デス・オーバチュア
第101話「怨讐の銀皇女(シルヴァーナ)」



憎い、憎い、憎い、綺麗で明るい広い世界が、その世界で幸せそうに、楽しそうに、生きてる全てのものが憎かった。

あたくしは、窓の外の綺麗で果てしない空が……外の世界が大嫌いだった。
だって、あたくしは外の世界どころか、この部屋から、ベッドからすら殆ど離れることができないのだから……。
あたくしの世界はこの小さな部屋だけなのだ。
この小さな世界だけで生きて、苦しんで、消えていく……。
嫌だ、嫌だ、嫌だ。
なんであたくしだけがこんな生を強いられなければならないの?
馬鹿な父様も、つまらない母様も、偉そうな兄様も、子供な弟も、ホントはみんなみんな大嫌いだ。
みんなのように自由に動ける体があれば、あたくしならもっと有意義に使うのに……。
どうして、あんな無駄に生きているような愚かな人達が五体満足なのに、賢いあたくしだけが不具なのだろう?
あたくしの心の中が醜いから? 本当は悪い子だから? これは罰なの?
違う! あたくしが醜いことばかり考えるようになったのは、あたくしだけが不具だから、不幸だからだ。
自由に生きられる体があったらもっと無邪気に生きられた、こんな醜く心が歪むこともなかった……そうに決まっている。
だって、父様も母様も、あたくしをこの世で一番の良い子だと言うもの。
でも、同時に可哀想な子だとも言う……あたくしがベッドから離れられない体だから、余命幾ばくもない命だから……。
あたくしは、両親にとっての良い子で、兄様にとっての可愛い妹で、弟にとっての優しい姉でありつけようと頑張った。
だって、嫌われてしまったら、誰も会いに来てくれなくなってしまうもの、あたくしは一人では生きられない体だもの……。
そんなあたくしの全てを見透かし、あの子はあたくしを汚物を見るような冷たい目で見て、心の底から嫌悪してくれた。
嫌われたのに……そのことが何よりも嬉しかった。
あの子だけが、あたくしの醜い本性を知っている。
あたくしを理解してくれている。
その上で、嫌ってくれるのだ。
闇でも黒でもない、虚無の皇子と呼ばれる、何でもできるからこそ、何にも興味を示さない……あたくしの上の弟。
あたくしは、この世界が、この世界に生きる全ての者が憎らしかったけど、あの弟だけは好きだった。
この世で唯一つの愛しいもの……それがあの子……。
銀の皇女(シルヴァーナ)は虚無の皇子(ルヴィーラ)唯一人だけを愛していた。



「あの方に剣を突き立てた……それはこの世で最上の罪……」
夜空に浮遊していたDは、空間を超えて姿を現した白銀の十字剣を片手で捉える。
「馬鹿な皇子様……あなたは音楽や芸術に生きた方が幸せになれたでしょうに……」
いや、本人も最初はそのつもりだったのかもしれない、それが兄である第二皇子の王位簒奪によって運命を狂わされた。
両親と兄、そして初めて愛した女性も殺され、やがて母国も海へと没し、兄への復讐心だけが少年に残される。
彷徨いの果てに、この世に終末をもたらす最強最後の神剣に選ばれた少年は、兄への憎悪が、いつのまにか、この世全てに対する憎悪と化していた。
全てを憎み、滅ぼしたいと望むのは剣の意志なのか、それとも少年の意志なのか。
少年は神剣の欠片を集めながら、力を蓄え続け、時を待ち続けた。
「その結末がこれですか……哀れな……」
Dは白銀の十字剣をロザリオに戻すと、黒水晶の中に封じ込める。
「さて……では、この後はどうしましょうか、御主人様?」
Dは黒水晶を懐にしまうと、遙か遠方の主人に尋ねるように、夜空に呟いた。



ノワール消滅の爆発で宙に舞った白銀の剣は自ら意志を持つように空中でピタリと止まる。
神剣の隣に物凄い勢いで黄金の光輝が集まり大渦と化した。
荒れ狂う黄金の光輝は、一つの形を成していく。
光の波のような金色の長髪、氷のようなどこまでも青く透き通る冷たい瞳、どこまでも白くきめ細かい象牙の肌、そして、背中には光輝でできた二枚の天使の翼が生えていた。
身に纏っている衣服は白いズボンと、両手、両足、首の豪奢な五つの『輪』だけである。
「あはははははっ! この俺が『倒された』のはいったい何万年ぶりかな?」
体の再構築を完全に終えた男は狂ったように楽しげに笑った。
「……ルーファス?」
男は間違いなくルーファスでありながら、タナトスの知っているルーファスとは何かが違う。
「眩しい……」
光の翼と体中から発光する黄金の輝きの激しさは、地上に黄金の太陽が生まれたかのようで、正視することも辛かった。
「光皇ルーファス……」
シルヴァーナは空高く飛び上がると、眼下のルーファスを見下ろす。
弟ノワールの最後など気にしている余裕はなかった。
このいきなり現れた光皇に対してどう対処したものか……。
「丁度いい獲物がいるじゃねえか」
視線が合った。
その瞬間、シルヴァーナは得体の知れない何かに突き動かされるように、砲門を創れるだけ周囲に創りだす。
シルヴァーナは自分が恐怖を感じたということも解っていなかった。
「斉!」
無数の砲門が一斉に銀光を撃ちだす。
「あはははははははははっ!」
無造作に突き出されたルーファスの右手から、信じられないほどの莫大な光輝が放たれた。
ルーファスの全長の何百倍ものでかさの光輝は、無数の銀光を全て呑み込み、シルヴァーナに迫る。
「……っ!」
シルヴァーナの前方に黒い極光が壁のように展開した。
黄金の光輝と黒い極光の壁が正面から激突する。
「あはははははっ! よく受け止めたな! 国の一つや二つ余裕で消し飛ばせる威力の一撃だってのに……化け物か、お前?」
「本物の化け物に言われたくはないわ」
光輝の一撃は壁を貫こうと、極光の壁は光輝を跳ね返そうと、互いを押し合う形で拮抗していた。
「やはり、あの極光が曲者ね……あの状態のルーファスの一撃に耐えるなど……」
リンネが分析したかのように呟く。
「……えっと、リンネ、ルーファスはどうなってしまったんだ?」
タナトスはリンネに尋ねた。
この場でそのことを説明できる可能性があるのは、ルーファスの義姉だという彼女だけであろう。
「ふふ……別にどうもしていないわ。寧ろ、アレがルーファスの正しい姿……乱暴で傲慢で気まぐれで無慈悲な光皇の本性……一度肉体を破壊されて再構築したせいで、力が有り余っているのね……余剰の力を放出し尽くせば、姿も性格も人間に近くなって落ち着くでしょう」
「アレが正しい姿……」
「ほらほら、じゃあ、これならどうだっ!」
ルーファスは新たに突きだした左手から、右手とまったく同等の出力とサイズの光輝を撃ちだした。
二本の巨大な光輝が混ざり合い、より強大な光輝と化すと、極光の壁を貫こうと荒れ狂う。
しかし、それでも極光の壁は貫くことも、破壊することもできなかった。
「ちっ、なんだってんだ? 魔王のエナジーバリアより強固だってのか? いったいなんだ、その変な光は?」
ルーファスはラチがあかないと判断したのか、光輝を撃ちだすのをやめると、上空のシルヴァーナ目指して、飛翔した。
「おらぁっ!」
ルーファスは光輝を集束させた右拳を極光の壁に叩きつける。
極光の壁は一瞬だけへこまされたが、貫かれることも破壊されることもなく、拳から溢れる光輝を喰らうように掻き消していった。
「……この力……そうか、てめえ……怨霊か!?」
一際激しい黄金の閃光の後、シルヴァーナとルーファスは弾けるように互いに吹き飛ぶ。
シルヴァーナは空中で体勢を立て直し、ルーファスはリンネの傍に着地した。
「……おい、リンネ、あの黒い光、確かお前の鎖も粉砕していたよな?」
ルーファスは視線はシルヴァーナに向けたまま尋ねる。
「……ええ、腐敗か風化といった感じで崩壊されたわ……本人は自壊と言っていた気もするけど……」
「なるほどな、自壊……自体破壊ってのが確かにもっとも適切な表現かもな」
ルーファスは自分の推測に確信を持ったかのように、ニヤリと笑った。
「……あの極光の正体が解ったの、ルーファス?」
「ああ、俺達、生まれつき力に恵まれている神族や魔族には到達しにくい、人間ならではの生々しい力だよ」
「……人間ならではの生々しい力?」
「恨み、怨讐だよ。アレは呪い……何百、何千……いや、そんな生易しいものじゃない、何億、何十億と超圧縮されて編み上げられた呪いの文字の塊……呪いの言葉と想いを具現化させたようなものだ」
「……呪術……いえ、呪歌(じゅか)……唱うように空間に展開される呪いの言霊……」
リンネはシルヴァーナの前に展開する黒い極光を凝視していた。
確かによく見ると、アレは無数の黒い文字の集まり、密集、圧縮されたモノのようである。
「呪印、呪いの神聖楔(ルーン)文字……とにかくデタラメにどす黒く禍々しい呪いの塊だ……あの極光に触れたものは、精神なら発狂、物質なら崩壊……自壊する……一切の例外なくな」
ルーファスは左手を横にかざして、復活を果たした空間に置き去りにしていた光輝剣ライトヴェスタを呼び寄せた。
「……つまり、私の鎖は『呪い殺された』と……?」
「ああ、その通りだ!」
ルーファスはライトヴェスタを振り下ろし、剣先から先程両手で放った光輝よりも膨大な光輝を撃ちだす。
しかし、光輝は全て黒き極光の壁に阻まれ、やがて消滅した。
「見ただろう? あの呪いの壁は、精神や物質だけじゃなく『光』すら呪い殺して掻き消すんだよ……こうして体中から常に光輝を放出して身に纏っていないと、この俺ですらアレに触れたらかなりやばい……」
「ふふ……確かにゾッとするわね……アレは強いとか弱いとか、破壊力があるとか無いとか……そんな次元の力じゃない……」
この世の全てのものを呪い自滅させる力。
「俺がこの世全ての善、ファージアスの奴がこの世全ての悪なら、あいつはさしずめ……この世全てを呪うもの、この世全てを憎むものだ」
その呪い……恨みと憎しみの力は、普通の人間の精神を遙かに超えていた。
常人にはあそこまでの憎しみは維持できない、その前に間違いなく気が狂うだろう。
あれだけの果てしない憎悪を抱えながら、彼女はどこまでも正気だった。
汚れ無き聖女に思えるほど清浄(正常)な心をしながら、彼女はこの世でもっとも醜くい想いを心の中に巣くわせている。
この世でもっとも醜く汚れた聖女……それが、白銀の亡霊シルヴァーナだった。
「アレはタナトスの手に余る。例え、クロスの体だから攻撃できないという理由がなくても、タナトスじゃアレには勝てない」
「……そうでしょうね。私でもあんなモノとは戦いたくはありません」
「だから、ここで俺が葬ってやる。手段を選ばずな……」
そう言うと、ルーファスは左手首の腕輪に右手を伸ばす。
「なっ!? やめなさい、ルーファス! 地上全てを消し飛ばすつもりですか!?」
「アレを破る方法は単純だ。呪いが光輝を呪い殺す(喰い殺す)よりも速く、強い光輝で呪いを全て掻き消せばいい」
「呪いの汚染速度と光輝の浄化速度の勝負……理屈は解るわ……でも……」
「ああ、そうだ。再構築したばかりの力溢れる状態とはいえ、人間ベースなこの姿で放てる光輝じゃ全然足りねえ。最低でも封印を一つを解かなきゃ駄目だろうな……だから、解く!」
「馬鹿な……その五つの封印はそれぞれあなたの力を数万分の一に抑えるための物……それを外したら、存在するだけで溢れる光輝で地上全てを……この次元そのものを崩壊させかねないのですよ! 忘れたの!?」
「だから、一つだけだ。それなら大陸一つを吹き飛ばすぐらいの威力だろう、多分?」
「多分ってあなた……」
「何、威力の大半はあいつの呪いの壁が喰い殺してくれるさ。お前は一応余波の方を頼むな、タナトスとその他が余波で消滅しないように……」
「やめなさい、ルーファス! 義姉の言うことが……」
「うるさい! お前は黙ってフォローしてればいい!」
ルーファスが左手首の腕輪の繋ぎ目に右手の指で触れると、あっさりと腕輪が彼の手首から外れた。
腕輪が地に落ちる。
次の瞬間、黄金の閃光が室内全てを埋め尽くした。







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一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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