デス・オーバチュア
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「……唐突な展開だとは思わないのか?」 ティファレクトが突き出してきた右手を、大鎌の刃で受け止めながら、タナトスが話しかける。 「なにがだ?」 「殺し合う理由がどこにある? 私もお前も今会ったばかり、名前を教えあっただけの関係だ。なぜ、殺し合わなければならな……い!?」 タナトスは、新たに突き出されてきたティファレクトの左手を蹴りで受け止める。 凄まじい力の突きだった。 本来、足は腕の三倍以上の力を持つはずなのに、蹴りを放ったタナトスの方が吹き飛ばされる。 「おかしなことを聞く小娘だ? 殺すこと、殺し合うことに理由が必要なのか?」 「……ああ、私には理由がいる。というか、理由がなければ殺しなどしたくはない」 それは至極まともな、人間的な価値観なはずだった。 だが、この吸血鬼は違うらしい。 というか、この吸血鬼にとってはタナトスの価値観の方が理解に苦しむようだった。 「ふむ? 先程、貴様は魔物共を迷わず殺していたではないか? それと我と殺し合うことのどこに違いがある?」 「あれは……襲いかかってきたから撃退しただけだ……」 「ふむ……なら、それでいいではないか、我はお前を殺そうと貴様に襲いかかる、貴様は自衛のために我を殺そうと頑張る……ほれ、殺し合う理由はできている」 会話している間も、ティファレクトは無造作に両手を突きだし続けていた。 無造作で技術も何もない『突き』だが、触れれば間違いなくタナトスの体を貫く力を持つ強力な突きである。 タナトスはそれを無駄のない最小限のステップでかわし続けていた。 「だから、そもそもお前が、私を殺さなければならない理由がないと言っている!」 「我の殺人理由を聞いているのか? それこそ無意味な問いだ。我は目に付いた者は、殺せない、あるいは殺したくない数少ない例外を除いて全て殺す。そこに理由など存在せぬ!」 「……理由がない?……のに殺せる?」 「そうだ。何がおかしい? 貴様の考え方の方が『普通』と逆だ。理由がある者だけが殺せない、殺してはいけない理由がない者を殺して何が悪い?」 「……私ではなく……お前達が普通ではないのだっ!」 タナトスは力任せに大鎌を横に一閃する。 ティファレクトは跳び上がって辛うじてその一撃をかわすが、マントを切り裂かれてしまった。 「ほう……今のは良い殺気を持った一撃だったぞ」 ティファレクトが感心したように、嬉しそうに言う。 「タナトス、説得は無駄だと解ったかい? 魔族も吸血鬼も価値観が根本的に人間……つまり、お前とは違うんだよ。殺すという行為に罪悪感や不快感といった抵抗感覚が存在しないんだ。殺戮や破壊ってのは人間で言うところの食欲や睡眠と同じ本能的な快楽なんだよ、特別な理由がない限り、それを我慢するなんてことはない……解った?」 青年がそうタナトスに説明した。 「……解りたくないが……解った……」 つまり、食べたいから食べる、眠いから寝る……というのと同じレベルなのだろう。 殺したいから殺す、壊したいから壊す。 そこに、殺さなければいけない理由、壊さなければいけない理由など初めから存在していないのだ。 理由があるとすれば、それは本能的な欲求……ただ、それだけだろう。 「高位の存在は人間と違って、食事や睡眠なんかを殆ど必要としないから、その代わりに殺戮や破壊衝動が強いのかもな」 タナトスの心を読んだかのように、青年がそう補足した。 「納得してもらえたか、小娘?」 ティファレクトは妖艶な笑みを浮かべてタナトスを見つめている。 「ああ……お前がさっきの魔物とまるで同じということが解った……言葉も通じない相手だということがな……」 タナトスは大鎌を斜め上段に振りかぶった。 「では、殺し合いを再開するとしようか?」 「いや、殺し合いはしない……」 「ん? まだごちゃごちゃと気にすることがあるのか?」 ティファレクトは面倒くさそうな表情をする。 「……そうではない。殺し合いではなく、私がお前を殺し尽くす……ただそれだけだ」 「ほう、それはそれは面白い冗……ん!?」 ティファレクトの視界から唐突にタナトスが消失した次の瞬間、ティファレクトの左腕が宙に舞っていた。 何が起こったのかティファレクトには理解できなかった。 目の前に落下してくる自らの腕を見て、自分の左腕が肘の部分から綺麗になくなっていたということをやっと理解する。 だが、なぜ、自分の腕がそんなことになっているのかが理解できなかった。 「すまない……力を込めすぎたせいで狙いが少しズレてしまった」 背後からのタナトスの声。 その声を聞いてようやく理解ができてきた。 自分の左腕は、この女の大鎌に切り落とされたのだという事実が……。 「馬鹿な……人間が我を超えた?……我が目でとらえることもできない動きを……がっ!?」 殺気を感じ、ティファレクトは反射的に跳び上がった。 「ぐっ!?」 右足首に激痛が走る。 ティファレクトは着地に失敗し、無様に転がった。 着地に失敗したのは当然かもしれない。 ティファレクトの右足首は綺麗に無くなっていたのだから。 「だから、動くな……痛い思いをする回数が増えるだけだぞ……」 感情を感じさせない冷たい声がティファレクトの耳に聞こえてきた。 「馬鹿な!? なんなのだ、貴様は!?」 「タナトス・ハイオールド……もう名乗ったはずだ」 うずくまっているティファレクトを、タナトスの黒曜石の瞳が冷たく見下ろす。 「……我に認識できない速さ……我の体をあっさりと切り裂く刃……ホントに貴様人間か……!?」 「私はただの人間……だ。ただ、この大鎌は少しだけ特殊で、神だろうが魔王だろうが殺し尽くすことができる。吸血鬼程度の『不死性』などこいつの『死』の前に無力だ……」 タナトスは誇るわけでもなく、ただ事実を淡々と述べているようだった。 「あんたが、人間が吸血鬼に対して抱いている誤解通り、本当に動く『死体』だったなら助かったんだろうに……死ににくいってだけで生きている存在である以上、タナトスの『死』からは逃れられないよ」 青年がタナトスの説明の補足をする。 「動くな。一撃で終わるように、心臓に突き立ててやる。首を刎ねるよりそちらの方が確実……か?」 タナトスは、それでいいかな?と言った表情を青年に向けた。 「ああ、そうだな、首を刎ねても生きてる可能性があるからな、それ程吸血鬼って奴は死ににくいんだよ」 「……がっ……」 ティファレクトは座り込んだまま、タナトスという恐怖から逃れようと、後ろに後退する。 ティファレクトは今の自分の置かれている状況を認めることができなかった。 自分の方が獲物になっている? 怯え逃げまどうだけの哀れな獲物に? 血の殺戮者たる我が? 人間相手に? 「さよならだ、吸血鬼。殺しは常に逆に殺される可能性があるというこを知って滅ぶがいい」 タナトスが大鎌を振りかぶった。 不死たる自分に死が迫る。 「滅っ!」 タナトスの大鎌がティファレクトに振り下ろされた。 「やれやれ、いくら相手が魂殺鎌(こんさつがい)とはいえ、少しみっともないですよ、ティファレクトさん」 ティファレクトに迫った死の刃を、半透明な水色の剣が受け止めていた。 『コクマ!?』 ティファレクトとタナトスの声が重なる。 ティファレクトは、タナトスが自分を助けたこの男の名前を知っていたことに驚きと疑問を感じた。 だが、今はそんなことを気にしている場合ではない。 「コクマ、貴様どこに行っていた!? まさか、我の醜態を眺めていたとかぬかしはしないだろうな?」 「ちょっと『門』を見物に……おかげで、あなたが切り裂かれ、怯え逃げまどうという貴重なシーンが少ししか見られませんでしたよ」 「ぐっ!」 なんて悪趣味、なんて嫌味、なんて嫌な奴だろう。 よりによってこいつにあんな醜態を見られ、あまつさえ助けられるなんて……これ以上ない屈辱と恥辱だった。 「まあ、命が助かったんだから、そのくらい我慢してくださいよ、ティファレクトさん。別に助けて差し上げた恩を着せるつもりはありませんので、ご安心を」 「くっ……」 ティファレクトは悔しげにコクマを睨みつける。 神父のような黒ずくめの格好をした長身で細身の男。 腰まである長い黒髪を無造作に風になびかせ、漆黒の瞳で他者を見下し、口元には常に意地の悪そうな薄笑みを浮かべている男。 ティファレクトは『仲間』でありながら、この男が大嫌いだった。 「さて、久しぶりの再会ですが、大事な同志がこの状況ですからね、今日の所はこれで失礼しますよ、タナトス」 そう言い切ると同時に、コクマは水色の剣を横に一閃する。 水色の剣から吹き出した水色の炎が一瞬、タナトスの視界を奪った。 炎は一瞬の後、最初から存在していなかったのように綺麗に消え去る。 炎が晴れた場所にはすでに、コクマの姿も、ティファレクトの姿もなかった。 「くっ!」 タナトスは怒りに任せて大鎌を地面に突き立てる。 「ルーファス! お前も何をボケ……と?」 八つ当たりで怒鳴りつけようとした青年の姿はいつのまにか消えていた。 「大丈夫ですか、ティファレクトさん? 魂殺鎌で斬られた傷は吸血鬼の再生能力も効きませんからね」 「……よ……余計な心配だ……」 ティファレクトはコクマに肩を借りながら歩いていた。 「それより……なんなのだ、あの大鎌は、あんの女は……貴様、知り合いなのだろう?」 「いえいえ、名前をお互い知っている程度の浅い仲……」 「嘘をつけ! 貴様が他人を呼び捨てにするのはアクセル以外では……初めてみたぞ……」 「おや、案外、私のことをよく観察しているんですね」 コクマはクックックッと楽しげに喉を鳴らす。 「そうですね、簡単に教えてあげましょう。魂殺鎌ソウルスレイヤー、まあ、基本的には死神の持つ大鎌と同じような物ですが、死神の大鎌はあくまで人間の魂を刈り取り、命を吸い尽くす程度の物ですが……アレは魔王だろうが、神様だろうが、殺し尽くすだけの器を持った大鎌なんですよ。吸血鬼ごときに使うには勿体ない神剣ですね」 「神剣だと……?」 「ええ、大鎌の形をしていますが、剣なんですよ、アレ」 「そんなことではない……神剣といのはまさか……」 「ええ、私の持つ真実の炎トゥールフレイムと同じこの世に十本しかない最強の神剣です」 「道理で……我の体を紙切れのようにあっさりと切断するわけだ……」 「神剣は神剣でしか受け止められませんからね、基本的に。あなたの肌が神剣と同じ素材である神柱石か、地上でもっとも硬い金属であるオリハルコンあたりでできているなら話は別ですけどね」 「………………」 「魂殺鎌は死を司る神剣、死という現象そのもの。生ある存在はアレの前には無力ですよ、基本的に。さて、説明はこれくらいでいいですか?」 「……もう一つ聞きたいことがある……貴様とあの女の関係は……?」 「おやおや、私の昔の女性関係が気になると? 愛されてますね、私も」 「ふざけるなっ!……げはっ!」 「血を吐いてまで怒鳴らなくても……」 「う……うるさい……さっさと帰るぞ。転移し……」 「はいはい、いい加減治療してあげないとこのままくたばりそうですからね。行きますよ」 コクマとティファレクトの姿は空間に溶け込むように消え去った。 フリルやドレープが多用された黒一色の洋服、一般的にゴスロリと呼ばれる格好の少女は、空間に開いた『入り口』に黒い口紅で『らくがき』をしていた。 「フフフッ……これでいいですわね」 『らくがき』が終わると同時に、『入り口』がゆっくりと塞がり始める。 「礼を言うべきかな、こっちの仕事をやってもらって」 白いコートの青年ルーファスが少女の背後に立っていた。 「いえいえ、コクマ様に拡げてみればと言われたので、その逆のことをしたくなっただけですわ。ですから、礼には及びませんわ」 「相変わらず天の邪鬼な奴だな」 少女はルーファスの方を向き直ると、満面の笑顔を浮かべる。 「お久しぶりです。今はなんとお呼びすればよろしいのでしょうか?」 「ルーファスだ」 「おや、お珍しい。偽名を使われていないのですね、今は」 少女はフフフッと楽しげに笑った。 「お前は?」 「Dとお呼びください、ルーファス様」 「D……ディか……なるほどな、真の名ではないが、まったくの偽名でもないってわけか」 「本当にお会いしたかった……」 Dはゆっくりとルーファスに近づいていく。 「最後にお会いしてから、いったいどれだけの月日が流れたのでしょう……本当に……本当にお会いしたかった……」 「……俺は別に会いたくもなかったけどね」 「本当に酷い方……わたくしは貴方様のことを忘れたことは一日……いいえ、一秒たりともなかったというのに……」 Dはルーファスに抱きつくと、彼の頬にそっと口づけした。 「……気は済んだか?」 「フフフッ、まさか。でも、今日はこれで帰りますわ」 Dはあっさりとルーファスから体を離す。 「では、近いうちにまた…………ごきげんよう、ルーファス様」 突然、無数の黒い光の羽がDの周りを取り囲んだかと思うと、黒い光の羽と共にDの姿が綺麗に消え去った。 「ホントに相変わらずな奴だな……いい加減、俺にし……」 「ルーファス!」 ルーファスの呟きを掻き消すようにタナトスの声が響いてくる。 「お前! 私に戦わせておいて、何をしてた!?」 ルーファスの目の前に辿り着くなりそう怒鳴った。 そうとう機嫌が悪いようである。 「……いや、タナトスなら一人でも大丈夫だと思って、今のうちに仕事を済ませちゃおうかな〜なんて思ってね」 「ほう……」 タナトスとルーファスの今回の仕事は『門』を閉じることだった。 霊峰フィラデルヒアは『門』が閉じた状態でも、その『隙間』から溢れ出す瘴気だけで、魔物がはびこり、人間の近づかない秘境、人界の中の魔界とも呼ばれる場所である。 もっとも、本物の魔界を知っている者からすれば、瘴気で魔物と化した動物園とでも言った所で、魔界を名乗るなど笑い話でしかなかったのだが。 フィラデルヒアや『門』の存在自体はホワイトの問題であって、ルーファス達には本来何の関係もないことだったが、つい最近、『門』がいきなり全開に開いたとなっては話は少し別だった。 『門』を閉じ直すこと、できることなら『門』が急に開いた原因を探すこと、それが二人に与えられた命令であり、仕事である。 命令の真意や理由はどうでもいいとルーファスは思っている、仕事だから、閉じることができるから、閉じるそれだけのことだ。 「ところで、ルーファス……」 怒気をはらんでいながら、どこまでも冷たく感じる声と眼差し。 「なんだ、タナトス?……その殺気は?」 タナトスはティファレクトと戦っていた時以上の殺気を放っていた。 「どうして、『門』を閉じると、頬にキスマークが付くのか詳しく教えて欲しいのだが……」 タナトスはティファレクトと戦っていた以上の殺気を放っていた。 「…………あははーっ、世の中まだまだ不思議がいっぱいだね」 「……魂殺鎌」 タナトスの左手の甲に黒い奇妙な紋章が浮かび上がると、次の瞬間、巨大な大鎌がタナトスの左手の前に出現する。 「ま、待て、タナトス!」 「問答無用だっ!」 タナトスは迷わず大鎌をルーファスの首めがけて振り下ろした。 ルーファスは体をそらして、紙一重で刃をかわす。 「せめて峰で叩くだけにしてくれないかな? 刃はやばいって、刃は!」 「黙れ! かわすな! 死ねっ!」 タナトスが大鎌を振り回し、ルーファスはそれを紙一重でかわしながら逃げ続ける、そんな追い駆けっこをしながら、二人は霊峰フィラデルヒアから去っていった。 一言感想板 一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。 |