランチェスタ」
舞い散る黒い光の羽の中に溶け込むように、Dの姿は掻き消えた。



それは突然、夜空に現れた。
ルーファスの光輝が消し飛ばした天井を全て塞ぐような黄金の巨体の竜。
竜は巨大すぎて室内には降りられない、降りれば室内に居る人間を踏み潰してしまう、超獣スレイヴィアなど一呑みにできるほどの圧倒的な巨体をしていた。
「ゴールデンドラゴン? 黄金竜?」
「……エアリス?」
エランが竜の種類を、タナトスが竜の『名前』を口にする。
黄金竜が爆発するように黄金に発光したかと思うと、巨体が跡形もなく消え去り、代わりに室内の中央に黄金の髪の巫女が立っていた。
「タイムアップだ、者共」
黄金の髪の巫女は開口一番、この場の全員にそう言い渡す。
「エアリス?」
「うむ、久しぶりだな、タナトス。だが、今は話している時間がない……三分後、コクマがこの地を跡形もなく吹き飛ばす」
エアリスはとんでもないことをさらりと言った。
「なあっ!?」
「巻き添えで消し飛びたくなければさっさと逃げることだな。当初は私の咆吼か、魔城の装備で、数度に分けて吹き飛ばすつもりだったのだが……魔導機……レイヴンを使うとコクマが言い出してな……まあ、私が気を利かせてレイヴンまで整備したのが原因といえば原因……うむ、後二分半か……ではな、タナトス、次はもっとゆっくりと語り明かそうぞ」
「ち、ちょっと、エアリス!?」
「では、サラバっ!」
エアリスは黄金の光に転じると、一瞬で夜空へと駆け上る。
夜空に再び黄金竜が出現したかと思うと、竜は凄まじい速度で遠くへと飛び去っていった。
「あ……」
言葉がない。
エアリスも、コクマも、自分の養父母達はあまりにも唐突で、身勝手でマイペースだった。



「火事場泥棒〜火事場泥棒〜旦那と二人で火事場泥棒〜♪」
深紅のメイド服を着た赤髪赤目の少女は歌いながらスキップで後を付いてくる。
「不愉快な歌はやめろ! だいたいいつまで付いてくる気だ!?」
ラッセルは背後を振り返った。
深紅のメイド少女の名前はネメシス、だが、彼女の真の名は凶暴なる黎明(バイオレントドーン)、またの名……主に自称は無垢なる黎明(イノセントドーン)、この世で最強の破壊力を持つ神剣である。
あそこにあった武器の中では最強と思った鋸を手にしてネツァクに敗れるは、次の体はアクセルに跡形もなく消し飛ばされるは、予備の大量の体は全部コクマに人格を移植する前に解放さてどこの馬の骨だか解らない奴らに全部処分されるは……散々な目にばかり合い、最後に残ったオリジナルの体で不貞寝していた時のことだ。
場所はコクマの研究室の奥の宝物庫……いや、武器庫か?
あの鋸を見つけた場所であり、今歩いている場所でもあった。
そこにこの少女は自らやってきて、ラッセルに自分を使えと言った。
自分はこの世で最強の剣、あなたが求めていた物だと。
少女の言葉を全て信じたわけでもなければ、少女の命に従う気だったわけでもない、ただこの宝物庫にあるどの武器よりも少女が強い、良い剣だと解ったから……手にしただけだ。
こんな自分の物に自ら成りたがる馬鹿な剣(少女)に興味があったのかもしれない。
人だろうが、物だろうが、今まで自分の傍に自らやってきた者など誰もいなかった。
ラッセル自身、他者を求めることがなかったのが原因かもしれない。
仲間、友人、恋人、ラッセルは何一つ欲しいとは思わなかった。
一人で居る方が煩わしくなくて、楽で良い。
手足になる部下さえ居ればそれで充分だった。
ラッセルにとって他者とはたったの三種類。
部下、敵、アクセル……この三つだけだ。
自らの光……憎悪の対象でもある双子の兄アクセル以外の他人は、扱き使う部下か、殺すべき敵、ラッセルの世界、認識にはそれ以外は存在しない。
その『大事』なアクセルがあっさりと消えてしまった。
いつか殺す、いつか成り代わる……といった具合にアクセルこそラッセルの生きる目的であり、いつまでも追いつくことのできない背中だったのである。
今のラッセルには何もない。
生きる目的、目標、目指す場所……いまこうして生き続けている理由さえなかった。
「いけずだな、旦那は……旦那の命令通り、旦那の妹を始め、まだ息のあったファントムの十大天使はみんな他国に捨ててきてあげたのに……」
感謝して欲しいなといった感じでネメシスは言う。
「ふん……」
「でも、旦那も解らない人だよね。仲間を皆殺しにしたかと思えば、今度は助けるんだからさ」
「仲間?」
ラッセルは鼻で笑った。
皆殺しにしたの部下だ、後は部下としても使えないファントムに寄生する無価値な有象無象の衆、そんな奴らを皆殺しにして何が悪い?
無駄に生きているより、自分の栄養……力の元になった方が百億倍マシだ。
助けてやったのはファントム十大天使の生き残りども、奴らを仲間だとか友人だとか思ったことなど一度もないが、コクマの手でこの本拠地ごと消されるのは少し哀れだと思った……だから助けてやった、それだけのことである。
「……どうでもいいが、その旦那と呼ぶのはやめろ」
「ん? 契約というか婚約というか……ぶっちゃけ、Hしてくれたら、ちゃんと旦那様と愛を込めて呼ぶけど? あたし、結構尽くすタイプだし、お嫁さんにするには良い剣(女)だと思うよ、お買い得〜♪」
ネメシスはどこまで本気だか解らない軽いノリでそう言った。
「……なぜ、お前はそんなに俺の物に成りたがる?」
「あ、信用がおけない? 裏なんて何にもないよ。ただ旦那が気に入ったから、旦那の剣(女)に成りたいだけだよ。一目惚れ? フィーリング? とにかくずっと独身……主人無しの剣だったあたしにとっては初めてのことだよ……この人に振るわれたい、この人を守る剣に成りたいって思ったのは……」
「……理解できねえな……」
物好きにも程がある。
この世にたった十本しかない最強の神剣、欲しがる者ならいくらでもいるだろうに……よりによってこんな自分を選ぶなど正気とは思えなかった。
「旦那旦那、据え膳食わぬは男の恥だよ! なんでそんなに嫌がるかな? あたしじゃあ女として剣としてそんなに不満? 自惚れじゃないけど、あたし以上の剣なんてそうはいないと思うよ」
「俺は欲しい物があったら、どれだけ嫌がられようが力ずくで手に入れる……だが、どうぞ貰ってくれとか言われると……なんか欲しくなくなるんだよ」
「うわ、旦那凄いひねくれてる……天の邪鬼?」
「うるせぇ」
ラッセルは武器庫の中を奥へ奥へと歩いていく。
「ヘスティア姉さんの旦那の所に比べれば劣るけど、結構価値ある武器もあるね……これ全部、ここごと消し飛ばしちゃうつもりなわけ?」
「ああ、奴にとってここに残してある物は全部いらないものなんだろうよ。俺やスレイヴィアみたいな実験体、失敗作なんかと同じでな……綺麗さっぱり何もかも消しさるつもりなんだろう」
「流石、アトロポス姉さんの選んだ旦那……極悪というか無慈悲というか……質悪そうな人よね」
「悪そうじゃなくて、悪いんだよあいつは……と、あった」
ラッセルは足を止めた。
壁際には、奇妙なモノが置かれている。
金属でできた馬……その表現が一番近いであろう『乗り物』だった。
「嘘……これって魔導機(まどうき)……魔導車(まどうしゃ)? しかも二輪車タイプ……よく今の時代にこんな骨董品(アンティーク)が完全な形で残ってたわね……」
魔導機という言葉は、魔導でできた機械、魔導でできた道具全てを指す言葉である。
巨大な大砲である魔導砲も、人型の巨人も、特種な能力を秘めた指輪も杖も広義な意味では全て魔導機だ。
だが、基本的に魔導機と呼んで連想するのは人型の巨人兵器のことである。
巨人兵器……あれこそ魔導の機械技術の集大成だからだ。
ちなみに、紛らわしいので、魔導時代、巨人兵器の魔導機のことは、魔導騎と同じ読みだが文字だけを代えて区別したり、魔導機兵(まどうきへい)とか魔導巨兵(まどうきょへい)とか、様々な呼び名が付けられることになる。
だが、呼び名は国や勢力によって様々で、結局共通の呼び方は魔導機だった。
「とうっ!」
ラッセルは迷うことなくその二輪魔導車に飛び乗る。
「ち、ちょっと、旦那……まさか、それ動くの?」
「当たり前だ。じゃあなきゃ、わざわざまたこんな所に来るものか……」
「二輪魔導車……通称『馬威駆(バイク)』か……いや、確かにこのタイプは魔導エンジン……魔導機兵と同じで核……原子エネルギーで動くんだから、理屈の上では半永久的だろうけど……四千年近く前のこんな物騒な骨董品に乗るのはちょっと……」
ネメシスは馬威駆から後ずさりする。
「馬鹿、数千年もほったらかしでこんなちゃんとしているわけねえだろうが。コクマの奴がちゃんと整備してある……すでに乗って試し済みだ」
「あ、なんだ、それを先に言ってよ、旦那♪」
ネメシスはラッセルの腰に抱きつくように馬威駆に飛び乗った。
「おい……」
「何、旦那?」
ネメシスは自分がそこに座るのは当たり前といった顔をしている。
「……もういい、好きにしろ」
「うん、好きにする」
「……とにかく、他の武器はいらねえが、これだけは貰っていこうと決めていた。乗り物があった方が旅には何かと楽だからな」
ファントムが崩壊し、兄アクセルが亡くなった以上、ラッセルにはもう居場所などどこにもなかった。
行く当ても何もない。
居場所がどこにもないのなら、居場所を求めて旅に出るだけのことだ。
「空間転移でポンって行かないの、旦那?」
「あのな、お前ら人外と一緒にするな、俺は空間転移なんて疲れることはあんまりしたくねえんだよ」
「空間転移できる時点で充分人外だよ、旦那〜」
「ちっ……まあ、今回は転移しないと駄目だがな。あいつが撃ってくるまで、もう後三十秒ぐらいだろう?」
「正確には後二十秒だよ、旦那」
「じゃあ、走り出したら、お前が転移させろよ」
「え〜? 疲れから嫌だよ、あたし」
ネメシスは不満の声を上げる。
「うるせえ、嫌なら置いていく! 国家間の転移なんて人間様にはかなり辛いんだよ! その点、お前らはポンポン転移してるだろうがっ!」
「う〜、仕方ないな……じゃあ、行こうか、旦那〜」
「ああ」
ラッセルが鋼鉄の馬『馬威駆』の腹の辺りのパーツを蹴飛ばすと、爆音が鳴り響きだした。
ラッセルは頭部の二本の角らしき部分を改めて強く握る。
ネメシスはラッセルの腰に回す腕に力を込めた。
爆音が一定のある意味心地よい音になっていく、まるで獣の咆吼のように。
「旦那、後十秒……」
「行くぜっ!」
一際激しい爆音と共に、ラッセルとネメシスを乗せた馬威駆は走り出した。



遙かな空の彼方。
鳥の翼を持つ漆黒の巨人が浮遊していた。
サイズは以前、紫夜が操っていた巨人の二倍ぐらい。
その姿は巨大な甲冑のようでもあり、黒い鳥……鴉(カラス)のようでもあった。
『そろそろ時間ですね』
漆黒の巨人の中から男の……コクマ・ラツィエルの声が聞こえてくる。
もっとも、この場にはその声を聞く者は誰もいなかったが。
『スタンバイ』
巨人が左手を頭上にかざすと、空から巨人の全長と同じぐらいの長筒が降下してきた。
それは本来、コクマの城に装備されているメインの大砲。
魔導時代、一撃で国すら跡形もなく吹き飛ばした最強の魔導兵器『魔導砲』だった。
巨人は魔導砲を受け取ると、長銃(ライフル)のように構える。
撃ちだす弾丸は搭乗者の魔力だ。
魔導機である巨人が、巨人のスケールにまで搭乗者であるコクマの魔力を高めて、魔導砲がさらにそのスケールの魔力を瞬間的に何十倍から何百倍にまで増幅する。
理論は、理屈はただそれだけの単純なものだ。
巨人は狙いを定める。
ファントムの本拠地、ブラックという国がかってあった地表へと……。
『用のなくなった亡霊(ファントム)は消え去るのみ……ご苦労様でした』
黒き巨人……コクマは、魔導砲の引き金を引いた。


その日、二度目にして、最後の怪現象。
天から降り立った巨大な黒い光の柱は、六国どこからでもはっきりと見ることができた。
数十分前に黄金の光の柱が天へと駆け上った場所……かってブラックという国の領土だった大地は一瞬にして全て地上から消滅する。
その黒き光はまるで汚れた地上を消し去る断罪の光のようだった。













第103話へ        目次へ戻る          第105話へ






一言感想板
一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



簡易感想フォーム

名前:  

e-mail:

感想







SSのトップへ戻る
DEATH・OVERTURE〜死神序曲〜